赤い傘

春山 諒

第1話

今年入学した美里女子高からの雨の日の帰り道、私と逆方向のバス停には赤い傘を差したうちの学校の制服ではない女の子が待っていた。

ここのバス停は上りの『美里東駅』行も下りの『美里西駅』行もうちの学校の前を通る道順になっているので、あの子は私とは逆の美里西駅に向かうのだろう。


私はバスを待つ時間がまだあるせいか、赤い傘の女の子の事をジッと見てしまうが、傘が邪魔で顔まで見えないでいる。

あれ?

そう言えば赤い傘の女の子の着ている制服はグレーのセーラー服だけど、この辺りの高校ってブレザーしかないので、何か用事があってうちの学校に来たのか、転校して来たばかりなのだろうか?

そんな事を思っていると、下りの『美里西駅』行のバスがバス停に来て、赤い傘の女の子がバスに乗ったのか見えなくなる。

転校生で同じクラスになれたら、話し掛けてみようかな?

そんな事を思いながら、上りのバス停に止まったバスに乗り込み家路に着く。


翌日、うちの学校内でセーラー服を着た人は見る限りいなかった事と、転校生が入ったと言う噂も無かったので、あの赤い傘の女の子はきっと何か用事があって来ただけなんだと、ちょっと残念に思った。

そう、きっとあの子は私の人生で交わる事はないのだろう。


そんな事を思っていたが、梅雨の時期に入り、帰宅の時に雨が降っていた日に向かいのバス停に赤い傘を差したセーラー服の女の子がまた立っているのを見つけてしまう。


今日ってうちの学校で他の高校と集まるような事ってあった?

それに学校で転校生が来たって話も聞かないし、また見掛けるのはこれっきりなのかもしれない。

もし見掛ける事があっても随分先になるのかと思っていたが、翌日も向かいのバス停に赤い傘を差したセーラー服の女の子を見つける。

その後も『赤い傘を差したセーラー服の女の子』と私が呼んでるだけあって、雨の日は必ず向かいのバス停にいるが、雨が降っていない日は赤い傘を差してないセーラー服の女の子を見掛けることは無かった。


そんな何度か見掛けるようになったあの子だが、たまたまクラスメイトの岡田さんが向かいのバス停でその子と一緒に並ぶ事があり、どんな女の子だったか確認する機会を得る事が出来た。


私は朝、学校に着くと、昨日向かいのバス停にいたクラスメイトの岡田さんの席に行き、

「ねえ、昨日の帰りだけど、バス停で赤い傘を差したセーラー服を着た女の子いたでしょ?」

と私はおはようと朝の挨拶をする事も忘れて、本題をいきなり聞き出してしまう。

「あ、沢村さんおはよう。」

「岡田さんおはよう。で、昨日の帰りの事覚えているよね?」

岡田さんは少し考えるようにして

「赤い傘のセーラー服を着た女の子だっけ?」と確認してくる。

「うん。」私は岡田さんからの質問に頷く。

「昨日バス停では、私と隣のクラスの吉田さんしかいなかったよ?」

「えっ?」

私は昨日間違いなくあの女の子がバス停で並んでいるのを見ていたので、岡田さんを怪しむような目で見てしまう。


「本当だよ?じゃあ、吉田さんにも聞いてみる?」と言うので、私と岡田さんで隣のクラスの吉田さんをホームルームが始まる前にと急いで訪ねる。


「朝からどうしたの?」

吉田さんは岡田さんに確認するので、私が昨日の話をする。

「昨日、帰りのバス停で、赤い傘を差したセーラー服の女の子が一緒に並んでいたよね?」

「え?昨日の帰りのバス停は私と岡田さんの二人しかいなかったよ?」

吉田さんは岡田さんと同じ事を言い、二人の顔を見ても口裏を合わせて嘘を言っているような感じではなかった。

良く考えれば、二人が私に嘘を吐くメリットなんてないのだから、きっと二人が言っている事は真実なのだろう。

「二人とも朝から変な事聞いてごめんね。」

私は自分のクラスに戻ろうと教室の出入口に向かおうとすると、

「沢村さん、ちょっと待って。」と吉田さんが私を呼び止める。

「何?」

「いや、先輩達から聞いたんだけど、昔あのバス停辺りでうちの生徒が車に轢かれて亡くなったんだって。」

「え?どう言うこと?」

吉田さんは私を手招きし、内緒話をするように小さな声で話し出す。

「あのバス停でその子の幽霊が出たんじゃないの?」

「バス停で幽霊が出るって噂でもあるの?」

私は自分が見た女の子が幽霊のような存在の薄い感じでは無かったので、吉田さんの話を聞き返してしまう。

「そう言った噂は無いんだけど、何となくそんな感じしない?」

「でも私が見た女の子はうちの制服じゃなくてセーラー服だったけど?」

「あっ!そっか~。でもうちの制服ってずっとブレザーだっけ?」

私と岡田さんもうちの制服がいつからブレザーだったか分からなかったので、お互い首を振る。

でも、あのバス停で事故があったと言うのは初耳だったので、吉田さんにお礼を言って岡田さんとクラスに戻る。


私は事故で亡くなった生徒の幽霊と言う吉田さんの話は納得出来なかったが、その事故自体に何か引っ掛かるものを感じ、放課後に図書室に行って調べてみる事にした。


そして放課後、すぐに私は図書室に向かう。

意外と人が多かったが、図書室にあったパソコンは空いていたので、過去の事故について検索してみる。

すると25年前にうちの学校の前のバス停で「雨の日にタイヤがスリップしてコントロール出来なくなった車が、バス停に並んでいた女子生徒2名をはね、はねられた女子生徒2名が亡くなった。」と言う記事があった。

記事に2名って出ていたが、私が見たのは1人だけだ。

もっと詳しい情報がないか調べると、被害者の女子生徒2名の名前を発見する事になったが、その一人の名前を見て、私は驚く事になる。


『沢村 千枝』さん

『内海 奈緒』さん


そう、わたしの名前は『沢村 千佳』

被害者の一人と一文字しか名前に違いがない。

その何か縁を感じる『沢村 千枝』さんがあのバス停で見た赤い傘の女の子なのだろうか?

私は名前で驚いてしまった事で、うちの学校の過去の制服を調べる事も忘れて、急いで帰宅してしまった。


私の家は、祖父母が住む古くからある母屋と、私と父母が住む新居の離れがあり、私は自分の部屋のある新居に入る。

「ただいま。」と言って家に入るが、父も母も仕事なので、「おかえり。」と言う返事は当然なかった。

私は自分の部屋に行き、部屋着に着替えてベットに寝転がり、図書室で調べた被害者の『沢村 千枝』さんの事を考える。

身内なのかと考えたが、父や母からそんな話を聞いた事は一度も無かった。

もしかして、祖母なら知っているかもしれない。

私は急いで母屋の玄関をくぐり、祖母を呼ぶ。

「おばあちゃーん!」


「千佳ちゃん、そんな大声出してどうしたんだい?」

と祖母が居間からゆっくりと笑顔で顔を出す。

私はそのまま母屋に上がり、祖母のいる居間に行く。


祖母はいつも座っている座卓の場所に戻り、飲みかけと思われるお茶をすする。

私は祖母の隣に座り、早速だけど質問をする。

「あのね、おばあちゃんなら知ってるかと思って。」

「私に分かる事なら何でも答えるけど、まあ、ちょっと落ち着きなさい。」

と祖母はお茶を淹れて勧めてくる。

私は祖母から薦められた淹れたてのお茶を少しずつ飲みながら、走って来た呼吸を整える。


「で、おばあちゃんに聞きたかったんだけど、『沢村 千枝』さんって人知らない?」

私は祖母に身を乗り出して質問すると、祖母は驚いたかのように目を大きくする。


「・・・・。どうしてその名前を?」

祖母は私が初めて見るような難しい顔をしながら、声を絞り出すようにして私に問いかける。

「えっと、学校の図書館で調べたんだけど、25年前に私の学校の傍のバス停の事故で亡くなられたって記事を見つけたの。」

私がそう答えると、祖母は大きくため息をつき、

「まあ、隠している訳じゃないけど、大っぴらに話す内容でもないから千佳ちゃんには言ってなかったのよ。」と『沢村 千枝』さんの事を話し始めてくれた。


祖母によると『沢村 千枝』さんは私の父の妹で叔母さんだった。

当日、本来は私と同じように学校からの帰りは上りのバスに乗って帰るはずなのだが、お互いの家に泊まるような一番仲の良い友達と帰る為、下りのバスを待っていた時に事故に遭ったと言う事だった。

そして、叔母は背が高く黒髪で高校生になった私に良く似た容姿をしており、運動神経と成績も良く、友達も多かったみたいで、葬式にはかなりの人数が来てくれたらしい。

祖母は一通り話し終わったのか「ちょっと待ってなさい。」と言って2階に上がり、一つの写真立てを持って戻ってくる。

「これが、千枝と一緒に亡くなったお友達の奈緒ちゃんよ。」

と私に写真立てを渡してくる。


入っている写真は少し色褪せた感じだが、赤い傘を差した叔母とお揃いの傘を差し髪の毛が少し茶色でツインテールにしている元気そうな笑顔を浮かべた少女が写っていた。

そして二人の着ている制服が、私がバス停でみた女の子の着ていたセーラー服と同じである事に私は気付いた。

「おばあちゃん、美里女子って昔は制服がセーラー服だったの?」

祖母は頷き、

「ああ、私が通っていた頃もセーラー服だったけど、15年前位に千佳ちゃんが着ている制服になったみたいよ。」

と残念そうに話す。


そうか、やっぱりあのバス停の女の子って叔母なのかもしれない。

それに私だけしか見えないと言う事は、私に何か伝えたい事でもあるのだろうか?

私は祖母にお礼を言い、自分の部屋に戻り、次の雨の日はあの赤い傘の女の子に近づいてみようと心に決めた。


そして運良く翌日も雨だったので、私は帰り道、思った通り向かいのバス停にあの赤い傘の女の子がいたので、近づいてみようと横断歩道を渡ろうとする。

私が近づいたのが分かったのか、女の子は傘を少しずつ持ち上げて、顔が見えるようになってくる。


え?何で?

傘が上がりあらわになった女の子の顔は、私には全く似ていなく、写真で見た叔母ではなかった。

そう、バス停の赤い傘の女の子は、叔母と仲良く写っていた『内海 奈緒』さんだったのだ。

叔母であれば理解は出来たのだが、私だけがどうして奈緒さんを見れるのか理由が分からなく、私の足は横断歩道の手前で歩みを止めてしまった。

そして奈緒さんはいつもと同じように下りのバスが入ってくると姿が見えなくなる。

・・・・。

叔母なら私に家族の事とか伝えたい事があるのは分かるけど、奈緒さんは一体私に何を伝えたいのだろうか?

そんな事を考えていたら、上りのバスも入って来たので、私はもやもやしたものを抱えながら家路に着いた。



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私は柏木 麻緒、今年の春から高校に入ったばかりの高校一年生。

でも、本当は今通っている高校ではなく、美里女子高に通いたかった。

何でかと言うと、私は小さい頃から母に「私の亡くなったお姉ちゃんは頭も良くて、美里女子に通ってたし、明るくて人気者だったのよ。」と言われていた為、美里女子を志望していた。

受験しようと思った本当の理由は、レベルが高い高校と言うよりも、母が伯母の写真を見せてくれた時に、うれしそうに笑う赤い傘を持った伯母と仲良くお揃いの赤い傘を持った背が高く長い黒髪の美人な人を見て、私も美里女子に通ってこんなきれいなお友達が欲しい言う少しミーハーな理由だった。

そして受験の方は、ミーハーな理由だったせいか、受験日に熱を出してしまい、体調不良でテストは散々な出来だった。

そんな訳で私は当然受かる事が出来なく、一番家に近い美里西高に通う事になった。


あーあ、受験の時に隣の席に座った女の子は、伯母と一緒に写っていたあの黒髪の美人さんに本当にそっくりで、何とか受かって一緒に通いたかったなあ。

そんな事を思ってたせいか、あの赤い傘を持った伯母の友達が何度か夢に出てくるようになった。

夢でもセーラー服を着た伯母の友達は赤い傘を持っていた。

そして何かを必死に私に向かって言いながら傘を投げ捨て駆け寄ってくるが、私にはその言葉が聞き取れない。

最後は私の身体に飛びついてくるのだが、その後はいつも夢から覚め、起きてしまっていた。

伯母の友達が夢に出て来るって何でだろう?

私は確かに受験の時に隣になった黒髪の美人さんと友達になりたいと思ったから、その子に似ている伯母の友達が私のそんな欲求から夢に出てきているのかもしれない。

きっとあの子にも会えるよね?

会えたら私から声を掛けて友達になるんだ!

と思って、学校の帰り道は美里西駅で美里女子方面から来るバス停で降りてくる生徒を目で追ってしまっていたが、まだ一度も見掛けた事は無かった。


そうしている事が半ば習慣化してきたある梅雨の日、バスからセーラー服を着た長い黒髪の生徒が降りてくる。

そしてその人は赤い傘を差して、駅のロータリーを私がいる駅に向かって歩いて来た。

距離が近づき顔が見えるようになると、確かにあの伯母の友達に似た美人さんだった。

あの受験の時の隣の子だ!

私は声を掛けようと、持っていたビニール傘を広げて、その子に向かって歩き出した。



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バス停の女の子は私の叔母ではなく、『内海 奈緒』さんだった。

これは何か意味する事があるの?

もしかしたら、あちら側のバスに乗れば何か分かるのだろうか?

明日は家には遠回りになるけど、下りのバスに乗ってみようと私は決心した。


幸い翌日も雨だったので、私は帰り道、いつもと逆方向のバス停に向かう。

バス停には既に赤い傘を差したセーラー服を着た女の子が立っていたが、私の方が背が高いため傘で顔が見えなかったが、きっと奈緒さんなのだろう。

そして美里西駅行のバスがバス停に止まり乗車口が開くと、前にいた赤い傘の女生徒がフッと消える。


えっ!

奈緒さんが消えた?

私はバス停の回りをキョロキョロと見回すが赤い傘はどこにも見当たらない。

私がそうやっていると、バス停で私の後ろに並んでいた見知らぬ生徒に

「乗らないの?」と聞かれ、

「ごめんなさい。」と慌ててバスに乗り込む。


バスの中にも奈緒さんの姿は無く、私は他に用事も無いのに家に遠回りで帰るだけとなってしまった。

そしてバスが美里西駅に着き、私はバスから降りて持っていた傘を差して、駅に向かおうとロータリーを歩き出すと、駅の方から赤い傘を広げる女の子が目に入る。

その子は、学校の前のバス停で傘で顔を見えないようにしている奈緒さんと違い、傘を浅く差し、私の方に歩いてくる。

顔を良く見ると、あの写真で見た少し茶色がかった髪をツインテールにしている奈緒さんだった。

何でバスに乗る前に消えたのに、ここにいるの?

しかも私を目指してどんどん近づいてくる。

やっぱり私に何か話したい事があるの?

そう思って私も奈緒さんの方に向かい歩みを早め、あと5m位の所まで来ると、駅のロータリーから車のエンジンを吹かしたような大きな音がする。

その大きな音の方を見ると、車がロータリーの歩道を飛び越えようと言うようなスピードで急発進し、私と奈緒さんに向かって来ていた。

でも私の方を見ている奈緒さんはその車に気付いてないようだ。

私は持っていた鞄と傘をその場に放り投げ、奈緒さんに向かって走り出す。


間に合って!


私は奈緒さんに飛びつきながら、叔母もこうしたんだろうなと意識を手放す。



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「奈緒!大丈夫!?」

私は奈緒を抱き締めながら、無事か確認する。

「うん、でもごめんね千枝ちゃん。」

奈緒は怪我は無いようで身体を離して、私に謝ってくる。


「奈緒が謝る必要はないよ。だってあの車が悪いんだもの。」

奈緒は首を振りながら

「千枝ちゃん、違うよ。」

何が違うと言うのだろうか。

「どうしたの?」

私は奈緒を顔を覗き込む。

「千枝ちゃんは私をあの車から守りたかったんでしょ?」

奈緒は俯きながら私に聞いてくる。

「うん、私は奈緒の事は私がどうなってでも守るつもりだよ。」

私は一旦離れた奈緒の身体を再び抱き締める。


「だから、ごめんね。」

「さっきから謝ってばかりでどうしたの?」

奈緒は何を言いたいのだろう?

抱き締めた腕の力を緩め、私は奈緒の顔をジッと見つめる。


「私を守りたいって言ってくれたけど、千枝ちゃんに守られてあげれなくてごめんね・・・。」


え・・・?どういう事?

私は辺りを見回す。

今まで奈緒の無事しか興味が無かったので、気付かなかったが、私たち二人がいる所が真っ白な霧に包まれて何も見えない状態だとやっと気付く事が出来た。


「え?守られてって?」

怪我一つない奈緒は何を言っているのだろうか?


「私は千枝ちゃんに守られても、千枝ちゃんがいないなんて嫌だったの。」

奈緒は苦しそうな表情を浮かべ、目に涙を溜める。

「私も奈緒とずっと一緒にいたいけど、奈緒だけでも助けたいって!」

私は自分の想いを必死に伝える。


「千枝ちゃんの気持ちはうれしいけど、やっぱり二人一緒じゃなきゃ嫌!」

奈緒は溜めていた自分の感情を爆発させるとともに、溜めていた涙が堰を切ったように流れ出す。

「だから私は千枝ちゃんと一緒に逝く事を選んだの!」


ああ、そうだった。

私は奈緒を助けられなかったんだ。

・・・・。

でも、奈緒の言う通りかもしれない。

私が奈緒のいない人生なんて考えられないように、奈緒もそう思ってくれたのだろう。


「・・・・。そうだね、私も奈緒となら一緒に逝ってもいいよ。」

奈緒は私をギュッと抱き締めてくる。

「うん!千枝ちゃんと一緒なら!」


私は奈緒とお互いの気持ちを伝え合え、心を縛っていた重い枷が外れたような気がした。

奈緒を見ると私と同じようで、自分の右手を差し出してくる。

私は奈緒の右手を左手で握り、二人とも空を見上げる。

あの時は雨が降ってたけど、いつの間にか止んでいるようだった。

私たちの気持ちのように晴れるといいな。


私たちのそんな気持ちのように白い霧が無くなり、傍に抱き合うように倒れている二人の女の子がいる事に気付く。


『あの人を絶対助ける!』

私に似た黒髪の女の子はそう念じているようで、もう一人の奈緒に似た女の子は

『あの人と助かるんだ!』

と強く想っているようだった。

きっとこの二人なら、私たちが出来なかったあちら側での幸せを掴めるのだろう。


奈緒を見ると私に頷く。

そして私は、自分たちの魂がこの世界にどこかに運ばれて行くのを感じる。

「これからはずっと一緒だよ。」

「うん!」



5ページ


私はロータリーの歩道を赤い傘を差したセーラー服を着た長い黒髪の美人が、私に向かって歩いて来るのを見て、ドキドキと心が弾んだ。

そして夢で見たあの光景と同じで傘を投げ捨て必死な表情で駆け寄ってくるが、夢と違ってその理由を知ることになる。

ドンと言う大きな音に気付き、音の方を見るとロータリーの歩道を乗り越えて車が暴走してこっちに向かってる!

そうか!あれは正夢だったんだ!


そして物の動きが私にはスローモーションに映る。

ああ、死ぬ前ってこんな感じなの?

私は美人さんに飛びつかれ倒れ込むが、その勢いを抱き合ったまま転がるように身体を捻る。

二人とも助かるんだ!

だってあれは正夢だったんでしょ?

私たちはゴロゴロと転がったお陰で、車にはぶつかることもなく、寝転がったまま雨に打たれる。


いてて、倒れ込んだ時にお尻をちょっとぶつけちゃったかな?

そして私は美人さんと抱き合ったままだった事に気付き、慌てて身を起こす。


あれ?意識が無い?

美人さんは目を閉じたままピクリともしない。

車にはぶつかってないけど、転がった時に頭でも打った?

頭を打っていたらマズイので、揺すらず、頬をペチペチと軽く叩いてみる。


「う、ううん。」

良かった、意識があるようだ。

美人さんはガバッと身を起こし、私の肩を掴み、

「奈緒さん大丈夫!?」と聞いてくる。


奈緒って伯母の名前だなと思いながら、

「うん、と言うか、奈緒じゃなくて麻緒だけど?」

「え・・・?だって赤い傘差してセーラー服を着てたじゃない?」

私は立ち上がり、転がる時に手放した鞄とビニール傘を拾い

「制服は見ての通りブレザーだし、私の傘はコレだよ。赤い傘とセーラー服はあなたでしょ?ってあれ?」

駆け寄って来た時は確かにセーラー服を着ていたよな?

でも、美人さんは美里女子のブレザーを着ている。

私は座り込んでる美人さんに傘を広げて差し出し、

「お互い見間違っていたなんて、頭でもぶつけたかな?」

と笑いかける。


「えっと、麻緒さんは身体で痛いとこない?」

美人さんも立ち上がり、私を心配そうに見てくる。

「うん、ちょっとお尻を打った位だよ。で、貴女は大丈夫なの?」

「今のところ、怪我とかはないみたい。」


二人でお互いの無事を確認していると、いつの間にか私たちの回りに心配そうに様子を伺っている数人の中から、美里女子の生徒が、

「貴方たち大丈夫?念の為、病院に行った方がいいよ?」

と美人さんの傘と鞄を持ってきてくれる。

「ありがとうございます。特にぶつかったところとか無いので、大丈夫そうです。」

美人さんはお礼を言って、傘と鞄を受け取り、すぐに傘を広げる。


ああ、本当に私の見間違いだったのだろう、その広げた傘は私と同じで普通のビニール傘だった。


荷物を持って来てくれた生徒が私たちの無事が分かり駅に向かうと、回りで心配そうに様子を伺っていた人たちも「怪我が無くて良かったね。」などと声を掛けて、各々、自分の行先に向かい始める。


そう言えばあの暴走して来た車はどうなったんだろうと、回りを見ると、ロータリーにある電灯にぶつかって止まっていたが、運転していた人は無事そうだった。

取り合えず誰も大怪我とか無くて良かったと思ったが、自分を見るとびしょびしょだ。


当然、美人さんも私と同じ状態だったので、

「うちの家、すぐそこだから、うちに来て髪とか乾かさない?」

と話し掛ける。

「え?いいの?」

「うん!」

私はうれしくて大きな声で返事する。


「あっ!麻緒さんって名前を聞いといて、自分の名前言ってなかったよね?」

「うん、私は柏木 麻緒。」

「私は沢村 千佳。って私は助かるけど、本当にお邪魔していいの?」

私は千佳ちゃんの言葉に大きく頷く。

「うん!それに千佳ちゃんに話したいこともあるし。」

千佳ちゃんは私の言葉に目を大きく見開く。

「えっ!?私も!」


千佳ちゃんには何から話そうかな?

受験の時の事とか、夢の事とか。

でも、もう友達だから色んな話いっぱい出来るよね?


そして私たちは雨が上がり始め、お日様が顔を覗かせた明かりとともに一緒に道を進む。

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赤い傘 春山 諒 @yoshimomonga

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