第5話
ポーンという電子音で目が覚めた。
いつもの癖で寝ぼけたままスマホを手に取ると、マッチングアプリが起動していた。
アプリのトップ画像は昨夜Aと一緒に無理矢理撮った写真が表示されていた。
Aと一緒に飲み会で撮影した俺の設定写真だ。
だがそれは昨日確認したものとは全く異なり、Aの表情は既に干からびた樹木のような色になり、顔面は昨日の細長く捩れた女のように埴輪のように黒丸に侵食されていた。
そして肩に組まれたAの手から薬指だけが触手のように伸びて、ぎこちなく笑う俺の耳の穴に入り込んでいた。
思わず耳を押さえて悲鳴を上げた。
昨日はねぼけていて実際にはアンインストール出来てなかったのかも知れないと思い直してもう一度アンインストールしようとタップする。
同時にポーンという音と共に差出人が空欄になったショートメールを受信した。
「けすな」
とだけ入っていた。
無視して消そうとした。
今度はピンポンとチャイムが鳴った。
ごくりとつばを飲み込んで恐る恐るドアカメラを見ると宅配便だった。
「ここに判子下さい」
判子を押すと妙に軽い荷物を俺に押し付けて帰っていった。
急いでいたからか、どうやら配達員は間違えて控えごと伝票を持って帰ってしまったらしく差出人が解らない。
配達先間違いかもしれないが、悪いのは運送会社なので確認する為にも仕方無く開封する。
けれど箱の中にはもう一つ箱が入っているだけだった。
開いて中身を確認すると箱の中は黒っぽい茶色の液体をぶちまけたように染められており、
その底に「つぎはころす」と殴り書きされたメモが貼り付けられていた。
俺は叫んで窓からその箱を投げ捨てた。
その日の昼、同窓会の幹事から二次会でAが死んだことを知らされた。
二次会の最中、突然気分が悪いと言ったAは店の外で空気を吸ってくると言って店外に出ていくもなかなか帰ってこない。
外で寝こけているんじゃないかと探しに行くとどういう訳か吹き抜け階段の隙間、手摺り部分に首を引っかけて死んでいたそうだ。
同級生が見つけたときにはAの首は異常なほどに伸びきって死んでいたのだという。
殺人も疑われたが防犯ビデオを確認した警察によると「自殺か事故かは解らないが第三者の関与は認められない」との事だった。
カメラに映っていたのがどういう状況だったのかは結局誰も聞き出せていない。
ドラマみたいに警察がほいほい情報を漏らしてくれる何てことは無いらしい。
Aに這いながら近づいていた白く細長い捩れた嬰児のような異形と、バグのように首が引き延ばされた写真。
俺が酔っ払っていたから記憶が変になっているのだろうか。
それともAの死を聞いてから、混乱した俺の脳がそういう話を勝手に作り上げたのだろうか。
どのみちそれを確認する術はもう、無い。
あれから毎朝起きる度にマッチングアプリが起動するポーンという音で目を覚ます。
今朝の距離は131キロ。
毎朝電子音と共にそのカウントは減っていく。
俺はなにもしていないのに。
Aのように女を孕ませたわけでも、捨てたわけでも無いのに。
ただAと写真を撮っただけなのに。
何か原因があるわけでも無いし、食事だって取っているのに俺の体重はどんどん減り続けている。
見かねた同僚に勧められて入院することになったが、結局は原因がわからないのだからどうしようもない。
このカウントがゼロになったら、一体俺はどうなるのだろう。
マッチングアプリ 猫文字 隼人 @neko_atlachnacha
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます