第7話 帰還

 全てが終わった。

 煙を上げて溶けていく魔王を見ながら、世界の脅威が取り除かれたのを知った。


 満身創痍だった。


 《聖剣》の全ての力を解放しても、魔王の力は強大だった。


 でも、負けるわけにはいかなかった。

 俺が《聖剣》を手にし、魔王を討つことを信じて命を投げ出してくれた仲間たちの信頼を、想いを、裏切るわけにはいかなかったから。


 死してもなお、皆の存在が俺を支えてくれたのだ。


「勇者よ、礼を言う。長きに渡る魔王の支配は終わり世界は救われた。お前を元の世界に戻そう」


 神の声と共に、癒しの力が体に降り注ぐ。


 体の傷は癒える。

 しかし愛する人を、仲間を失った心の傷は――


 そんな俺の気持ちなど知らず、体が浮き上がる感覚が襲った。

 元の世界への転移が開始したのだ。


(今更、元の世界に戻ったって……)


 もうラノは、《エスペランサ》の仲間たちは、誰一人生きていないというのに。

 

 世界を救った喜びよりも、愛する人を、仲間を失った喪失感を感じながら、歪むような転移の衝撃を感じていた。


 両足が地面につく。

 意識が浮上する。

 背中にずしっと《聖剣》の重みを感じる。


 空虚な気持ちを抱え、瞼の隙間から洩れ入る光に導かれるように瞳を開くと、そこには――


「……え?」


 椅子に座っているニスタの姿があった。

 その周囲には、《エスペランサ》の仲間たちが立っていた。


 この光景は知っている。

 何度も何度も繰り返した、追放会議の場面だ。


 でも一つ違うのは、俺に注がれる皆の視線が、今までのように見下し軽蔑したものではないこと。

 ニスタ含め、皆が泣きそうになりながら笑顔を浮かべていること。


 驚く俺の脳内に、神の声が響く。


”言い忘れていたが、お前が今いる世界は、私が魔王の複製の侵入を防いだ《原世界》だ。魔王が倒された瞬間、全ての並行世界が《原世界》に集約……と言っても分からないな。まあ簡単に言うと、ここは《エスペランサ》の皆が死ぬ前の世界だ”


「皆が死ぬ前の……世界?」


"そうだ。並行世界での記憶も継承されている。大半の人間の記憶は消したが、《エスペランサ》の皆には断られてね。お前だけに、辛い記憶を背負わせるわけにはいかないと"


 神の声がとぎれた。

 不意に後ろから名を呼ばれたからだ。


「……アルト」


 振り返るとラノがいた。

 瞬きも忘れ、彼女を凝視する。


 涙でぐしゃぐしゃになったラノの顔が、さらにくしゃっとなって笑った。


 彼女の笑顔が、視界が、歪んで見えなくなる。


「アルト、覚えてる? 追放後、私と約束したこと……。一緒に服を買いに行こうって、言ったよね?」


「覚えてる。……覚えてるよ。でもその前に」


 ラノの体を強く抱きしめた。

 触れ合う肌の温もりが、柔らかさが、彼女の存在を俺に知らしめる。


 伝えたかった。

 伝えなければならなかった。


 彼女が存在している、この瞬間に。



「ラノ、君が好きだ」



<完>

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役立たず勇者だからとパーティーを追放された俺は、唯一味方してくれた聖女を救うため、何度も時間を巻きもどる めぐめぐ @rarara_song

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