第5話 疑惑

 再び世界が巻き戻る。


 ニスタ、ラノ、仲間たちが見守る中、俺の意識が覚醒する。


 ぬるっとした血の感触が、この手を覆う。


 仲間とラノが言い争う中、俺はずっと先ほどの光景を思い出していた。


 魔王に壊滅させられた《エスペランサ》。


 前回の時間軸では、メッゾの魔法によって魔王は倒されていた。

 しかし生き残ったニスタは、魔王に呪われていなかったのにもかかわらず、狂人化してラノを殺した。


 ……いや、


(そもそも、本当に《エスペランサ》は、?)


 追放された次の日の夜、俺は《エスペランサ》壊滅の報告をラノから聞きながら、ずっと考えていた。


 ふと腰のポーチに手を入れると、硬い物が当たる。


 気になって取り出した瞬間、ラノの声が消えた。


 消えたんじゃない。


 あまりの衝撃で、五感が閉ざされたのだ。

 体が冷たくなり、早まった脈の音だけが響き渡る。


 手が握っていたのは、石だった。

 ただの石じゃない。


 これは――


(前回、俺が拾った石。時間をループしているはずの俺が、何故持っているんだ?)


 意識だけが、過去に戻っているのではないのか?

 体も過去を遡っていたら、あの場に二人の俺が存在するわけで……


 どっと冷や汗が噴出し、唇が震え出した。

 視界が石を中心に、ぐるぐる回る錯覚すら抱く。


「気づいてしまったのね? アルト」


 ラノの声が、俺を正気に返らせた。


 先ほどまで、大笑いしていた彼女はいない。無表情になった顔からは、不気味なほどの落ち着きが感じられた。


 言葉の真意を問いただそうとした時、転移の魔法陣が現れた。


 呪われたニスタが、ラノを殺しにきたのだ。


 いつものように俺たちを誘う言葉を吐くニスタを、ラノが制する。


「ニスタ、もういいの。アルトは気づいている。そして、私たちの準備も整った。全ての並行世界の魔王を倒し、神を復活させるために必要な力を、集めることが出来たわ」


「そうか」


 頷いたニスタが長剣を投げ捨てる。その表情には、人間性が戻っていた。


 俺が尊敬していた、リーダーの顔が。


 ニスタの捨てた長剣を手に、ラノが俺に向き合う。


「私の命を連れて来てくれて、ありがとう、アルト。私の死を繰り返し見続けて苦しかったよね?」


「何を言って……、いや、何故俺が時間をループしているのを知ってるんだ⁉」


「ループじゃないわ」


 ラノは目を真っ赤にしながら、無理やり口角をあげて笑う。


「あなたは、一つの世界から造り出された並行世界を、ずっと転移していたの。私の命を集めるために」


「え? ど、どういうことだ⁉」

 

 しかし、彼女はそれ以上答えなかった。


 代わりに小さな唇から紡がれるのは、意味の分からない詠唱。まるで歌を歌っているような旋律が部屋に響き渡る。


 一つだった旋律が幾重にも重なり、やがて合唱となった。

 歌っているのはラノだけなのに、無数の声が重なって奏でる。


 声の出所は、


(……俺?)


 詠唱の合唱が鳴り響く中、ラノが自身の首を掻き切った。倒れた彼女から鮮血が噴出し、いつものように辺り一面が命の色で染まる。


 衝撃的な展開に、心も体も動かなかった。


 詠唱の主が倒れたのにもかかわらず、俺の中で鳴り響く歌は止まらない。


 溢れた歌とラノの声が、俺の体と意識を包み込んだ。


 白く染まる意識の中で、ニスタが自分の体を長剣で貫いているのが見えた。


 その表情は満足そうに笑い、倒れたラノと重なり合うように崩れ落ちた。

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