エピローグ

 窓から差し込む朝日の眩しさに目を覚ました。

 すっきりとした心地良い目覚めだ。

 これがもし目覚ましのアラームによるものだったとしたらこうはならない。目覚ましなど人の安眠を容赦なく妨害し一日の始まりを最悪なものへと変貌させる呪いのアイテムだ。

 俺の枕元にはそんな余計なものは存在しない。代わりに種々のゴミやら抜け毛やら、いつからそこに落ちているのかすら覚えのない書き損じた履歴書やらが散乱していた。履歴書の名前欄には安住祐と書かれている。俺の名前だ。自分でも忘れそうになるほど出番のない不憫な名前である。

 耳を澄ませば朝からせわしなく道を行き交う人々の声や足音が聞こえてくる。道路に面したボロアパートの一階ともなれば、その音はよりクリアに耳に届いてくる。

 彼らは一日の始まりを告げるアラームで強制的に目を覚まし、脳の覚醒もままならないまま通学ないし出勤しているのだろう。ご苦労なことだ。いや、今日も一日お疲れ様です。

 彼らのたゆまぬ労働に感謝しつつ、俺は二度目の安眠をむさぼるべく目を瞑った。しかし、睡魔は一向に俺を誘うことがない。

 仕方なく起き上がって、起き上がってしまったからには何か腹に入れたくなった。何かないかと漁ろうとしたところで食料を切らしていたことに気づいた。買いに行くしかなさそうだ。朝から外に出るなど不本意ではあるが、仕方ない。

 近くのコンビニに行くだけなので、大した支度も必要ない。何事もない道を行って帰って来るだけだ。

 そう思って玄関を出ると、すぐ目の前に人がうずくまっていた。

 ボロアパート一階にある俺の部屋と、その隣の部屋のちょうど中間の壁だ。こんなところで寝たら風邪をひきますよ。隣人の顔など見たことは無いが、どうせ酔っ払って部屋に入る前に力尽きたのだろう。こういうものは下手に関わっても面倒なだけだ。当然無視して通り過ぎるのが正解である。

 しかし、本当に困っているということはないだろうか。もしそうなら、いやしかし。顔は見えないが、服はなんだか汚れているし、困っていたとしてそれは厄介事だったりしないだろうか。そういうものに巻き込まれるのは御免被りたいのだが。しかししかし、外はまだかなり寒い。震えているようにも見えるし、俺は別に急いでいるわけでもないし……

 俺は壁でうずくまる隣人の前で立ち止まった。

「あの、大丈夫ですか?」

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オルムスカの迷子 字尾 享 @geo_geo

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