第3話 これではまるで罪人ではないですか。

 長い道のりを経て、ファルスは故郷へと帰ってきた。

 ファルスの育ったこのフルーサの村は、豊かな自然があふれる場所だ。人口は少ないながらも優しい人々であふれ、住んでいる人はみな顔見知りである。


 しかし、なにやら様子がおかしい。

 村には、人の気配がまるでないのだ。人っ子一人いない。

 どの家を訪ねても、返事がなく、仕方なく扉を開けてみると、中には誰もいない。


 徐々に恐怖を募らせていると、ふと、道を王国の兵士が歩いているのを見つけた。兵士はふたりで、気だるげに巡回をしていた。

 人に出会えた安堵を感じながら、話しかける。


「すみません」

「おや。この村に用事か? でも、残念だったな」

 兵士のひとりが、気の毒そうに言った。


「村の方々はどうされたのですか」

「偽物の勇者を輩出したとして、先日投獄されたのさ」

「なんだって!」

「驚くよなぁ。勇者を騙るなんて、よっぽど肝が据わってないとできないぜ」

「そもそも、なんの利益もないだろうに」

「いいやそんなことはないぜ。行く先々で好待遇してもらえる」

「でも、魔物退治を期待されるのもなあ」

「ふ、たしかにな」

 二人の兵士はそれぞれ言い合う。


「とにかくあんた、残念だったな。今頃、村人たちは王都の牢獄にいるだろうよ」

「……」

 ああ、なんてことだ。ひどい目に遭っていなければいいが。

 これは、わたしが偽物の勇者だったということの、罰なのだろうか。


「あ! てかあんた、その腕!」

 王国兵士のひとりが、ファルスの左手を指さした。

「おまえが偽勇者!」

 ファルスの左手の甲は、剥き出しのままだった。勇者の紋章は、ひときわ目立った。


「……まずい!」

 ファルスは、すごい速さでその場を去っていく。

「追いかけろ!」

 森の中に入り、ファルスは兵士たちの追跡を振り切ることに成功した。 

 ファルスは体力、腕力ともに優れた実力を持ち、瞬発力もある。しがない兵士を巻くことなどたやすいことだった。


「村のみんなが囚われているだと……? 王都へ急がないと……」

 処刑されてしまうという、最悪の結末がよぎる。勇者は足を急いだ。


 〇〇〇


 ファルスは王都へとやってきた。ここは石造りの立派な街並みが並んでいる。立派な城の下には城下町が広がっており、活気があふれている。

 広場には噴水もあり、往来も激しい。


 そんな中、人並みや建物の合間を縫って進むファルスの姿があった。

 ファルスは物陰から様子をうかがう。

 その視線の先には、とある建物の入り口があった。


 扉の左右には門の守備兵が直立しており、厳重に警備しているのが分かる。あれは罪を働いたものを閉じ込めておく収容所だ。祖父母を含め、フルーサの村の住人たちはそこに閉じ込められているのである。

 ファルスは建物を一周して、少し高いところに窓を見つけた。ここからならばばれずに入り込めるだろう。衛兵の姿がこちらを見ていないことを確認する。周囲をうかがっても、だれもこちらを見ている人物はいない。


 ファルス身軽な身のこなしで窓に手をかけ、中に侵入した。

 冷たい石の廊下を通って、勇者は地下へと潜っていった。いたるところに、鉄の格子が見える。日中にも関わらず、ひんやりとした冷気が場を満たしている。

 いくつもの牢屋を覗き込んだのち、やがて、知った顔の人物が幽閉されているのを発見した。


「祖父上!」

 勇者は、看守に見つからないように、ひっそりとした声で呼びかける。

「……!」

 祖父は、その声に気付き、格子からできる限り顔を出す。

「祖父上、助けに参りました」

「おおファルスよ。よく無事じゃった」

「祖母上は」

「ばあさんは別の牢にいるらしい。村のみんなも無事じゃ」

 祖父が言う。


「さっそくなんじゃが、すまぬ。お主は、本物のゆうしゃではなかったようじゃ……」

 身内の人物からも自分の存在を否定されたファルスは、口をパクパクさせるばかりだ。

「しかし、ではこのあざは……」

「もう一度、よく見せておくて……」

 目を細め、祖父はファルスの手を取った。


「ああ、やはり」

「なんだというのです」


「勇者よ。心して聞け。これは、……ただのあざじゃ」


「……………………」

「本当にすまん」


「そんな……。わたしに、勇者の才能はなかったというのですか……」

「わしらの早とちりじゃった。伝承によると、その模様はまごうことなき勇者の紋章じゃ。じゃが祠で反応しなかったいうことは、もうこれは、偶然という以外に言いようがない」

 あまりの潔さに、勇者は口をぽかんと開けたままになる。


「と、とりあえず、そそそ、そとへ逃げましょう。見回りに見つかると大変です」

 取り乱したファルスは、言葉を詰まらせながら祖父に提言する。

 しかし、祖父は「いや」と、ファルスを制止した。


「ファルスよ。わしらは時期に釈放されることになっておる。村人全員じゃ。いま脱獄した方が、罪が大きくなってしまう」

「なんですって」

「本物の勇者が無事伝説の剣を手にしたのを聞き、国王は恩赦をくださったらしい」

 不幸中の幸いだ。心の靄は晴れないままだが。

「しかし、おぬしは張本人として、捕まったら何をされるかわからん。だから逃げるんじゃ」

 どういうわけか、一番の被害者であるファルスは、ことの元凶として認識されているらしかった。拷問や処刑が待ち受けているかもしれない。


「本当に済まない。壮大な勘違いで、お前の人生を決めつけてしまった。お主は、世界を救う運命を背負う勇者ではなかったのだ。これからは、自分の進みたい人生を歩むのじゃ」

「おまちください祖父上。まだお話は」

「さあゆけ、ファルスよ!」

 祖父はファルスを急かした。


 その時、廊下の先から、足音が近づいてくるのが聞こえた。

 もう、話している猶予もない。

「くっ……」

「ファルスよ。しばらくの間。お前を探して村は兵士の監視に置かれるだろう。戻ってはいけない。いずれまた会える。いまはただ、逃げるのじゃ」

 そして、曲がり角から、兵士の制服をまとった男が姿を現す。


「やや、貴様、いったいどこから入り込んだ!」

「まずい」

 ファルスは拘束されるわけにはいかなかった。

 そもそも、あらぬ罪である。故意に騙ったのではない。投獄は、甘受できない。


「侵入者! 侵入者!」

 兵士は大声で応援を呼んだ。すると、廊下の向かいからも足音と松明の光が近づいてきた。八方塞となったファルスは、上階への階段を見つけ、一段飛ばしに駆け上がる。すぐそこまで、衛兵の手は伸びている。鬼気迫る形相で、ファルスは収容所の最上階に至った。


 やがて屋外へと辿り着いた。ここは屋根の上だ。臙脂色の瓦が傾斜を持っている。不安定な足場が続いている。高さは3階に相当する。ここから飛び降りたら、一般人ならひとたまりもない。


「見つけたぞ!」

 背後から、兵士の呼び声がする。振り返ると、次々と兵士が窓から屋根に登ってくるところだった。手を滑らせれば真っ逆さまの、危険な道だ。

 ファルスはとうとう追い詰められた。

 忍び寄る兵士。追っ手と地面を交互に見る。


「はあああ!」

 そして、ファルスは跳んだ。

「ぐうっ!」

 すさまじい跳躍力を見せファルスが着地したのは、石畳の道を介して建っている、向かいの建物だった。着地によって、瓦が何枚も剥がれた。その破片は、転がって通り道に零れ落ちる。


「お、追いかけろ!」

 叫ぶ兵士。一人はファルスの跳躍に驚き、ひとりは高さに足をすくませている。

 ファルスは建物の屋根伝いに逃走を続けた。

 王都の兵よりも、勇者として強大な敵と戦ってきた歴戦の男の方が、圧倒的に能力に長けていた。そのため、追っ手との距離はすぐに遠ざかっていった。


 そのさなか、彼は息を切らせながら大声で叫んだ。

「なぜわたしが、追われなけらばならないのだあああああああ!」

 かつてないほどの、魂の叫びだった。

 これじゃあまるで、罪人ではないか!!!


 巨大な蟠りを携えながら、ファルスは王都からの脱出を達成した。

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