第4話
確認するためにもう一度スワイプしてみた。
更にもう一度。
……やはり間違いない。
スワイプする毎に、写真が動いてるんだ。
ぱらぱら漫画みたいに。
さっきも書いた通りAが映ってるのはお祭りでふざけた一枚の写真だった。
たくさんの屋台と人が立ち並ぶ中、画面手前のAが綿飴を横向きにかじりつこうとおどけている写真。
スワイプする毎に、画面の奥にいる群衆から一人の女が動いているように見えた。
スワイプする。
一歩近づく。
スワイプする。
また一歩。スワイプする、左右に大きく振れながらどんどん近づいてくる。
女の表情は全く見えないけど長い黒髪をしていて、藍色の浴衣を着ている。
妙に背が高くてアスペクト比が狂ってるようにも見えた。
俺は止められなくなってどんどんスワイプを続けた。
……Aに酷い扱いを受けたという女の子の顔を思い返しながら。
スワイプ。スワイプ。スワイプ。スワイプ。スワイプ。
その時になって気がついた。写真の変化だけじゃなくて「相手との距離」表示もどんどん近くなっていることを。
本来のアプリの仕組みとしては俺とAとの距離を表示しているはずだけど、今現在の数字は132kmだった。
さっき別れたばかりのAとそんなに距離が離れているはずが無い。
明らかに表示はおかしい。
おかしさで言えば画面の中でどんどん近づいてくる女の方がおかしいんだけど。
スワイプ。スワイプ。スワイプ。スワイプ。スワイプ。
女はスワイプする毎にぐにゃぐにゃと左右に振れながら近づいてくる。
馬鹿みたいにおどけて口を開けていたAの表情も心なしか変化しているように思った。
最初は楽しそうに綿飴にかじりつこうとしていたはずが、今は何か苦しそうな苦悶に満ちた表情にしか見えない。
最初からこうだっただろうか?
スワイプ。スワイプ。スワイプ。スワイプ。スワイプ。
相手との距離は109キロになっていた。
スワイプ。スワイプ。スワイプ。スワイプ。スワイプ。
写真の中で言えば恐らくAとは数メートルの位置までぐにゃぐにゃして細長い女が迫っていた。
それほどまで近づいていても女の表情は解らなかった。
輪郭はきちんと映っているのに、なんだか表情だけピンぼけしたみたいに歪んで映っていたから。
まるで埴輪かなにかみたいに真っ黒な眼窩と口が空いていて、ボーリングの玉みたいに不気味だった。
そして、女の顔と、藍色の浴衣に気を取られていたけど、女の手はなんだか人の肌の色ではないようにみえた。
なんだか、黒いって言うか、これじゃまるで……。
怖かった。
けど、閉じられなかった。いつの間にか震える指でスワイプを続けていた。
スワイプ。スワイプ。スワイプ。スワイプ。スワイプ。
女はどんどん近づいて、Aの表情は更に苦しそうな表情になり、肌の色まで土気色に変化していく。
スワイプ。スワイプ。スワイプ。スワイプ。スワイプ。
スワイプスワイプスワイプスワイプスワイプスワイプスワイプスワイプスワイプスワイプ。
関節が無いかのようにぐにゃぐにゃした細長い女はAから少し離れた場所でくねくねと捩れていたかと思うと、突然首が伸びて頭部が画面からはみ出していった。
相手との距離表示はもう27キロになっていた。
あと少しでその距離はゼロになる。
もしそうなったら、一体何が起こるんだろう。
でもこれはただのアプリだ。
こういうプログラムで相手を驚かすジョークアプリかもしれない。
……いや、本当はこれがまともな状況じゃ無いことは理解していたしアプリを落とすべきだと解っていた。けれどスワイプする指を止められなかった。
それだけじゃない。
興奮状態だったからかもしれないけど静止画のコマ送りではなくまるで動画みたいに感じられた。
スワイプ。くねくねと捩れていた女の肌は更なる茶色へ変化して動きを止めた。まるで朽ち果てるかのようだった。
スワイプ。女の腹部がぼこりと凹み、萎びた女の股から何か茶色の液体がしたたる。
スワイプ。茶色の水たまりの中に遅れてずるりと赤黒い塊が落ちてくる。
スワイプ。ひり出されたなまこのような塊がびくりと動く。
スワイプ。血だまりの中から小さな手を伸ばし、
スワイプ。よちよちと身体を引きずりながら這い出してくる。
スワイプ。一歩一歩、茶色の汁で軌跡を描きながら画面手前のAに近づいている。
スワイプ。頭部らしき場所にある黒い穴を軟体動物のように広げたり縮めたりしながら、手をぐねぐねと動かしながら、
スワイプ。近づいてくる。
スワイプ。近づいてくる。
スワイプ。近づいてくる。
スワイプ。近づいてくる。
スワイプ。そのままAの元に這い進み、画面下部に消えていった。
スワイプ。ややあってAの顔が更に歪み、皺が深く刻まれて、肌の色が干からびるように茶色く変色する。
スワイプ。Aの胸元に画面の下から細長く、赤黒い粘液に覆われた白い手が伸びてくる。
スワイプ。登ってくる。
スワイプ。登ってくる。
スワイプ。白く捩れた細長い嬰児のような塊が。
スワイプ。Aの頭に手をかける。Aは絶叫するかのような表情をしている。
スワイプ。口に手をかける。
スワイプ。白い頭部に一つだけ存在する黒く歪んだ穴が震える。
スワイプ。それは嗤っているようにも見えた。
スワイプ。Aは黒い涙のような液体を流しだし、苦悶の表情を浮かべている。嬰児はAの口内を覗き込んでいる。
……駄目だ。そこで我に返り俺はスワイプを止めた。
このまま先を見ては絶対にAは何かヤバいことになると思った。
俺はアプリを落としてスマホをベッドに投げて、気分を落ち着かせるために水でも飲もうと思った。
だが、ポーンという電子音と共にアプリが立ち上がる。
一気に背中があわだった。
急いでスマホを手に取る。
もう一度ポーンと弾むような電子音と共に勝手に画面がスワイプされた。
Aの口内を覗き込んでいた捩れた嬰児はねじ込むようにして口内に頭部を突っ込んだ。
Aの目がぐるりと白目を剥く。
鼻から耳から黒い液体がどぷどぷと流れ出ていく。
ポーン。そのまま白く捩れた細長い嬰児はAの口内へずるりと回転しながら滑り込んで行き、同時にAの顔面の穴という穴から黒い粘液が勢いよく垂れ流されていった。。
ポーン。Aの顔が一層茶色く変色し、喉元がぼこりとふくらんだ。
きゃきゃ、と子供の笑い声のような音の直後、大音量でビーというノイズが鳴りAの首が一気に上下に引き延ばされた画像が表示された。
「うわああっ!」
気がつくと画面に距離は0キロになっていた。体中から粘つく汗が吹きだしていた。
額から滑り落ちた脂汗が一度まつげに引っかかり、直後目に入り小さく浸みた。
一体コレは何なんだ。
依然としてビーというノイズ音が鳴りっぱなしのスマホにはAの奇妙な画像が表示されたままだ。
それを消したくて慌ててタップするもフリーズしてしまい全く反応しない。
仕方無く強制的に電源を落として再起動し、アプリを直ぐにアンインストールした。
風呂にはまだ入ってなかったけど、Aの写真を思い返すと恐ろしくて入れそうに無かった。
べたつく衣類を脱ぎ捨てて、そのまま無理矢理眠る事にした。
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