幻惑
星雫々
視覚
×
小さなシカクを口内に放り投げ、ガリガリと噛み潰す。破片がまとわりつくのが気に障る。ご丁寧にペアにされたそれは磨りガラスを思わせ、張り巡らせた脳内を糖漬けに侵食していった。
手を掛けたサッシは誰も掃除なんかしないせいで、埃が目立つ。そんなことを思って指を滑らせる自分が、有名な継母の行動と類似して気味悪い。嫌悪感を払拭するように、またガリガリ噛んだ。
冷たい風が危うく手を引くみたいに誘ったのを合図に上げた視線は、バグ。
無駄に光が散る景色を、イルミネーションみたいだといつか誰かが言っていた。だから、ふらりと居残った。この目で見てやろうと思った。誰かの言葉が私を逡巡する蟠りと合致するのかを。だけど、それがなんとなくの今日でなければ、こんな感情が疼くこともなかったろうに。
「ホタルみたいだな」
「…何が?」
「この景色だよ。知らねえの?一面光るんだよ、恵比寿みたいだろ」
「でも虫じゃん」
「あいつは他と違う」
「元カノかよ」
ひらりと手を振る背中を茫然と眺めつつ、外界からの風を遮断した。危うくカーテンを挟んでしまい、無理やり引っ張ったら嚔がひとつ邪魔をした。半径1メートルの距離から投げられた塊を咄嗟にキャッチしてしまったことを悔やむ。包みを雑に開け、蛍光灯に透かせたシカクは歪で醜い。
肩にくい込むフェイクレザーのスクールバッグを持ち直す。思いのほかこもってしまった力のせいで勢いよく閉まったドアに踵を返せば、シンとした空虚な闇の方へと駆けるしかなかった。
秋宵を悲観した芳しき風を鼻先に受けながら、履き慣れたローファーのつま先を二つ地面に鳴らし凝り固まった首を回す。朧の月はいつしか雲がかかり、街灯などちっとも見えなかった。下る坂道の先に見えた二つの黒は、二度と混じり得ぬと悟った。アルペジオがぽろぽろ零す、粒みたいに。
濃紺にじわりじわり浮かぶ黒は、いつか眠り見た闇夜の海底より遠いのだ。
×
幻惑 星雫々 @hoshinoshizuku
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