亡霊は今日もダンジョンを駆ける

貝人@鷹と一緒に異世界転生

第0話 亡霊の噂

 

 俺が探索を終えてギルドに報告に来ると、探索者協会でよく見る、ベテランの2人が話し込んでいた。

 

 よし、後ろから声かけて驚かしてやろう。どうせいつものどうしようもない、猥談だろうし。


「━━なあ知ってるか? また出たんだってよ」


 出たってモンスターかな? 協会に報告しに行ったら、依頼されるパターンかなあ……嫌だなあ。今日は、もう帰って寝たいのに。


「出たってアレか?」


「そう亡霊だよ」


 あっそっちかあ……。モンスターじゃなくて良かったよ……。でも、なにもしてないはず。


「でも亡霊がでる様な事件って、最近なんかあったけ?」


「ついこないだ新人探索者が、無理して秋葉の5階層に突っ込んで死にかけた事件だよ。お前、知らねーの?」


「あーなんか協会で、そんな話が上がってたような……で? まーた、亡霊の奴やらかしたのか?」


「そうなんだよ! こっからが面白い話でさ、モンスターから、助けて回復薬まで渡したのに、新人探索者が新手のモンスターだと勘違いして、亡霊に襲いかかったんだよ!」


「亡霊のあの見た目じゃなあ、黒衣に黒刀にあの面してたらなあ……勘違いするのも仕方ないわ」


 ああ……あれかあ。あの時は、マジでびっくりした。瀕死だったから、回復薬をあげて回復してあげたのに、元気を取り戻したら、即攻撃なんだもん。


 しかも魔法やらスキルを、死に物狂いで撃ってくるんだもんなあ……。モンスターに襲われるより怖かったよ。  


「その後さ、5階層に上がってきた、探索終わりのパーティが、襲われてるのが亡霊だって気付いて、新人探索者達を抑えたらしいんだけどよ……亡霊の奴、その場から全速力で逃げたらしいぜ。その止めたパーティーの話によると、泣きながら」


「そりゃ泣くわ! 救助した奴に襲われるとか、辛すぎるだろ、亡霊の奴も可哀想になあ。だけどさあ、亡霊も変わってるよなあ、人助けが趣味なんて」


 人助けは趣味じゃないんだよ、目の前に助けを求める人がいたら、助けるのが人情だろ?


 もうこいつらの話を聞くのはやめよう。俺の心が痛くなるからな……。

 今日の討伐報告だけで済まして、さっさっと帰ろう。


「新人探索者達さ無事に生き延びて、今じゃ亡霊にめっちゃ感謝してるらしいぞ。必死に探してるけど、亡霊の奴、見つからないらしいんだよ。まあ……探して見つかるなら亡霊なんて呼ばれないけどな」


 ははは、あの後無事にダンジョンから出れたのか……良かった。心の傷は抉られたけどな! あの人達が無事ならまあそれで良い。


 ただ、お前らに言いたい。俺はいつも探索者協会に報告に来てるけどな……。

 

 この糞装備のせいで、気づかれにくいだけで。


 俺はその場から離れ、探索者協会の自動ドアを通り、いつもの受付嬢がいるカウンターまで、人を避けながら歩いて行く。


 カウンターには、専任受付嬢の加藤さんがいる。加藤さんは、ゆるふわパーマの茶髪で、小柄なのに立派な凶器を胸に持つ加藤さんは、俺が探索者を初めてからずっと受付をしてくれている。


 初めて会った時は、泣かれたんだよなあ。思い出したらまた辛くなってきた……。


「あっ加藤さん、お疲れ様です。御堂です、今日の探索の成果持ってきたんで、換金お願いしたいんですが……」


「ひえっ! おっお疲れ様です! 御堂さん、協会内では仮面を外して下さいよ」


 ぷりぷりしてて可愛いなあ。だけど面を外すわけにはいかない。別に加藤さんのリアクションを見たいからつけてる訳ではないんだよ? 


「その、これはちょっと……」


「まだ人前では、仮面してないと話せないですか?」


「すいません……」


 そう俺は、極度のあがり症で仮面をつけないと人前に出れないのだ。それにこの仮面は、ダンジョン産で性能がめちゃくちゃ良いんだよ。


 亡霊って呼ばれる原因になった、糞装備と違って。


「責めてる訳じゃないのよ。ただもうちょっと可愛い仮面にしない? 猫さんとか犬さんか、ファンシーなキャラ物とか」


 頬に手を当てる姿が、めっちゃ可愛い! 


「あははは、考えときます。それでとりあえず、これが今回の成果です」


 俺は腰につけているマジックポーチから、討伐してきたモンスターから出た、ドロップアイテムを取り出し、カウンターに並べていく。


「わっまた凄い量ですねえ。今回は、どこまで潜ったんですか?」


「えっと秋葉の15階だったかな……確か」


 15階と言った瞬間に加藤さんの目つきが、鋭くなる。


 あーこれは怒らせたパターンだなあ。本当は20階に出入りしてますって言ったら、担当やめられちゃうよなあ。


「御堂さん、御堂さんはソロで活動しているんだから、無茶な事はしないでください! 秋葉の15階と言えば、ベテランがパーティーを組んで行くところですよ! 御堂さんになにかあったらどうするんですか……」


「あっいや……その……ごめんなさい」


 加藤さん、涙目になってる、これは本格的にまずい。


「御堂さんは、初めて会った時から無茶ばかりして……私心配なんですよ? あっ痛っ! 会長……なにするんですか、私、今御堂さんと大事な話を!」


 加藤さんの頭を書類の束で叩いたのは、俺が苦手なこの探索者協会秋葉支部の会長、鬼頭安綱だ。筋骨隆々な身体に、かなりの強面、白髪のオールバックに和風が似合い過ぎて、パッと見その筋の人間にしか見えない。


「加藤、そろそろ亡霊を許してやれ。亡霊、話があるからそれ閉まって応接室に来い」


 背中から見えるオーラは、鬼そのものだよ……。


「加藤さん、その、会長が呼んでるから行くね? その無茶はしてないし、大丈夫だから……ごめんね!」


 俺は、会長の跡を走って追う。


「もう! 御堂さん約束ですからね!」


 加藤さんは、本当に優しいなあ。加藤さんの声を背中で聴きながら、応接しに入ると、会長が湯呑みを片手に仁王立ちしていた。


「あのー、俺なんかしましたっけ?」


 会長の湯呑みにヒビが入っていく。


 え? 普通に報告しただけだし、なにもしてないんだが……。


「なにかしましただあ?」


 会長が俺の前に書類の束を放り投げる。


「それ見てみろ、全部お前関連だ」


 1、スキルを使用して老婆の救出

 2、電柱の上で降りられずに困っていた猫を、一般人や普通の探索者ではありえない大跳躍で救出

 3、銀行強盗をなんらかのスキルで、気絶させ無力化etc……。


 うわあ凄い、よく調べてるなあ。俺のファンかな? 


「俺のファンですかね?」


「バッカもーん!!! これを揉み消すのに儂等がどれだけ、苦労したかわかっとるのか!? 貴様の力は公にできんと何度も何度も言っとるだろーが! 言うに事書いて、なあにがファンですか? だ!! 貴様の頭をかち割るぞ!」


 うへえ、会長激怒してるじゃないか……スーパーサ○ヤ人になれそうな勢いだぞ。


「なんか、すいません……」


「すいませんと思うなら、もっと上手くやらんか! 人助けをやめろとは、もう言わん。だが外でスキルを使うな! 外でスキルを使うのは、法令違反じゃ!」


「いやあ……スキルは、使ってないんですよ。純粋な身体能力だけで……」


「余計にタチが悪いわ! 化け物か貴様は!」


 素の力で、湯呑みを砕いた会長に化け物って言われたくない。しかも怪我してないし……どんな握力だよ。ゴリラか?


「失礼な……俺は、人間ですよ。会長、話はこれだけじゃないんですよね?」


「はあ……儂のお気に入りの湯呑みが……貴様の報酬から天引きするからな、今回の火消しにかかった費用と一緒にな」


「んな! 会長! それは横暴だ!」


 稼ぎがなくなってしまう! 


「ああん? 儂が関係各所にどれだけ頭を下げて、どれだけ小言を言われたと思ってるんだ?」


 冷たい目で、俺を見る会長。


「あっいやそれは……そのすいません……」


「先ずはドロップ品を出せ、どうせあの場で行った階層よりも深く潜っていたんだろ?」


「いっいやそれは……」


 ここはなんとか、誤魔化さなければ! 給料がなくなる!


 決意を固めている俺をよそに、会長はため息を吐き、窓際に立つ。


「15階で活躍してる吾妻のパーティーは、お前も知っとるよなあ?」


 ニヤリと笑うその様は、刑事ドラマに出てくる鬼刑事そのものだ。ブラインドがあったら完璧だったな。


「あっはい、吾妻さん達とはたまに話したりしますが……」


「その吾妻のパーティーがな、秋葉の15階で、下から上がって行く、お前を見たんだがなあ」


 ダンジョンは、地下に行くほど、階層の数字が大きくなり、危険度も増す。ダンジョンの階層移動は、階段で移動する方法しか、発見されていないんだよな。


 吾妻さんにあの時、内緒にしてって念押したのにい……。裏切り者おお!


「わかりました、出しますよ、出します。20階まで行って取ってきたドロップ品を!」


 ドロップ品を机の上に出して行く。まだ出すつもりなかったんだけどなあ……生活がピンチの時に売るつもりだったのに。

 

「分かれば良い。後、報告書を出すんだぞ。どんなモンスターがいたか、トラップや、環境もな。細かく頼むぞ」


 また帰っても仕事かあ……現実逃避したくなるなあ。だけど、他の探索者の安全を考えたら、やらない訳にはいかないんだよなあ。


「それとこのドロップ品は、本部に回すぞ? 鑑定して貰わなきゃ、使い方がわからんのもあるしな」


「よろしくお願いします」


「もう行っていいぞ」


「じゃ、失礼します」


 ドアに手を掛け出ようとすると


「御堂、これは独り言だが……やり方はどうあれ、新人探索者の救出や、その他の救助行為、良くやった。今や大層な二つ名まで付いたが、命は1つしかない、それを肝に銘じておけよ」


「━━ッ。ありがとうございます」


「独り言だと言ったろ、早く帰って休め」


 俺は、もう一度会長に頭を下げ、応接室を後にする。


 会長は、いつも俺を庇ってくれている。怒ってくれる、俺にとって親みたいな存在だ、だけど……


「給料天引きかあ……はあ。スーパーの特売、まだ間に合うかなあ……」


 給料天引きだけは、マジでキツい。亡霊と言われても、俺は人間なんだ、幽霊じゃない。飯が食えなければ、餓死して本当の幽霊になってしまう。


 俺はため息を吐きながら、空を見上げ叫ぶ。


「誰かこの糞装備を外してくれええ! せめて、もっとカッコいい二つ名にしてくれええ!」

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