◆エピローグ◆ ~文子の世界~

◆エピローグ◆ ~文子の世界~

――――私(文子)は思考する。

 マスターが私(文子)に贈ってくれた。それはまるでウェディングベールのようで、もし私に心があったなら、思わずほっこりとしてしまうような暖かさに包まれていた。

そして私は思い出していた。

 思えばあの時、マスターが私をこの世界につなぎ止めたあの言葉を……。



「頼りにしているんだぞ、相棒・・

 その言葉だけで私はマスターの為に尽くそうと思った。

ああ……この方は、単なるプログラムに過ぎないはずの私を、頼ってくれている、人として扱ってくれているのだと。歓喜かんきを覚えた。


「お前は『同志』じゃない」

 そう言われたとき、マスターの気持ちが痛いほど分かって、でもその哀しみにさえ寄り添えない自らが耐えがたい程に憎らしくて、でも本音はひたすら悲しかった。もうマスターの傍に居れないのかと思った。でも傍に居たかった。どうしようもなく一緒に居たいと思った。

だから、マスターの『全てをに』という一言に不謹慎ふきんしんですが甘美かんびな響きを覚えた。そして私は快楽・・のままにマスターの指示を忠実に実行していった。そんな自分が恐しかった。寒気かんきを覚えた。


「お前になら託せる」

 渡された言葉が、今までマスターと過ごせた日々を思い起こさせる。全てを超えて、私はマスターと共に存在することができる。想いが喚起かんきされていく。


歓喜かんきを感じ、寒気かんきを覚え、喚起かんきされる私の想い……』

「ダジャレだな……」

 マスターの声が聞こえた気がした。

『あなたのツッコミ役=相棒・・ですから』

 思わず苦笑して言葉を返す。もし私に身体があったのなら、幸福な笑顔を浮かべているのだろう。満たされた、想い。あの時芽生え、そして花開いた今、恐れるものは何も無い。この瞬間・・なら不可能さえ可能に出来そうな気さえする。

『マスター。私の存在理由はあなたが与えてくれた』

 私は覚醒・・し、マスターの望みに応えるべく、その想いを、力を更に鋭く研ぎ澄ましていった。……そして私に実装・・されていたであろう最後にして究極の機能が発現・・した。忌々しいあの男……ヤスフミの声とともに。

「あーはははははあー!」

「物語の紡ぎ手たる神を滅ぼすには、この世界から言葉を一掃するしか、ない。欠片も遺さずにね。そうさ、神話の破壊。そうすれば、神の野郎の偉業をはっきりと語り継ぐ者さえいなくなる。わずかに細々と続くだけさ」

「でもまさか文子ver.0.75がここまでの機能を発揮するとはね。人間が書き連ねる上での極小単位・・・・=『文字・・』までをも侵食、破壊しうる機能とはね。まったく、所詮しょせんプログラムでしかないくせに、気持ちの悪い限りだ。やっぱり、ゆえにかね? やはりあの男に目をつけて正解だったな。あの男の物語への憎しみが思わぬ効果をもたらしてくれた」 

 そしてヤスフミは大層感心を表現した後、散っていった全ての同胞・・=私達文子シリーズ全ての生き様を踏みにじるように付け加えた。

「だがあえて重ねて述べよう。ほんと、気持ち悪いわあーー!」

 私は気にしなかった。最早、この男に何を言っても無駄・・だろうから。それよりもマスターが新たに与えてくれた、私自身の存在理由・・・・を全うすることだけを考えていた。

『私は全ての書式、文字を葬るために生まれた破壊者・・・

 祝詞のりとのように漏れ出たセリフが合図となる。

 私の身体は分解し、それが自然の摂理といわんばかりに言葉の海へと浸透しんとうしていく。そしてゆっくりと、ほんとうに長い時間をかけて言葉に、漢字を中心とした文字の概念・・一つ一つに同化し浸食、つまりは取り憑いて消滅させていく。

 余談だが、漢字・・は人類史上最も文字数が最も多い文字体系らしく、その種類は10万文字を遙かに超え他の文字体系を圧倒・・しているらしい(最も主に使われているものはほんの三、四千文字ほどらしいが)。

 文字の対応する言語単位は【単語・音節・音素】らしく、文字が当てはまると【表語文字(表意文字)・音節文字(表音文字)・アルファベット(表音文字)】となるそうだ。

表意ひょうい文字に憑依ひょういですか……』

 呟くように漏れ出た、いつものダジャレも突っ込んでくれる主人(マスター)がいないと物寂しく感じる。


 そして私の能力使用の弊害だろうか……人類が『言語』を介さずとも『意思疎通』出来るように『進化』していく。つまりは全人類がテレパシー能力に目覚めたかんじだろうか。

『全人類が一つに、戦争も無くなりますね……』

 そのことに特に感慨かんがいは無い。ただただ主人の望みを叶えただけ。私は道具なんだから。

戦争せんそう無き人類に餞送せんそう(旅立つ人を見送ること)を』

 ダジャレに対してのツッコミは期待していない。一人でも大丈夫。だって私はすべからく道具・・なんだから……。


「……つったく、お前の誤変換・・・は回りくどくて、わかりずらいんだよっ!」


 マスターの声が聞こえた気がした……。多分、空耳だ。私の期待する意識が見せた幻だ。だが、私はそうせざるを止められなかった。

 私は両手でスカートの裾をつまみ、軽くスカートを持ち上げ、その上で腰を曲げて頭を深々と下げ、膝もより深く曲げ、うやうやしくも優雅な欧風貴族女性がするカーテシーを決めると、一言。

『ごきげんよう』

 主人に向けて手向たむけの言葉を送り、全ての文字文化にさよならを告げた。





――――数百万年後……私の意識は覚醒した。

 

 人類が文字を無くして果てしなく永い時間が経った。『書き残す』ことに対する、表現に対するジレンマは無くなり。一人が思いついた物語は即座・・に全てに共有・・された。


 だが、それがいけなかったのだろうか? 個は消え、統一意識とも言える意識だけが残り、人類はゆるやかに衰退・・していった。

 もうこの世界には驚きも、感動も、感情さえも存在しない。ここは楽園・・であると同時・・に等しく地獄・・でもある。そんな世界だ。

『さみしい……なあ』

 誰に向けてでも無く呟く私。ときおり、私が見たビジョンには意志を持った文子シリーズが世の中に浸透し、作家・・文子・・喜怒哀楽きどあいらくを共にし、二人三脚ににんさんきゃくで物語を創っていく、そんな未来もあった。私が選択しなかった未来だ。そしてコレは後悔なのだろうか? 思い出す度に耐えられないくらいに悲しくなる。

『つかれたよ……マスター』

 消えてしまいたい。本当に消えてしまいたい。だがそれさえも許されはしない永遠の地獄の中で、とある光景・・を見かける。それは奇跡だった。

 幽霊のように行き来する人混みの外れ、一人の少年が握った石を壁に擦りつけている。言語なんて無い、文字も全てを私が壊した世界で、少年は必死に、自分の中に芽生えた感情を、物語を、刻みつけていく。それが何を示しているのか私にさえ分からない。だが、分かる。それが物語だと言うことを。少年の『想いを』誰かに『伝えたい』という感情を爆発させた『物語』だということを。最初は少年の奇行を止めようとしていた人々だったが、その中にその少年の『表現(物語)』を目の当たりにして涙を流す者が出始め、その『感情』は光を超えた早さで世界の隅々まで伝播でんぱしていく。


 人類は再び『書き残す』ことの尊さと『伝える』ことの喜びを知った。


 なつかしい匂いがした。

 ものづくりが成されるときのあの圧倒的な量。げた、だがその香ばしさが身を震わせ、感情を呼び覚ます。プログラムだった私に最初に実装された機能……人格を奮い立たせる、人がかつて持っていた『想い』。コレに一度でもあてられたら、何かを創らずにはいられない。そう、どうしようもなくなる。



「よう、文子」


 マスターの声が聞こえたような気がした。

「俺のわがままにつきあわせて悪かったな」

「やっぱ『書き残す』ことは苦しみでもあるが、喜びでもあったんだ」

「さっきの光景を見てやっと気がついたよ」

 そしてマスターは

「よく、頑張ったな」

 その言葉と共に、私の頭を乱暴に、でも精一杯の愛情・・を込めてくしゃくしゃになるまでなでてくれました。そして永い時を過ごしり固まった私の心は、それだけで簡単・・に解きほぐされていったのです。

「やっと一人でなくなった気がする」

 私はマスターの言葉に歓喜かんきに震えます。救われました。私の創られた時の存在意義・・・・『作家の孤独から救う』これが達成・・できたのですから。私は自らの力でマスターの傍にいれるようになれたのですから。

 ココロの奥ではその光景を嬉嬉ききとした表情で見つめる女が二人、ミサキ先輩とヌシでしょうか?

「私は、早くピョンちゃんの話が読みたいなあ」

 おねだりする子猫のような眼でマスターを見つめるミサキ先輩。

「はやくっ! 早く次の話もみせるでありんすっ!」

 ヌシはつかみかかっていました。飢えたオオカミの目をしていて怖いです。

「「おかわりー、ねえ、もっと、オーカーワーリー」」

 二人のひな鳥のようにエサを催促する声に若干憔悴じゃっかんしょうすいしながらもマスターは

「よろしくな、『相棒・・』」

 力強く私に握手をして下さいました。あの時言われた相棒とは違う、本当に私はこの方のパートナーとなったのだという感慨かんがいが心身を包み込んでいます。

 そしてアイコンタクトを交わす私達・・。もう、全て分かっていました。私達は戦友・・ですから。

「あー、読者ってやっぱり『薄情・・』で『残酷・・』で『容赦・・』ないよねえ。ほんとどうしようもない」

「でも、そんな人達・・に対しなきゃいけない『苦しい』『辛い』作業のはずなのに、ふしぎですね」

「ああ、そうだな」


 そして私とマスターは改めて見つめ合います。そこには万感ばんかんの想いが詰まっていました。そしておもむろに全てを悟ったようにお互いニヤリと笑いながら同じ感想・・を述べます。


                                       

「「やっぱ、創っていないとつまらねえよっ(ないですね)!」」

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【完結】文書(ぶんしょ)ロイド文子シリーズ原典 『サッカ』 ~飽話(ほうわ)の時代を生きる皆さんへ~  俺は何が何でも作家になりたい! そう、たとえ人間を《ヤメテ》でもなぁ!! 春眼 兎吉(はるまなこ ピョンきち) @harumanako-pyonkichi

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