プリンの行方

弱腰ペンギン

プリンの行方

「今から、裁判を開廷します」

 朝起きると、リビングの椅子に縛られていた。

 妹が何やら黒いコートを着て俺の目の前に座っている。

「被告、お兄ちゃんが冷蔵庫に入ってた私のプリンを食べたという罪で、有罪。以上」

 めっちゃくだらない理由だった。

「以上じゃねえよ。なんで有罪なんだよ。それに俺じゃねえし」

「ほう。私のプリンを食べた人間を知ってると。ギルティですね」

 何のアニメを見たんだこの妹は。

「さぁ、白状するのです」

「俺は、俺がやってないってことしか知らないし、そもそも学校遅刻するからほどいて欲しいんですけど。お前も中学に遅刻するぞ」

「私はすでに中学の勉強を終えておりますので、行きません」

 っく、天才め。飛び級すりゃぁ良いだろうに『そしたらそっちで勉強しなきゃいけないじゃないですか。めんどくさい』だと。っく、めんどくさい!

「さぁ、吐いてください。私のプリンを」

「吐けるか。そんで吐いた奴どうするんだ、食うのか」

「食うのです」

「やめなさい」

 高校生で思春期の兄の吐しゃ物を食べようとするな、サイコ妹め。

「じゃあ、私のプリンを食べたの誰ですか」

「俺ではない」

「パパですか?」

「知らんて」

「パパは今、忙しいって言ってたからプリンは食べられないそうです」

「そっか」

「ママも忙しいって言ってました。パパの部屋にいました」

「そっか」

「私もパパの部屋に行って手伝ったほうがいいですかね?」

「知らねえよ。そしてパパの部屋にはいくな。絶対だ」

「でも、すごく大変そうでしたよ。息を切らしてましたし」

「だからやめなさい。そして良い子だから兄の縄をほどいて学校に行こうか」

「そうですか。じゃあ、とりあえず私のプリンを吐いてもらっていいですか?」

「だから食ってねぇっての!」

 妹がサイコ!

 っく。どうしたらいい。この窮地を脱するには……プリンのありかを見つければいいんじゃね?

「なぁ、プリンってどこに入れてたんだ?」

「はぁ? 冷蔵庫に決まってるじゃないですか」

「……もう一度探してみないか?」

「さっき探しました。無かったです。お兄ちゃんがギルティです」

「だからすぐ兄をギルティ扱いするのやめなさいって! 泣くよ!」

「泣き顔も、好きですよ?」

「怖い怖い! とにかくもう一度探してみて!」

「無駄です。効率の観点から言っても無駄です。だから無駄です」

「語彙力どこ行った。じゃあ聞くが、プリンの容器は見つかったのか?」

「……っは!」

「気づいたか。そうだ、プリンの容器が無いってことはまだ——」

「お兄ちゃん……ついにプラスチックも食べられるように?」

「ならねえよ。人間だもの。良いから冷蔵庫漁れっつってんの」

「仕方ないですね。何も出てこないと思いますが、あとでお仕置きとして腸詰を作りますからね。お兄ちゃんので」

「やめなさい。そういう怖いこと言うのは」

 妹が冷蔵庫を開けて中身を確認している。だが、ろくに調べもせずにドアを閉めると。

「無かったですねー。じゃあ腸詰しますか」

「おい待てコラ。ちゃんと調べてねえだろう」

「調べましたなかったですさようなら?」

「お前ホントなんのアニメ見たんだ。おいやめろ。今からヤカンは遅い」

「なんの話ですか? 腸詰作るのにお湯が必要なんですが」

「本格的にヤバイ奴! いいからちゃんと調べろって。奥じゃない、上の方だ!」

「仕方ないですね。それでは今度のペナルティはテストで100点取れるまで眠れませんでもしましょうかね」

「微妙に重いのかやさしいのかわからないペナルティをどうも。腸詰よりはましだ」

 妹が冷蔵庫を開けるが、上の方はちょっとだけ背が足りずに届かない。そこで兄ごと椅子を倒すと、冷蔵庫の前まで移動させ、立たせた。

「妹さん。そこはデリケートなところなんで、足で狙いをつけないでくれますか?」

「お兄ちゃん。身をよじってターゲットをずらさないでくれます? 乗れません」

「そこは乗らないでくれるかな! お兄ちゃんサヨナラしちゃうから!」

「ッチ」

 舌打ちをされました。えぇ、強烈な奴です。悲しい。仕方ないなと太ももの上に足を置こうとしたのだが。

「……揺れますね」

「筋肉、ですので」

 人間の体って水分と筋肉と脂肪なんですよね。まぁ、揺れるんですよね。プルプルするんだよね。

「仕方ないですね」

 そう言って妹が太ももの間に足を入れました。ダンって音がして息子がヒュッってなりました。怖かったです。

「あ」

 どうやら見つけたようだ。

 俺はいつも妹が大事なものを隠すとき、上の方に入れるのを知っている。

 癖なんだろうな。自分の身長では届かないところに入れるもんだから、見つからなくて俺に八つ当たりする。

 まぁ、それに慣れるとこう、予想はつくんだ。

 昔と違って身長も伸びたし、大抵のところに手が届くようになっているから、こういうことは少なくなってきたけどな。

 それでもこういうことはある。週一で。

「ほらな。俺じゃなかっただろ?」

「えぇ。そうですね」

 妹はそういうと冷蔵庫の扉を閉めようとしている。まって、俺がいるの。そのままだと挟まれるの。

「お兄ちゃん、わざと隠しましたね?」

「してないねぇ」

「じゃあなんで上にあるって知ってたんですか?」

「妹よ。何年の付き合いだと思っているんだ」

「お兄ちゃんと付き合った記憶はありませんが?」

「そういうことじゃないんだ」

「まさか、私が寝ている間にそういう……不潔!」

「なんのことだ。そういうことじゃない。家族としてだな」

「なら、お兄ちゃんもわかりますよね」

「……うん」

「さぁ、吐いてもらいましょうか。なぜ上にあると」

 堂々巡りだぁ……これもう無理な奴だぁ。

「それでもお兄ちゃんは、やってない」

 これから俺は冷蔵庫に入っているマヨネーズか醤油に熱烈なキッスをすることになる。

 というより交通事故かな。受け流せー。受け流すんだ俺―。衝撃を受け流したと思えば痛くない痛くない。

「っふ。そうですか」

 そういうと妹は冷蔵庫を閉めた。兄をどかして。

 おぉ、妹よ。俺の思いをわかってくれたんだね。

「腸詰の準備をしますね」

「疑い晴れたのに!」

 妹曰く、紛らわしいことしたからだそうです。

 それからお湯が沸くまで、俺の体温は下がりっぱなしでした。お湯が沸いて暖かいスープが出てきて、動けない俺に妹がスープを流し込んでくれた時に、ようやくホットしました。

 あぁ、からかわれてただけなんだな。不器用な愛情表現なんだなって。

 口はちょっとやけどしたけど。

 息子の周辺もやけどしたけど。

「いってらっしゃい」

 なんかもういろいろボロボロだけど、何とか学校に向かえるようになった。玄関先までやってきた妹が、上機嫌でプリンを食べながら見送ってくれる。

「いってきます」

 この子、意地でも登校しないのね。

「あ、帰りにプリンを買ってきてください。二つ」

 兄を足に使うんじゃありません。

 まぁいいです。兄と一緒に食べたいという照れ隠し——。

「夕食後のデザートと、明日の朝の分なんで。忘れたらお兄ちゃんを食べますので」

「やめてそういう怖いこと言うの!」

 妹が、本当におっかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

プリンの行方 弱腰ペンギン @kuwentorow

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る