第31話 完

あれから数ヶ月経った、春某日

戦場から帰還した八重の携帯に『LIFE for reversibles』ヘの招待が届いた。

参加と拒否の選択肢で、八重は迷わず招待を受ける。

信吾『お!八重!久しぶり!』

メール上でも騒がしい信吾の挨拶だ

京子『突然すまないね』

京子は変わらず、気を使った挨拶である。

言ノ葉『ごめんね、急に招待して。でもちょっと確認したい事があって、今から言う場所に来れる?』

しおらしい言ノ葉に八重は画面越しに少しだけ微笑み、いつも通りに返信をする。

八重『了解した』

指定されたその場所は元母校の四階の屋上前の踊り場だった。

八重は幾年か前に見慣れた中野駅で下車し、もう来る事は無いと思っていた道をゆったりとした足取りで歩いていく。

八重はこの高校の卒業生ではないので一先ず一般受付を済ませ、呼び出された別棟四階へ上がって行けば、あの時の見覚えのある三人がそこに居た。

『大見八重』がずっと焦がれ続けた、あの日々の続きがそこにある。

「八重くん、見ない間に随分大人っぽくなったねえ」

四階から見下ろす、ウェーブのかかった短い髪の毛のその女性は、喜色満面に八重を見下ろしつつ、そう言い放つ。

何時か耳に馴染んだ問頭に対して、何と答えればいいかを知っている。

「違うな、俺は大人っぽいんじゃない、子供っぽくないだけだ」

決められた受け答えに、屋上四階に居た三人の瞳が大きく揺れた。

歓喜とも、動揺とも取れる感情の動きに、数秒の視線を返し隣の黒髪の女性に視線を移す。

「そう……そういう事なのね。八重くん、あなた私達にずっと隠してたってわけね……」

そうだ、この受け答えの返し方も『大見八重』は知っている。

「それは、見解の相違だな」

してやられたと、気の強そうな瞳が悔しげに揺れたかと思えば、隣の大柄な男性が一歩前に歩み出た。

「八重……お前、本当に……あの、八重なんだよな……」

「あの無理難題の約束を守ってくれたようだな。お前達三人が俺の未来を変えてくれた。だから俺はまたこうして此処に居る」

八重は失った左目をソッと撫で、今の己の存在を確かめる。

この裏に居た黒い影はもう何処にも見当たらない。

「お前達が俺を諦めないでいてくれたおかげで……」

学内の見慣れた景色は流れる時間の中で変わるが、放課後にだけ見える夕焼けの色だけは今も変わらないのだと八重はようやく知る事が出来た。

『大見八重』が何の為に戦い、何の為に今までの日々を拾って来たのか、それはこの三人と共にもう一度この場所に戻る為だ。

「俺はまた、ここで生きて行く事が出来る」

各々が待ち望んだ再開を噛み締め涙を溜める中、八重は一つ言ノ葉に聞かねばならない事を思い出す。

「そうだ言ノ葉、一つだけ聞いてもいいだろうか?」

「ん?……なに?八重くん?」

そうだ、八重はずっとこの時を待っていた。

唯一、同じ経験をしたこの人物の到来を『大見八重』は随分と待ち望んだ……

「お前は刺されてからの一年間を繰り返したと言っていたが、ちなみにお前はあの頃から『何度』同じ時間を繰り返したんだ?」

「ん?そんなの数えきれないわよ。それこそ何十回、果ては何百回とじゃないかしら?というか、そんな事一々覚えてられないわよ」

不快感を露わに聞き返す言ノ葉に、八重は手のひらに書かれた数字を見る。

この数字こそ、実感と根拠、そして『大見八重』の苦悩の日々の象徴とも言えるだろう。

「いや、俺も長かったと思っただけだ。それこそ八年では利かないだろう」

八重は思い返す。ずっと昔に体験したあの頃の記憶を……それこそ何十年前の『青春』と呼ばれた八重の記憶だ。

「……え?ちょっと待って。八重くん!あなたもしかして!?」

校舎中を吹き抜ける春風に、八重は言ノ葉の問いに答える事なく、手のひらに書かれた数字を誰にも見ない様に堅く握り込んだのだった。

[完]

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リバーシブル's りんごちゃん @kojya65

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