時売屋~時間、いりませんか?~②友達はあの“おじさん”


 繁華街のはずれにある、小さな、古びた木造の家。朽ち過ぎていて、お世辞にも、趣があるとは言えたものでない。そんな近寄りがたい建物に、今日も1人、すがるように入っていった。


 時間がないなら、作・れ・ば・い・い・。






「こんにちはー、おじさん!」


ランドセルを揺らして入ってきたのは、1人の男の子。この子はうちの常連さん。


「おや、今日はどうしたんだ、坊や。」


そう言いながら、買っておいた紙パックオレンジジュースを机に出す。


「ありがとー、おじさん!」


そういってそそくさとストローを出している。子供らしい彼だが、壮絶な生活をしているのは僕が誰よりも知っている。


「……………また母さんにいじめられたんか。」


「……………ん。」


紙パックを両手で持ち、うつむいて飲んでいる姿は、どうも見るに耐えないものだ。とりあえず彼を向かいの席に座らせ、いつものように話を聞く。


 彼は小学5年生の、10才。7年前に父親が亡くなり、母親はほぼ育児放棄。去年までは児童養護施設に入っていたが、児童養護施設の子供がいると近所に言われてから母親が嫌になって、今は母親によって家に戻されている。だから今も彼は、母に煙たがられているらしい。


 だから、彼は学校から直接来て、暗くなるまでここで時間を潰している。





 「今日は何をしようか?」


私は、帽子を浅くかぶり直しながら聞く。


「お話したい。」


「何の話をする?」


「あのさ、ずっと気になってたんだけど…………。」


「ん?」


「この家って、何かのお店?」


確かに、それは気になるな。こんな古い朽ちた家だもの。


「ここはね、時売屋ってとこなんだよ。」


「ときうりや…………?」


「うん。時間を売ってるんだ。1分10円。お安いだろう?それを買うと、空間時間ができるんだ。」


「へえ……………。」


惚けた顔で私を見つめる。そして、彼は何を思ったのか、ポツリポツリと最近のことを話し始めた。


「最近ね、学校でも“児童養護施設の子だー”って言われて、何か冷めた目で見られるし、“親が居ないんだー”とか言われるし。今日は朝学校行ったら、机がなかったの。でも、泣かなかったよ?ちゃんと、我慢した……………。友達が、ほしいのに。だれも僕のことを相手にしてくれないの。」


彼は学校でも居場所がないらしく、以前より、子供らしい笑顔がなくなっていた。


 もう、我慢できない。そう思い、うつむいた彼の頭に……………触れなかった。


 どうしても、破れない過去は、変えられない。


「ごめんな…………………。」 


「………………なんでおじさんが謝るのー?」


顔をあげた彼の頬には涙の跡があったが、口には笑みが。


「……………いや。」


逆に、私が今度はうつむく。膝の上にのった、彼に触れられないこの手を見ながら。


「あ!もう暗くなっちゃう!!帰んなきゃ!おじさん、またね!」


「おお、…………………また来てな。」


たぶん最後の言葉は彼に聞こえてなかったと思う。ただ、私が言いたかっただけ。


 彼がいた場所には、オレンジジュースと少し汗くさい匂いが残っていた。








『おじさん!こんにちはー!』


『はい、こんにちは。』


30年前もここには1人の男の子が常連で来ていた。その子もオレンジジュースが好きだった。


『今日ね、学校で楽しいことがあったんだ~!』


向かいの席に座る彼の表情は、満足に満ちた幸せな顔。そんな彼を見るのが、私はとても申し訳なく、つらかった。本当は、もう来てほしくなかった。だが、子供相手にそんなことを言えず、『もう暗くなるから帰りなさい』といつも言い聞かせていた。





 その20年後、彼は地元で子供を作り、ここにも子供を連れてきて、顔を見せてくれた。その時には子供も抱っこした。感動して泣きそうになったけど、必死に泣かないようにした。私は、泣いてはいけないから。そして、『おじさんには小さいとき、ものすごいお世話になったから。』と子供をあやしながら言う彼は、私よりも眩しく見えた。だから、


『良い子に育ったな。』


と、他人のはずなのに、こぼしてしまった。溢れてしまいそうになった。本当は、大人になった彼に真・実・を教えたかった。


 それでもダメなのは知っている。


 なぜなら。









 彼は、僕の、息子だから。


 離婚した、嫁の、子供。


 そして、私は…………………








 罪、深い人だから。















 1ヶ月後。


「おじさーん!」


1ヶ月前はあまり笑顔が見られなかったのに、今は満面の笑みだ。


「どうしたんだー?」


「これ!」


そして、机から乗り出して彼が見せてきたのは、手のひらの上のコイン。300円あった。


「自販機の下を見て回ったの。これで、時間買う!」


「……………な、んで、?」


思わず驚き、呂律が回らなくなる。


「家にいるより、ここにいる方が楽しいから。これで時間買って、長くここにいたい。おじさんといたい。だって、」


そう言って私と合った目は、きらきら輝く、ワクワク心が溢れていた。


「僕、おじさんと友達だもん!」


「っ……………………!」


おじさんなのに、トキメキました。きゅんとしました。


「分かったよ。じゃあ、質問ひとつ。後悔しないかい?」


2つの意味を込めて。


「うん!」


その300円を受け取り、空間時間を作りに行く。






 坊や、ごめんね。友達にはなれないんだ。なぜかというと、








 坊やは私の孫だからね。






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時売屋~時間、いりませんか? のか @LIPLIPYuziroFan

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