細氷
永黎 星雫々
ダイヤモンドダスト
×
疎ましき塵が部屋いっぱいに舞い込んだ。カーテンに閉じ込めた空気から吐き出されるようにして、空間を占めた。鬱陶しい。そのくせ、ダイヤモンドを砕いて散りばめたみたいに煌めく。その辺の安っぽい宝石よりは確実に明媚だった。
規則正しく羅列されたスマホのキーボードを慣れた手つきでフリック操作する。
おはようも、おやすみも、はじめましてもさよならも。区切りを強いるそれが嫌いだ。はじめることはやがて終わりを意味し、終わることは始まってしまうことを意味する。その繰り返し。持続可能なエネルギーみたいに、ぐるぐる、と。
そのくせ否応は明確で、静かに拒絶する。二度とそこへは戻らない。人は、記憶を精緻なフォルダに分類し、時々引っ張り出す。掃除し忘れたゴミ箱から、ふと。それは明日か10年後、もしくは100年後。
「あ、転調した。」
例えば同じ五線譜のうえにご丁寧にノせられている黒い玉が、ほんの少しのきっかけで転調し、みせる顔を変えるように。ナチュラルの記号には気づかないフリをすれば、規則から逸脱していると問い質されるだろうか。
転調した後の曲調の方が好きだったような気になれる。始まりの音に興味を持ったくせに。そういうふうに出来てるから。
「今のC、ズレてる」
「普通にドって言えよ」
「それだと私にはファなの」
昏い部屋と、月なんて美しい表現をするにも疑問符が打たれるような、外の街灯から漏れた光。
夏の夜の擽ったい匂いはどうも好きになれない。だけど胸の奥を疼かせるのだから、厄介だ。せめて他人行儀にさせてくれよ。
「おやすみ」
いつだったか、仰向けでいれば溢れる雫は逆流して、また瞳へと戻るのだと馬鹿な仮説を立てた者がいた。バカだと思った。こんなレベルには成り下がりたくないと、一瞥して自転車のペダルを強く漕いだ。そのくせに、今私は、頑なに上を向いて震える瞼を無理やり閉じている。枕を浸す湿度と、夏の匂いは似ている。
×
細氷 永黎 星雫々 @hoshinoshizuku
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