第2話 天女から見放されました。スキルと装備は取り上げだそうです。

「わたしはいったい、これからどうすればいいのです!」

 ファルスは、森の中を全力疾走していた。目的地などない。

 今すぐに、どこか遠くへ逃げ出したい気持ちだった。


 かつて勇者として生きてきた男は、絶望の淵に追いやられていた。

 走りながら、これまでの半生を思い起こす。


 彼は小さな村で生まれた。生まれた時から左手に紋章があり、勇者の生まれ変わりだと騒動になった。その情報を聞きつけた魔物の襲撃により両親を失ったが、その後は祖父母に引き取られ、大切に育てられた。祖父母は、勇者になるために必要な考え方を、ファルスに一から十まで教育した。そうして、彼は精神的にも肉体的にも立派で、英俊豪傑な青年へと成長したのだ。


 成人するといよいよ、魔王を倒す旅に出るべく、村を出発した。人々から慕われて過ごしてきた彼には村人が総出で見送りをした。ファルスに期待の声を掛け、明るく送り出した。ファルスも、そんな人々の暮らしを守るべく、魔王を倒さねばと心に誓いを立てた。


 それから、彼は3人の仲間を手に入れた。

 村や町、国を渡り、山や川を乗り越え、途中差し掛かる困難や凶暴な魔物と戦いながら、ついに伝説の剣が眠っているという秘境へとたどり着いたのである。

 しかし、明らかとなったのは、自分は実は勇者ではないという、衝撃の事実である。

 全く理解が追い付かず、受け入れることができない。


「わたしの腕には確かに勇者の生まれ変わりである証拠の、紋章がある……。だから勇者として祖母上、祖父上に育てられてきたのだ。それがいったいどうして、伝説の剣を引き抜くことができなかったのだ……」

 これまで、自分を本物の勇者だと信じて疑わなかった。


「ああ、かみよ。道を指し示し下さい!」

 ファルスは空に向かって祈りを捧げた。しかしその想いは、虚しく風にかき消された。と、思われた。しかしその時、どこからともなく、透き通った女性の声が響き渡った。


「勇者ファルス……。いいえ、ただのファルスよ」

「この声は……、天女さま!?」

「ええ、こっちよ。ただのファルス」

 音のする方に目を向けると、丘の上に人影があるのを見つけた。


 その正体は天女だった。彼女は天女特有の神聖な白い羽衣を身に纏っていた。髪の毛はシルクのように美しい金色をしている。人の姿をしており、いたいけな少女のようである。肌は薄く白く透き通り、頬がいつも赤く染まっている。


 天女とは、人々を見守る存在。人にアビリティを与える存在。アビリティとは、実生活の職業とは異なり、天から授けられた職業のことである。剣士、魔導士、弓使い、騎士、盗賊など、数多ある。

 アビリティは、魔物によって脅かされた世界において、人間が生き抜いていけるように天が授けた才能だ。アビリティには、3つのクラスが存在する。初級、中級、上級である。経験によって、その才能は開花する。天女は人間の素質を見抜く能力があり、どんなアビリティに就くことができるか導く職務がある。

 一般的に、様々な街にある聖堂に行くと、天女に出会うことができる。

 人々はその聖堂で儀式をしてもらい、転職や上級職へのクラスチェンジをおこなってもらう。

 けれど勇者ファルスは例外だった。彼は紋章を持ち、勇者の才能があるとみなされた者だった。彼を見つけ出した天女は、世界を救う勇者の導き手として、常日頃ファルス一行を見守り続けてきた。その恩恵は、いつ何時でもクラスチェンジができるというものだった。

 そのおかげで、ファルスたち旅の仲間は、数々の危険をかいくぐり、伝説の剣の里へたどり着くことができた。


 ファルスは丘を駆け上って天女にすがりついた。

「天女さま、どうかわたくしをお救いください! わたしは、運命を背負うもののはずです!」

「いいえ。剣を扱えないことが、紛れもない証拠よ。ただのファルス」

 天女は静謐な振る舞いで答える。瞳は閉じられ、表情は穏やかだ。

 天女に相応しい奥ゆかしさを放っている。


「ただのファルスと呼ぶのはおやめください。わたしは勇者ファルスです!」

「はぁ……」

 天女は肩をすくませ、ため息をつく。


「あんた、いったいどうしてくれるわけよ。あたしが勇者を導くために費やした時間と労力を返してよ!」

 突然、天女は先ほどまでの淑やかさを捨て去って、嘆きだした。

 天女は回想する。


『あなたが勇者ファルスね。わたしは天女○○! 勇者の導き手よ』


(やった! あたしが一番に勇者を見つけた! これで一人前の天女だ!)


『とりあえず、いまのアビリティを確認しましょ。ああ、いまはただの冒険者みたいね』


『あれ? でも、スキルの樹形図が見えない……。先代の勇者もスキルが隠れていたというし……、まあ大丈夫でしょう』


『うーん、十分な経験を積んでいるのに、どうして才能が開花しないのかしら……。心配は不要ね。だって勇者の紋章があるんだから』


「うう……、どおしてこんなことに……」

 天女は苦い顔で歯を食いしばりながら後悔する。


「天女さまは、わたしが偽物だと見抜けなかったのですか?」

「その紋章見れば誰だって勇者だと思うじゃない! 偽物なんてわかんないよ!」

 取り乱して、天女は主張する。


「うええーん。みんなを見返して、あたしの序列がうなぎのぼりだと思ってたのにぃ! これじゃあまた、ひもじい生活に逆戻りだよぉ」

 天女は、勇者の案内人という特務に就いていたため、天界では特別な待遇を受けていた。だがその肩書が消えてしまえば、人々を見守るという、一般的な天女の務めに戻ってしまう。勇者を発見したという功績も、これでは水の泡だ。


「あんた! この天女アイアさまをだました罪の大きさを知りなさい! 今までに手に入れたスキル、旅で手に入れた強力な装備、ぜんぶ取り上げよ!」

「そ、そんな!」

 うろたえるファルスをよそに、ファルスが身に着けている装備、スターヘルム、妖精のバングル、くろがねの鎧、不屈の靴、スイセイの剣が消滅した。

 そして、常にファルスの内側にあったふつふつとした活力が失われた。

 ファルスは、これまでに獲得した特技や魔法が使えなくなったことを悟った。


「わたしはこれから、いったいどうして生きていけばいいのですか!?」

「うっさい! もうあんたなんか知らない!」

「おまちください! 天女さまぁぁ!!!」

 天女が羽衣をさっと払うと、つむじ風が巻き起こった。ファルスはひるんで目を瞑った。次に目を開けたとき、目の前には誰もいなくなっていた。


 1日にしてありとあらゆるものを喪失したファルスは、おぼつかない足取りで一晩中放浪した。

 だんだん腹も減ってきて、ファルスはこのままでは朽ち果ててしまうと我に返った。

「そうだ。一度村に帰ろう。祖父母に訊けば、わかることもあるかもしれない」

 足取りの速さを取り戻して、元勇者は帰路を急いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る