デスゲーム・スタンピード! 〜魔王主催の『夢』を叶えるデスゲームは、なぜか評判がよろしくないようです〜

稲荷竜

デスゲーム・スタンピード!

 デスゲーム好きの魔王が現れてからというもの、すっかり都市部から人が消えてしまった。


 人々はデスゲーム好きの魔王に見つからないように地方に散って過ごしている。


 この人々が都市部から散った一連の動きは、今日こんにちにおいて『デスゲーム・スタンピード』と呼ばれている。


 デスゲーム・スタンピードによって人類はデスゲーム好き魔王から逃れきれたかと言えばそんなこともなく、潜んでいるところをモンスターに見つかってデスゲームに連れ込まれたりする。


 たとえば、とある村落。


 ここにいるのはともにデスゲーム・スタンピードから逃げ延びた七人の男女であった。

 男女比は五対二で男性多め。


 先週までは女性がもう一人いたが、モンスターと遭遇した際にをつとめてから、その行方はわかっていない。


 しかし、逃げ延びた七人がデスゲーム好き魔王に連れ去られたことにより、その行方も判明した。――モンスターを全滅できず、捕えられたか、殺されたのだ。


 モンスターは人類を発見するとデスゲーム好き魔王に報告する。

 だから人類はモンスターに発見されないのを最上とし、もしも発見されたならば、モンスターたちが魔王に連絡をとる前に皆殺しにしなければならないのだった。


 さて、捕えられた七人は真っ暗な部屋で目を覚ました。


 全員が目を覚ましたタイミングで魔導映像投影装置が光を発し、中空に映像が浮かび上がった。


「みなさんにはこれから、知力と体力を尽くして生き残っていただきます」


 男とも女ともつかぬ声。

 影になって見えない顔。

 しかし頭の左右とおぼしき位置から生えた、ねじくれた角がその存在の正体を明らかにする。


 魔王だ。

 デスゲームをこよなく愛する魔王だ。


「ルールは簡単です」映像の中の魔王が言葉を続ける。「あなたたちは現在、ダンジョンの最奥部にいます。そこから、外を目指してください。外に出た者がクリアです。それ以外のルールはありません」


 集められた男女七人は、映像を見て固まっていた。

 まだ現実を受け入れられない者、混乱から立ち直れない者……さまざまな感情が彼ら彼女らの内側ではうずまいているようだった。


 デスゲーム好き魔王が続ける。


「そしてこれは朗報なのですが、みなさんは死にません」


 デスゲームの定義が壊れる。


 みんなで困惑していると、魔王はパチンと指をならした。

 すると、魔王のもとに誰かが現れる。

 そいつは……


「ミア⁉︎」


 集められた七人のうち、年長の女が叫んだ。


 そう、映像の中に現れたのはモンスターとの戦いで死んだであろう仲間だった。


 ただし、様子がおかしい。


 ミアというのは、先のモンスター遭遇においてをつとめた人物だ。

 筋骨隆々で大柄な女性だ。

 浅黒い肌に赤茶色のボサボサ髪が特徴的だ。


 度胸もすわっていて、その様子から仲間の中では主導的立ち位置にあった。

 男女問わずミアのことは『格好いいやつ』と慕っていたし、ミアもその評価を下げるような行動は決してしなかった。


 そのミアが、変わり果てた姿で映像の中にいる。


 ――かわいい服を着せられていた。


 フリルとレースをふんだんにあしらったワンピース。

 スカートはふんわりとふくらみ、胸にも袖にもたくさんのリボンがついている。

 色合いは目が痛くなるようなピンクで、手にはゴテゴテの装飾をした短杖ステッキを持たされている。


 ボサボサだった赤茶けた髪は綺麗に梳かされてツーサイドアップにまとめられていた。

 目には魔術によるものか、星が浮かんでいる。


 ミアは顔を真っ赤にしてぶるぶる震え、目の端には涙を浮かべていた。


 そのミアを横にいさせたまま、魔王が口を開く。


「デスゲームの結果、みなさんは死んでも、死にません。殺してしまうと人口が一週間ぐらいでゼロになってしまうのでね。蘇生魔法がダンジョンにはかかっています。ただし、死ぬと脱落ということで、罰ゲームを受けてもらいます。罰ゲームは、『夢を叶えること』です」


 招かれた七人に一段深い困惑が広がる。


 夢を叶える?


 ミアの屈辱に唇を噛み締め、顔を真っ赤にして、ステッキを握りつぶさんばかりに握りしめ、ぶるぶる震えるその姿は、どう見ても夢を叶えた人のそれではないのだが……


 魔王は困惑をひとしきり楽しんだあと、鷹揚おうようにうなずいて、


「ミアさん。あなたの叶えた夢は、なんでしたか?」


 ミアがビクッとする。


 しばらく沈黙があったが、魔王が再び「ミアさん」と呼びかけると、ミアは涙目でぶるぶる震えながら、口を開く。


「わ、わたし、魔法少女レイダー☆ミア! みんなの笑顔を守る、精霊さまの使いだよ☆」


 困惑はまだまだ底が見えない。


 この様子について、魔王が解説する。


「彼女はかつて、魔法少女に憧れていました。精霊さまの使いとして、悪い人をこらしめ、みんなに感謝される……かわいい服を着て、そして強い力を奮う。そんな、魔法少女に……」


「……おい、やめろ、解説するな」


「ところが小さいころから背が高く力が強かった彼女は、『魔法少女らしいこと』をしても、『姉御』とか、あまつさえ時には『兄貴』とか慕われてしまいました。そう、彼女はガキ大将になれても、魔法少女にはなれなかったのです」


「やめろって」


「いつしかかわいい服をあきらめ、魔法をあきらめ、彼女は頼れる大剣使いになりました。しかし……それでも、彼女の根底には魔法少女への憧れがあったのです」


「やめろ」


「毎日、決め台詞と決めポーズをこっそり考え続けました。大人になっても、毎日です」


「やめろ!」


「時には勇気を出して、モンスター討伐後などに『わたしの考えた最強にかわいいポーズ』をみんなの前で決めてみることもあったのです。けれど、彼女の中では『きゃるん☆』という効果音を鳴らしたつもりでも、周囲のものからは『ビシィ!』という感じにしか見えず、彼女はいつも『魔法少女ポーズだと思われなくてよかった』と『気付いてもらえなくて寂しい』という気持ちのあいだで苦しんできました」


「やめろ! やめろよ!」


「よかったですね。かわいくなれて」


「もう殺せ! あたしを殺せええええええ!」


「好きなんでしょう? そういう、かわいい格好が。願いを叶えてあげましたよ」


「うわあああああ! 殺せええええ!」


「さて」


 魔王がパンと手を叩くと、叫んでいたミアがどこかに消え去る。

 転移魔法だろう。……魔王が『理論上は存在する』というだけの伝説級レジェンダリー魔法マジックを扱うという噂は、真実だったようだ。


 魔王は、自分に注がれる視線をたっぷり楽しむようにしてから、


「死ねば、みなさんの夢を叶えて差し上げますよ」


 と、述べた。


 事態の把握に時間がかかっていた男女七名は、その瞬間に理解した。


 ――殺される。


 もしもこの迷宮からの脱出に失敗すれば……


 小さいころの恥ずかしい夢を掘り起こされ、晒し者にされ、殺される。

 心が、殺される。


「みなさんの夢について、こちらでは、ある程度把握しています。……いえね、最初は『デスゲームを一番にクリアした人だけ、夢を叶えることができる』というルールにしていたのですが、何度か繰り返すうちに、『夢を叶えたくなかったら脱出しろ』と言った方がみなさんが必死になると理解しまして。それで、こんな形式に」


 魔王は困惑していた。


 気を取り直すように咳払いをして、


「では、みなさんの必死な奮闘を期待します。――夢を叶える用意は万全にしているので、そちらもお楽しみに。ゲームスタート」


 デスゲームが始まった。


 最初のうちは全員で協力してダンジョン脱出に挑んでいたのだけれど、このダンジョンの難易度がすさまじいレベルで適切なせいで、途中で『誰かを見捨てれば助かる』という状況がたびたび発生した。


 最初、犠牲になったのはメンバーで一番の年長者であるダッドだ。

 彼は他のメンバーより二十歳ほど年嵩としかさがあって、メンバーの中では相談役ポジションだった。


 兄のように、あるいは父のように慕われていた彼は、


「なぁに。この年齢になるとな、昔の夢なんざ掘り返されたって大した痛手じゃねぇのさ。俺はいい。……くれぐれも仲間割れすることなく、脱出しろよ」


 そう述べて、その身を犠牲にした。

 彼と別れてしばらくして……


『では、ダッドさんの夢を叶えて差し上げましょう』


 ダンジョン全体にそんな声が響き渡り、次いで、男性の歌声が流れ始めた。


 君のハートに火をつける♪


 俺の心はバーニング♪


 愛すべき運命の人よ♪


 どうか俺と永遠の愛を♪


 ウォウイエェー♪ フゥーウウウー(高音)♪


『やめろおおおお! 俺が若いころに彼女に贈った歌を流すなあああ!』


 チープな歌詞と調子っぱずれな旋律に笑いかけていた生き残りたちは、不意に真顔になった。


 あまりに恐ろしいことが起こっている――

 その悪寒が背筋を駆け抜けて脳髄を冷やすのだ。


 さらに、寒気には、ダッドと魔王の会話が拍車をかけた。


『三十年前だぞ⁉︎ 三十年前の俺の音声なんかどうやって用意したんだ⁉︎』


『記憶魔法――私が扱う伝説級レジェンダリー魔法マジックの一種ですよ。これでみなさんの記憶にあるものは、自由に再現できます。あなたは吟遊詩人になりたかったのでしょう? 最近の歌がなかったので、昔の歌で申し訳ないですが、流しておきましたよ』


『殺せええええ! いっそ殺してくれえええ!』


 ――戦慄する。


 幼いころ、魔法学校の先生を『お母さん』と呼んでしまった記憶――

 自分には前世があって、その前世では世界を救っていて、その力が今の体にも眠っているのだという設定――

 剣を始めたてのころに考えた、必殺技の名前――


 年齢を三つ低く名乗って出向いた恋愛社交界合コンで年下とのあいだに発生したジェネレーションギャップ。明らかに気をつかった笑い――

 ある分野に取り掛かったばかりのころにわいてきたむやみな自信のせいでしてしまった、『その分野の先達に誤った知識をひけらかしたことにあとで気付く』という失態――

 異性の友人から持ちかけられた恋愛相談の時に『こいつ、俺のことが好きで遠回しに告白してるんだな』と確信してしまい、そのことを告げたら困惑した目で『え? 全然違いますけど……』と言われた記憶――


 そういったものがすべて、魔王の手の内にある。


 あまりにも、おぞましい、恐怖。

 かつてないほど名状し難い、恐怖。


 そこからは、足の引っ張り合いだった。


 誰かが脱落すれば、そのぶん自分がゴールに近付けるという状況ばかりではなかった。

 みんなゴールを目指していて、ゴールには人数制限なんかない。

 でも、みんな、足を引っ張った。


『脱出がもし失敗しても、自分の恥ずかしい記憶が発表されるのは、最後にしたい』


 全員がそう思っていた。

 ダンジョン内でBGM代わりに流され続けるダッドの歌声と『魔法少女レイダー☆ミア』のポーズ映像、そしてその後に落ちた人たちそれぞれの恥ずかしい記憶の朗読であったり再現であったり……

 そういうものが、『なんとしても自分の番が回ってくるなら一番最後にしたい』という気持ちを沸き起こらせたのだ。


 ダンジョン内は恥辱と夢と絶望と、諦念と憤怒でめちゃめちゃだった。


 昔やった失敗は、再現されている側だけではなく、聞かされ、見せられている方の精神も蝕んだ。


 キツい。


 人には誰しも多面性がある。

 見えている部分がすべてじゃない。


 格好いい人のかわいい面とか、完璧なやつの抜けてる面とか、かわいいやつの計算高い面とか、そういうのがあったっていい。みんな、そのぐらいは許容する。


 でも、これは、あまりにも……キツい。


 頭がおかしくなりそうになりながら、生き残りは脱出を目指した。


 一人、また一人と脱落していく。


 かえりみる余裕はなかった。気付けば最後の一人になっていた。


 脱出口が見えた。途中なにがあったか思い出せない。仲間を見捨てた。陥れた。でも、これでもう終わるのだと思うと、力の抜けかけた足に最後の力がこもった。


 映像と音声が脳を侵す。


 粘度の高い沼にでもいるように足が重い。


 それでも、最後に生き残った彼は、脱出を完了した。


「ああ、外だ……外だ……! やった、やったぞ……!」


 膝をついて、拳を掲げて、天を仰ぎ見る。

 目の端からは安堵と達成感の涙がこぼれた。

 こらえきれない笑みが口の端にはりついていた。


「おめでとうございます」


 目の前に魔王の映像が浮かび上がり、その中ですべての元凶は拍手をする。


「あなたは無事、このデスゲームを突破しました。もし望むのであれば、あなたの夢も叶えて差し上げますが?」


「いらないいらないいらないいらないいらないいらない!!!」


「そうですか。では、脱出した人が出ましたので、みなさんを解放しましょう」


「え?」


「いや、え?」


「……解放するんですか?」


「それはまあ、生きてまたデスゲームに挑んでいただきたいので、解放しますけど」


「……」


 生き残った男は、考えた。


 デスゲームで『夢』を叶えさせられた仲間たち。

 その仲間たちを見捨てて……時には積極的に犠牲にして脱出した自分。


 仲間たちの羞恥する姿はたっぷり見せられたけれど、こちらはなにもさらしていない。


 それを。

 仲間たちが許すか?


「では、解放」


 魔王は述べる。


 待って、と言いたかった。


 けれど、遅かった。


 魔王の映像は消えて、同時に、男の肩が背後からつかまれる。


 男は首をひねって後ろを見る。

 そこには、魔法少女デビューやら歌手デビューやらをさせられた仲間たち。


「……た、大変な目に遭ったな!」


 男は言う。

 仲間たちはうなずいて、


「じゃあ、お前の夢も聞かせてもらおうか」


 男は、覚悟するしかなかった。


 ここからが本当の、デスゲームの始まりだった。

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