第6話 真実

 声が聞こえる。


 これは、ニスタとラノの声?

 でも、もう一つの男の声に聞き覚えはない。


『話をまとめると、魔王はこの世界と同じ並行世界をたくさん作り、その一つ一つに自身の複製を置いた。魔王を倒すには、並行世界に潜む魔王の複製を全て倒し、本体を《聖剣》で叩く必要がある、と』


『そうだ。複製の魔王は《聖剣》なくとも倒せる。しかし本体となると《聖剣》は必要だ。だがこの世界にいる聖女の命では、私の封印を解くに足りない。だから勇者に、並行世界の聖女の命を集めさせる』


『でも、何故アルトなのですか?」


『私が視た未来によると、これから2か月後、お前たちは勇者の追放会議を行う』


『アルトを追放? そんなこと、俺らがするわけが……』


『理由は知らない。しかし丁度その時、魔王は唯一自身を傷つけることのできる勇者を、全ての並行世界から消滅させるのだ。ただ一つ、私が魔王の複製の侵入から守った《原世界》以外はな。並行世界では、同じ人物が二人存在することは出来ないが、唯一無二の存在である勇者なら転移可能だ。《原世界》に存在する勇者を並行世界に転移させ、封印の解除に足る聖女の命を集めさせる。これは、魔王の本体を倒す絶好の機会。聖女よ、どうかお前の命を捧げて欲しい』


 彼らの会話と、先ほどのラノの言葉が重なった。

 理解したくないと思っても、頭が勝手に理解を進めていく。


 気が付くと、場面が変わっていた。

 ラノとニスタが話し合う声が響く。


『アルトが転移してくるまでは、並行世界の人間は皆、全く同じ行動をとっているんだったよな。それを利用してアルトに、転移ではなく、時間をループしていると錯覚させることは出来ないか?』


『どうして? 正直に話して、彼に私の命を集めるようにお願しては駄目なの?』


『駄目だ。世界のためだとは言え、俺たちを犠牲にできる奴じゃない。だから騙すんだ』


『騙す?』


『ああ。一番怖いのは、転移先でラノが死ぬのを見続けて、アルトの心が壊れることだ。並行世界だとは言え、一つの命には変わりないからな。しかしループしていると錯覚させれば、失敗してもやり直しがきくと思える。まだ心へのダメージは少ないはずだ。そして』


『そして?』


『俺がラノを殺せば、憎しみがアルトを突き進ませるはずだ』


『駄目よ! ニスタはアルトを弟のように可愛がってたじゃない! アルトもニスタを尊敬しているのよ⁉』


『だから俺がやるんだ。そのほうが、あいつのショックも大きい。俺が正気を失ったふりをしてラノを殺せば、俺を排除するためにアルトは諦めず進み続けるだろう。ついでにパーティを追放しとくかな? そしたら《エスペランサ》の仲間が死んでも、良心の呵責を感じないだろ。あいつら皆、魔王を確実に倒す為、メッゾの究極魔法に命を捧げて死ぬつもりだから。……ああ、だから追放会議を開くのか、俺らは。くくっ、上手く未来と繋がってるもんだな』


『……私は、どうすれば』


『ラノは、アルトが好きなんだろ? 命を投げ出すのも世界のためじゃなく、あいつに《聖剣》を与えるためなんだろ? 聖女である限り、あいつと結ばれることはないもんな』


『……そうよ。私が彼に出来るのは、それだけだから』


『なら最期の瞬間まで、あいつの傍にいてやってくれ』


『……うん』


 ラノのすすり泣く声が響く。


(全部、俺のためだったなんて……)


 追放も、

 呪いも、

 ラノが死に続けたのも、


 世界を救うために課された残酷な選択に、俺の心が折れないように。


 いつもループ後、体が、手が、血まみれだったことを思い出す。


(あの血は、殺されたラノの……)


 彼女が神聖魔法を使い、俺たちの体を清め、服を修復していたのは、転移していると気づかせないためだったのだろう。


 それに《エスペランサ》は、敗北していなかった。毎回、皆の命を捧げ、魔王の複製に勝利していた。


 魔王討伐後、仲間の死体を前に俯くニスタの姿が思い浮かぶ。


 裏に隠された気持ちに気づかず、まんまと騙されて憎んだ俺は、


(……大馬鹿野郎だ)


 ニスタ。

 《エスペランサ》の仲間たち。


 そして、


「……ラノ。死んでしまった今になって君の気持ちを知っても……何にもならないじゃないか」


 両想いだった嬉しさよりも、後悔が胸を衝く。 


 この気持ちを伝えたくても、もう伝えることは出来ない。

 ラノは死に、俺の転移はこれで終わりなのだから。


 皆の気持ちを思うと、涙が溢れて止まらなかった。


 その時、厳かな声が響き渡った。


「来たか、勇者よ」


 目の前にあるのは、白く輝く光の玉。見たこともない存在なのに、俺にはそれが何か分かっていた。


 回想であった男の声の主、封印されていた神だ。


「あの光景を見せたのは、あなたか?」


「そうだ。お前に誤解をされたままでは、命を投げ出した彼らがあまりに哀れだ」


 哀れ?

 お前の残酷な提案が、全てのきっかけだというのに。


 口元が歪む。


 光の塊から、俺の腰ほどまでの剣が現れた。それは淡い光を放ちながら、思わず差し出したこの手の上に乗った。


 触れた瞬間、分かった。


 神が鍛え上げたひと振りの剣 《聖剣》。

 魔王を討つことができる、唯一の武器。


 体に力がみなぎった。今まで眠っていた能力が、《聖剣》の存在を感じて覚醒する。


「行け、勇者よ。魔王の本体を倒し、世界に平和を」


 神の声が響き渡ったかと思うと、目の前が漆黒に覆われた。

 

 魔王の本体がある空間に、転移させられたのだ。

 濃い邪の気配を感じる。

 

「……来るなら来いよ、魔王」


 その言葉が、戦いの合図だった。

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