掌編小説・『こども』

夢美瑠瑠

掌編小説・『こども』

(これは2019年の「こどもの日」にアメブロに投稿したものです)




        掌編小説・『こども』



 その時の年齢のままにそれ以上年を取らない、そういう薬が開発されて、誰もが自分の理想の年齢のままにお望みなら永久にでも生きられるという、そういう世の中になった。加齢という現象を研究した結果、要するにそれは細胞分裂の際の遺伝子の伝達エラーの結果ということが、判明して、そうした伝達エラーを惹起する要因を完全に排除することを目的とした、遺伝子工学の先進的な研究の結果として、「老化防止薬」<フケナイン>が開発されて、万人の共通の究極的な福音になりえたわけである。

 「私は青春真っただ中の16歳でいつまでもいたいわ。<フケナイン>、今日から飲み続けようっと。」

 「私はしっとり落ち着いた中年女性がいいから…まだ飲まないの」

 「ぼくは小学生でいたいなあ。子供なら働かなくていいし…」

 18歳以下のこどもには親の同意が必要だったものの、<フケナイン>のおかげで老人問題は解決した。いくらなんでもよぼよぼの老人になりたい、などという変な人はいなかったからだ。そうして少しづつ若返っていける薬の開発も間近いというもっぱらの噂だった。社会は若々しい笑い声が響く活気のあるムードになり、人類の明日は明るい日と思われだした…。

 こういうトレンドは技術革新の累積による自然発生的なものだったろうか? 

 いやそうではない。

 J…N国・国家先端薬品開発省、のジョフク開発部COOが仕掛け人だったのだ。彼は超天才ばかりを集めた“チーム<HORAI>”を陣頭指揮して、こうした人類にとっての夢のような薬品を次々と開発していて、今や人類の歴史自体を塗り替えつつある「人類へのエヴァンゲリオニスト」と言われている傑出した人物だった。

 その、彼がリーダーであるところの「特殊最先端薬品開発担当局」は、結成されてまだ数年だが、既に最先端の遺伝子工学やバイオテクノロジーの知見を縦横に駆使して、がんの治療薬、全ての難病の治療薬、身体の欠損した部位の再形成を促す薬、不定愁訴や虚弱体質を完全に改善する薬、EDや無精子症の治療薬などを次々に開発していて、そうした様々な劇的な発明の事例には、枚挙に遑がなかった。

 今や人類はこうした、夢想でしかなかった「神秘の霊薬」の数々の現実への降臨により、「生、老、病、死」の桎梏から解放されて、自由になりつつあって、そうした新時代の到来もひとえにジョフク氏の奇跡的な手腕の賜物なのだった。

 ジョフクCOOは元来有能な科学者で、理想主義者で、楽観主義者で、ただただ前向きないい結果だけをいつも根底から信じて行動している純真な子供のような男だった。その類いまれな個性が、天才集団のチーム全体にESP的に感応横溢した結果、部局全体に高度な知性とクリエイティビティを刺戟してやまない独特の空気が醸成されたのだ。そうしてそのことが一種の偶発的、奇跡的な素晴らしい成果を矢継ぎ早にもたらしたのである。こういう椿事を、盲亀の浮木、とでもいうのかもしれない。とにかくまあ空前絶後ではあるかもしれない。…


  ジョフク氏は、中華系の日本人で、先祖は、秦の始皇帝の命を受けて、はるばると、「不老不死の霊薬」があるという「蓬莱国」を探訪するべく、日本にまでわたってきた、徐福という中国人だった。

 子孫が先祖の念願を時を超えて実現したという、丁度そういう格好だった。


 …その日も9時から5時まで働いて、ジョフク氏は郊外の閑静な住宅地にある、マイホームに帰宅した。

 今日の成果は、アイキューが200以上ある、部下のライプ・ニッツという男が、緑内障の患者の遺伝子を組み替えて、破損した角膜や網膜を再生する作用のある画期的な薬品を発明していたのが、クロレラによる培養で、その汎用化に目途がついたことだった。


 「ママ、ただいま~」

 ジョフク氏はこどものような鼻に抜ける甘えた声を出した。

(ずっこけてくださいw)

 「ぼくちゃん、お帰りなさい。今日も一日ご苦労様。ほうら」

 半裸エプロンのGカップの美女の細君が片方の乳房をまろびださせて、差し出した。

 「ごちそうさまーうぐうぐうぐ」

 ジョフク氏は乳房を口一杯に含んで随喜の涙を流した。

 「ママあ、おいしいよ。やっぱりママのおっぱいが一番だ」

 「いいのよ、もっとしゃぶっていいのよ」

 「うん!うぐうぐうぐ…」

… …

 「今日のご飯は何?」

 「オムライスとハンバーグよ。好きでしょ?」

 「美味しいなあ。やっぱりママのご飯は最高だあ」

…食事がすんだあと、ふたりは入浴した。

 「ママ、ママはほんとにきれいだね。僕はいつか子供に戻れる薬を作って、ほんとのママの子供になるよ。」

 「ボクちゃん、頑張ってね」

 酒に酔ったジョフク氏はメロンのような細君の両方の乳房を揉みしだいて、顔を埋めて、乳首をチューチュー吸って、存分に幼児期に退行した。

 細君も母性本能を刺激されて興奮してジョフク氏を抱き締め、いつしかふたりは

欲望の赴くままに求めあった挙句、身も心もとろけあう、究極の合一形となって、素晴らしい官能的な快感にしびれ合うのだった…

 天才中の天才・ジョフク氏の底抜けのポジティヴさの裏には、こういう細君との秘密の愛の睦(むつみ)ごとの生活が隠されていたのだった。

… …

 翌日の朝、マザコンの欲望を極限まで堪能してリフレッシュしたジョフクCOOは、パリッとスーツを着こなして、職場へと出勤した。

 「ライプ・ニッツ君、例の報告書はもう完成しているかね?」

 その顔は精気に満ち溢れていて、「人類を救済するエヴァンゲリオニスト」としての使命感がしっかりと刻まれている、完全な成熟した大人の男性の顔であった。



<終>

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