第16話 変化こそ

 目を覚ますと、もう昼近い時間だった。

 母も父も、どこかに出かけていた。インスタントのきつねうどんがあったので、それを食べながら、リビングに置かれた家族共用のパソコンを起動させた。ネットで「おキツネ様」や「オタケキツネ」について調べた。なるほど、と思える記述きじゅつもあったが、自分が見たものと相反あいはんする情報も多かった。靴を夕方におろすことについても調べた。勝負を見守るだけの妖怪についても調べ、「知玄ちげん」と「知白ちはく」という「囲碁いごの精」についての記事を見つけた。妖怪でも、あやかしでもなく、「精霊」とあったが、それらの違いが千颯ちはやにはわからなかったし、あの二人組が「知玄」と「知白」だったのかもわからない。



 夕方近くに帰宅した母親が、すごい騒ぎだったと教えてくれた。


「ほら、北峰神社きたみねじんじゃの裏の公園、あそこの桜が一晩で満開になったんだって。もう何年も咲かなかったのに」

 あたたかな晴天の土曜日、公園はさっそく花見客でにぎわっていたという。

 続けて帰宅した父親が、別のニュースをもたらした。往還おうかん山の桜が一夜にしてすべて散ったという。

「ゆうべ、風が強かったもんな」

「桜がお引っ越しでもしたんじゃないの」と母が冗談めかして言った。「それで駅のほうが満開になったとか」





 日曜の朝から、千颯ちはやは歩いて中学校に向かった。往還おうかん山の桜が散ったのは遠目にも明らかで、一昨日まできれいな桃色に染まっていたあたりが色を失っていた。



 中学校の校門前を通り過ぎたころ、反対側からシオが歩いてくるのが見えた。

 待ち合わせでもしていたみたいに、千颯ちはやはそれを当然のなりゆきのように受け止めた。


「桜なら駅のほうが見頃だぞ」

 シオはまだ離れたところから、愉快そうに声をかけてきた。

 金曜の夕方と同じように、シオとふたりで往還おうかん山への道を歩いた。


「眼鏡かければ」

 不意に、シオが言った。

 やだよ、と千颯ちはやは返した。

「どうして」と尋ねるシオに、千颯ちはやは、にやりと笑った。

「推理できない?」

「そのためには、もう少し君を知らなくちゃ」

 ひとけのない石段に、桜の花びらがびっしりと落ちていた。まるで、花の階段だ。



「これでよかったのかな」と、最初の段を踏みながら千颯ちはやはつぶやいた。


「いいんだよ」とシオは即座にうけあった。


「でも、もう、ここの桜は咲かないのかもしれない」

 あの嫁入りしたお姫様が、桜を咲かせていたのだとしたら。そう、千颯ちはやは考えていた。


「駅裏の公園のほうが花見だってやりやすいんだから、よろこぶ人のほうが多いさ。千颯ちはやだって、ここの桜をいつもいつも気にしてたわけじゃないだろ」

 そう言われると、返す言葉もない。

 花を咲かせたときにだけ往還おうかん山を褒めそやす人々を、千颯ちはやはどこかで、疑っていた。都合のいいときだけ、ちやほやするのは、よくないことではないか、と。

 しかし、桜が戻らない可能性を思って、どこか惜しい気持ちになっている自分も、春にだけ桜を褒める人々を同じなのだと痛感した。

「いいんだよ」

 千颯ちはやの心を読んだふうに、シオがうけあう。



「変化こそ本質なんだから」


 その言い回しに、また煙に巻かれた気がした千颯ちはやだが、黙って石段をのぼった。

 往還稲荷に到着し、ちいさな鳥居をくぐる前に、そっと頭をさげた。


「見ろよ」

 シオに促されて振り返ると、遠くに満開の桜が見えた。


 駅の裏手、北峰神社きたみねじんじゃに隣接する公園の桜たちだ。

「お姫様が大歓迎されてるって思えば、やった甲斐もあったってもんだろ」

 その光景と、その言葉に、胸がきれいな空気で満たされていくのを、千颯ちはやは感じた。

 でも、と声に出しかけて、ぎりぎりのところで思い直し、こう言った。


「なんか、まだ、ほんとうのことに思えない。狐の嫁入りの手伝いなんて……。にせもののオタケギツネにだまされてだけだって考えたほうが、しっくりくるよ」

 シオは、ふっ、と鼻で笑った。


「まあ、キツネに化かされたっていうか、今回のは、キツネに・・・・任されたってとこだな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

しかしあやかし(1)狐の手伝い 塩川めた @meta_shiokawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ