第4話 生きるためには働かなければなりません。
ファルスは途中で馬を借りて、ひたすら遠方へと走った。
無我夢中で、考えなしに走った。
それからどれくらいの日々が過ぎたかわからない。
草原や森の街道、山脈などを越え、いつしか全く知らない土地へと辿り着いた。
ここは辺境の町。豊かな自然に囲まれた、牧歌的な景色の広がる場所。魔王の手も届きにくい遠方にあるので、手強い魔物もほとんど見かけない。人々はゆとりある生活を送っている。
町へと漂流したのは夜だった。ファルスは天女アイアによってほとんどすべての所持品を奪われ、残っているのはなけなしの金銭と布の服である。彼はそのお金で宿屋に泊まり、長旅の疲れを癒すことにした。宿代は王都と比べると非常に安かった。
次の日、活力が湧かないファルスは、ひもねす物思いに耽った。
肉体の疲労は回復したが、心にかかったモヤは消えない。
これまでファルスは、魔王を打ち倒すこと、ただその一心で生きてきた。目的は、ずっと視線の先にある状態だった。だが、突然運命を奪われ、あぜ道に放り出された。
目の前が真っ暗になった気分だった。
いまだ受け入れられていない。
納得ができないというのが、正直なところだ。
これから自分は、いったいなにをして生きていけばいいのだろうか。
魔王を倒す使命のない自分に、いったいどんな価値があるというのだろうか。
ファルスは有り金が尽きる限り、その宿屋に連泊をした。
いずれも、ただボーっとしているだけで1日が終わった。
祖父はあのとき、これからはお前が生きたいように生きるのだと言った。しかし、自分のしたいこととは一体何だろうか。勇者として魔王を倒し、この世界を平和にする以外の野望など、まったく思いつかない。
茫然自失の日々を過ごし、やがて、財産も底をつく。
ファルスは家なしの浮浪児のような風貌になってしまった。無精ひげは伸び、顔は日焼けと汚れで焦げたようだ。まともな食事も摂れず、肉体にも衰えが見える。
そのまま、宿屋を追い出されてしまった。
このままでは、食事もできなくなってしまう。底なしの体力は余っているが、肝心な気力が尽きている。ファルスは舗装されていない道端の泥の上に座り、脱力していた。石の壁に、身を任せるように寄りかかる。
その瞳はあらぬ方向に向けられ、焦点が合っていない。
「わたしは、勇者……。わたしは……、ゆ、う……しゃ。わ、わた、わたし……、ゆ……、わ、わた……、う……、ゆう……」
うわ言のように呟く。
この男がかつて勇者だったことを想像できる人間はいなかろう。
「おい、ファルス!」
突然、彼を呼ぶ声がした。
「……あ」
返事をする気力もない。口をぽかんと開けて、意味もなさない声を発した。
「なにしてんのよ! もう!」
土の上に座っているファルスの目の前に、女性らしきシルエットが現れた。
ゆっくり顔を上げてみると、そこにいたのは天女アイアだった。
「あれからあんたがどうなったか気になって来てみれば、木みたいになってるじゃない」
天女はため息をついた。
「あんたの特技は奪ったけど、あの冒険で得た基礎体力はなくなってないんだから! あんたは今の状態でも何不自由ない生活を送れるほどの能力があるの!」
ファルスはスキルをなくしてしまったが、レベルまで取り上げられたわけではなかったのだ。つまりこれは、再び魔物と戦い経験を積めば、また新たにスキルを獲得できることを意味する。
「これでファルスが死んだら、あたしが殺したようなもんじゃない! それじゃあ寝覚めが悪くてたまらないわ!」
「……、はい」
「あたしは忙しいんだからね!? 生きる気のないやつに構ってる暇はないの! 最低限の暮らしはちゃんとしなさい!」
「たしかに……。たしかに、このあざのせいで、たくさんの人に迷惑がかかってしまいました。天女さまにも、これ以上心配させられませんね……」
「そうよ! だから一生懸命生きるの! いいこと?」
「ありがとうございます。わたしなんかのために……」
「あんたのためじゃないわよ! あたしの気分が損なわないためなんだから! いつまでも自分が偉いとは思わないことね」
アイアは腰に手を当てる。
「その様子だと、あんた自身も偽物だと知らなかったみたいだし……」
「それでも、不正に獲得したスキルだから、規則上返してあげるわけにはいかないんだけど」
天女はもごもごと言葉を紡ぐ。
人違いをしたことに負い目を感じているのかもしれない。
「じゃあ、もうあたし時間ないから、帰るからね」
「……」
「行っちゃうんだからね!」
「はい。ありがとうございました」
天女は再びつむじ風とともに去っていった。
天女がいなくなってから、ようやく、ファルスは立ち上がった。
その日の食い扶持を稼がなければならない。
偽勇者の冒険~導かれない者たち~ ぽかんこ @pokannko
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