さらば村人、さらばこの世界
長い議論の末、政府はシューマを元の世界に戻す決断をし、そのための装置が建造された。
半年ぶりに外に出たシューマは、東京湾に浮かぶ無人の埋め立て地に連れていかれた。
いざという事態に備えて、自衛隊の一個師団が展開し、戦車や迫撃砲を並べていた。その内側では大勢のマスコミがカメラを並べシューマを待ち構えている。国民の安心のため、恐るべき殺戮者がこの世界から去る様子を見せる必要があるからだ。
カメラの前では科学者が異世界転移理論を解説していた。
「――古くは神隠しと呼ばれましたが、消えてしまった人たちは異世界に転移していたのです。共通項はトラックです。トラックに当てられ、気が付くと異世界にいた、と。つまり、トラックのように大きな質量を瞬間的に衝突させることで、空間にゆらぎが生じ、異世界につながる扉が開くのです。国際リニアコライダーの実験結果からも明らかです」
まっすぐなレールが1kmほど敷かれ、両端にトラックに似た車両が置いてある。この2台をぶつけ、異世界への扉を開こうというのだ。
お偉いさんの挨拶やセレモニーのようなものがあって、ようやく装置のスイッチが入れられた。
超電磁加速器のコイルがオレンジ色に輝き出した。空気を揺さぶるブンブンという音が高まっていく。全身の皮膚が泡立つくらいになると、ストッパーが外れ、2台がシューマの目の前でぶち当たった。
速度は光速の2%。時間にしてわずか0・0001秒のことだ。
車両はぐしゃりとつぶれて、ひとつの塊になりながら、さらにお互いを押しつけ合う。そこに緑色の点が現れ、みるみるうちに広がっていった。
異世界へのゲートが開いたのだ。
「おおーーー!」
列島が歓声に包まれた。
危険な異世界人が元の世界に帰る、人類の脅威は去る。全国民が安堵した。
だが――ここで、だれひとりとして想像していなかったことが起きた。大きく広がった光の中に、3つの人影が現れたのだ。
「おい、これ、もしかしたら」
「戻ってこれたの?」
「マジかよウィッスー!」
「ゲートブリッジがあるぞ!?」
「こっちにはスカイツリーよ!」
「アイラブTOKYO! ウエーイ!!」
3人は光の中から踏み出し、ハイタッチをした。
「でも、なんだか、変じゃない? なんで、こんなに人がいるの?」
「オレたちの出迎えじゃね?」
「帰ってきても、スキルは使えるのかしら?」
「さあ、どうだろ?」
「簡単ウィッス、試せばいいッス~!」
B策が手を伸ばすと、マイクを持ったレポーターが炎に包まれた。
「お! イケんじゃね? オレもやってみるか。その前に教えてほしいんだけどさ、金メダルはいくつ取ったんだ? ほら、オリンピックだよ。やったんだろ? なんで答えないんだ!?」
瑛太は大剣を抜き、軽く振った。30人ほどが風圧で切断され、上半身を地面に落とした。
「バッチじゃん!」
「なんか隠してねえか、こいつら?」
「マスコミが来てんなら、ちょうどウィッス。宣言しちまウィッスよ~」
「よし。愚民ども! この世界はオレたちが支配する。逆らったらどうなるか、今、見ただろ? 見てない? じゃあ、特別サービスだ。おい、カメラマン、あっち映せ」
カメラマンは瑛太が指さした方にカメラを向けた。
瑛太は、集中力を高めてから、大剣を振るった。
「
ダークエネルギーが放たれ、湾岸エリアに林立するマンション群が上下に斬り分けられた。夜空をきしませながら、上部がズレ落ちていく。
「万有引力を否定!」
「燃えちゃウィッス!」
椎菜が引力の公理を消し去ると、切断された部分が虚空に浮かんだ。それが炎に包まれ、東京の空に地獄の
目立ちたがり屋のレポーターが噛みつく。
「住んでる人たちはどうなったんですか!? なにをやったかわかってるんですか! どれだけの犠牲が――」
「ボッシュート。テレッテレッテレ~、ウィ~」
B策が指を鳴らすと、レポーターが蒸発した。彼女が存在した痕跡は、わずかに舞う灰だけだった。
「そんなこと気にしなくていいのに。100万人死んだところで、この国はなくなりはしないんだからさ」
「さあ、人類よ! 新たな王の前にひざまずけ!!」
自衛隊は短い警告の後、あらゆる角度から無数の砲弾を浴びせかけた。テンイシャたちにどれほどの能力があろうとも、わずか3人だ。手数で圧倒すれば勝てるはずだ。
だが、鋼鉄の豪雨も無力だった。
「運動の第3法則を否定。ついでに、慣性力は消滅ね」
すべての砲弾は進むことをやめて、その場に落下した。取材陣の間で炸裂し、肉片をまき散らした。
「お仕置きするィッスよ!」
B策は戦車や自走砲の砲身を熱で曲げた。隊員たちの持つ銃も飴細工のように銃身をだらりとさせた。
「見たか、圧倒的な力の差を! オレたちを殺したければ、地球を粉々にするしかないぞ!!」
瑛太は高笑いを響かせた。
「瑛太
「もちろん、オレさ」
「勝手に決めウィッスよ!」
「ふん。オレの方が器だよ」
「殺した数はオレが
瑛太とB策は今にもつかみ合いを始めそうだった。
「ちょっと、ケンカしてる場合じゃないでしょ。仲良くやんなよ」
「そうだな……。よし、じゃあ、こうしよう。オレは北半球をもらう。おまえは南半球でどうだ?」
「待ってよ、わたしの分はどうなるのよ?」
「女に務まるわけないだろ」
「なによ、それ? あんたたちにはさんざんガマンしてきたけど、もう限界。だれが一番強いか教えてあげるわよ」
「やるってのか?」
「そうよ。生き残ったひとりが世界を支配すればいいわ」
3人は距離を取って身構えた。
こんなヤツらが本気で戦えば、世界は無事ではすまない――だれもが不安に襲われた。
その時、つぶやきが聞こえた。
「死ね」
テンイシャたちは倒れた。
糸の切れたマリオネットのように、四肢をだらしなく弛緩させ、二度と立ち上がることはなかった。息絶えたのだ。
見ていた人たちはシューマが特殊能力を使ったのだと気づき、喝采を送った。
「さあ、ゲートは長くもたないぞ」
科学者が言った。
シューマは瑛太の首からエリカがしていたネックレスを引きちぎった。
「ひとりで帰るのね……?」
「いろいろとありがとう」
上着のポケットに入っていた本をまさみに返した。
「わたしも連れていって」
シューマは悲しそうな顔で首を横に振った。
そして、小さな光へと足を進めた。ゲートは間もなく消えてしまうだろう。
まさみはシューマの背中を見送った。
だが、思い直して、走り出し、光に飛びこんだ。
ゲートは閉じた。
ふたりが去ったあとには、マンガが何冊か残されていた。
(了)
村人が街にやってきた ~ただの村人がこちらの世界に転移したら40万人死にましたけど、止められるヤツはいませんか? 荒野荒野 @Areno
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