第6話 好きな人(2)
心臓が跳ねる音を聞きながら私は家に帰ってベッドに横になった。
今日あったことを思い出す。まさか先生と先輩が兄弟だなんて。いまだ信じられない。
先生と話す先輩、先生と言い合う先輩をまぶたの中に写す。あれ?ㅤなんか先輩が中心だ。私のスコープは先輩に向いているみたい。
そういえば先輩の部屋に向かう時、先生と2人きりになったけど全然ドキドキしなかったな。
これって……うるさい胸に手を当てる。自覚して体温があがった。
鼓動の速さに戸惑いながらこれからどうしたらいいかと考える。先輩をまぶたの中に写すたび落ち着かない。
先輩に好きな人はいるのかな。どうしたら私を好きになってくれるのかな。どうしたら意識してもらえるんだろう。
先輩後輩という関係が胸を締めつけた。
今まで先生が好きだったから、きっとどこかで諦めてた。けど今は先輩。もしかしたら好きになってもらえるかもしれない、なんておこがましいけど、出来ることをやってみたい。
変わるんだ!ㅤ先輩の隣に入れるように!
そのために、まずは先輩ともっと仲良くなりたい、と思いながら明日の準備をする。先輩は学校に来れるのかな、体調良くなったかな……。連絡先くらい聞いておけば良かった、なんて思いながら先生と友達にあげるクッキーを鞄に詰めてファスナーを閉める。
そして明日先輩に元気な姿で会えるようにいつもより早く布団に入った。
朝、いつもより早く起きた。
頑張ろうと意気込んでいるからか、いつもよりメイクが濃くなってしまった。どこか力が抜けなくてやり直しても上手くいかない。結局、早く起きたのに家を出る時間はいつも通りだった。
学校に着いたら無意識に探してしまっていた。
まだ先輩が学校に来てるとは限らないのに。先輩の笑顔が、声がずっと脳裏をよぎる。自覚してから変だ。先輩が私の世界の中心で、先輩が見当たらないとつまらない。
……会いたい。そんな思いが私を動かした。気づいたら教室を飛び出していたのだ。行先は保健室。先生に聞けば先輩が学校にいるかわかる。それにクッキーも渡せるし一石二鳥だ。
こうして保健室の前に着くと、少しだけあがった息を整えてドアを開ける。
「いらっしゃい。どうしたの?」
と好きだった人に声をかけられた。そっか、もう先生に対してドキドキしないんだ。
「約束のクッキー届けに来ました」
先生がありがとう、と言いながら受け取る。そんな先生に1番聞きたいことを聞く。
「あの、今日って先輩は学校に来てますか?」
「来てるけどそこの布団で寝てるよ」
そうカーテンの向こうの布団を指さす。
「え! 体調良くなってないのに来たんですか?」
「無理すんなって言ったんだけどね、今日行かないと……って言って登校したんだよ。受けないといけない授業でもあったんじゃないかな?」
「そうなんですね。私は無理して欲しくないです!」
すると先生は私の表情を察したのか、こんな事を聞かれる。
「……ねぇ、あいつが好きなの?」
突然の事でそんなことないです、と否定しようとするも、先生の真っ直ぐな視線に嘘がつけなくて、首を縦に動かしながらはじめて言葉にした。
「好き、です」
言葉にしただけなのに心臓がうるさい。 そして頭の中で整理できなかった好きが溢れた。
先生が喋ろうとした時、シャーと音がした。紛れもないカーテンが動く音だ。音の方から先輩が出てきた。
「兄貴、俺教室戻るわ」
聞かれてた……?ㅤどうしよう……。それより何か言わなきゃ。
「先輩……、えと、体調大丈夫ですか?」
必死に言葉を探して最初に言葉にしたのはこれだった。
もちろん、今の聞いてましたか? と聞きたいけれど聞けない。一体、いつから起きてたんだろう。
「うん、大丈夫だよ。昨日はありがとうね」
そう、ニコッと笑った。
「じゃあもうすぐ授業始まるから教室戻れよ」
先生がそう言って私に手招きをする。耳元で「ごめんね」と謝られた。
「いえ、いずれ伝えるので」
と私は言い、そのまま保健室から立ち去った。
それからの授業は集中できなくて、さっきのことが先輩に聞かれていたか不安で……。そんな心のモヤモヤに私は必死に食らいついていた。
どうやって先輩と顔を合わせばいいんだろう。どうやってこの気持ちを伝えたらいいんだろう。
まとまらない歪な感情が私の中で混じる。 ただ1つの真っ直ぐな“好き”以外の――。
輝魅 雨宮 苺香 @ichika__ama
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