偽勇者の冒険~導かれない者たち~

ぽかんこ

第1話 勇者だけど伝説の剣が抜けませんでした。

 勇者ファルスは故郷の村を出発して以来、数々の魔物を打ち倒し、仲間とともに旅を進めてきた。それはすべて、魔王を滅ぼし、この世界に平和をもたらすためである。

 現在、勇者とその仲間たちは、魔王を倒すために必要な伝説の剣を手に入れるために、とある遺跡にやってきていた。この土地には、古くからある一族が里を作って暮らしており、伝説の剣を守っている。しかるべきときがくるまで。彼らは、剣守りと呼ばれていた。

 そして、そのときが、まさに来ようとしていた。

 勇者ファルスは、伝説の剣が封印されている、祠の前に立っていた。


「いよいよね。これから先は、より強い魔物たちと戦うことになる。この剣は、わたしたちの冒険をより安全なものにしてくれるでしょう」

「魔王は、伝説の剣を携えた勇者によってしか打ち滅ぼすことができない。お前がその剣を手にする時が来たんだな。おれも引き締まってきたぜ」

「ごくり。伝説が、いままさにはじまるのですね。この瞬間に立ち会えたことが、なによりもうれしいです。みんなで、魔王を倒し、平和な世界を取り戻しましょう!」


 仲間たちは、それぞれ、身の内の心情を吐露した。

 3人は、勇者が村を旅立って以来、各地で運命の出会いによって加わった仲間だ。それぞれ、魔物を倒す勇者の手助けをするという大義を持っている。

 剣守りの一族も、勇者たちを囲って、その行く末を見届けようとしている。

 そして、勇者は一歩、前に踏み出した。

 勇者は、眉をきりっとさせる。


「さあ、勇者よ!」

 村の長老が叫んだ。

「いまこそ、その伝説の剣を引き抜き、魔王を打ち滅ぼすのだ!」


 伝説の剣は、祠の土台に突き刺さっている。

 そして、勇者にしか抜くことが出来ない術式がかかっている。

 勇者ファルスは、生まれながらにして左腕に特別な紋章を持つ、選ばれしものだ。

 剣の前まで歩み寄ると、勇者は翻り、仲間たちの姿をうかがった。

 これまで困難を共にしてきた仲間たちは、微笑み、剣を引き抜くように促した。

 勇者ファルスとしても、ひとつの大きな転換期として、身の引き締まる思いだ。

 ひと息はいて、決心をする。

 そして、両手で柄を握り締まると、一気にぐいっと引っ張った。


「はっ!」

 が、しかし。

「……。ん……? はぁっ!」

「おい、どうしたんだよ」

「冗談はよして、はやく抜いてちょうだい」

「さあ! ファルスさん!」

 手間取っている勇者ファルスに、仲間たちが急かす。

「ふぬうううううう! ぐぎぎぎ!」

 ファルスは、顔を真っ赤にし、腕に血管を浮き彫りにする。

 しかし、その力に反して、伝説の剣はびくともしない。


「ん」

「あれ?」

 さすがに演技ではないのだとわかると、仲間たちは不安げな表情を見せた。

「どういうことでしょうみなさん。剣が抜けません」


「えっ!?」

 周囲にどよめきが起こった。

「そんなはずはない。お主が勇者であるならば、その剣は簡単に抜けるはずじゃ」

 長老が怪訝に言う。

 辺りに沈黙が流れる。

 勇者も、気まずい雰囲気を感じて、衆目をうかがっている。


「……………………………………、えっ?」

 たくさんの人々の視線を一点に受け取った勇者は、少しして、腑抜けた声を発した。

「えっ? じゃないんだけど!!」

 仲間の一人が突っ込んだ。

 その場にいた誰もが、一瞬時が止まったかのように困惑した。

 すると。


「おおっ! これが伝説の剣が奉納されているという祠か!」

 ふいに、誰かがその沈黙を壊した。

 森の木陰から、勇ましい姿をした男性と、二人の女性が現れた。

「あなたはいったい」

 里の住人のひとりが尋ねる。

「わたしは勇者です」

「え」

「これが名高き勇者の剣ですね? では、抜かせていただきます」

「いや、ちょっと」

 そして、彼はいとも簡単に伝説の剣を引き抜いて見せた。剣を、天高く掲げる。

「嘘でしょ?」

「どういうことなんじゃあ!」

「ななな、なんですかあなたは!?」

「ぼくは勇者ですが」

「わたしこそが真の勇者です! ほら、ここに紋章もあります!」

 勇者ファルスは、必死に抗議する。


「それはぼくにもあるが……」

 眉をひそめながら、あとから来た勇者が言った。

「なんと、勇者がふたりだと……」

「いや待て、紋章はふたりともにあるが、剣を引き抜いたのは後に来た勇者だ」

「てことは、こっちが偽物!?」

「おい。お前、偽物だったのか……」

「魔王を倒さんとする熱意は、本物にも負けないほどのものでした。まさか、それが演技だっただなんて……」

「これは、とんだ天才役者ね」

 仲間たちが次々と言葉を紡ぐ。


「そんな。わたしは騙してなどいません!」

 両腕を開いて、己の潔白を力説するファルス。

 だが、決定的な証拠を前にして、誰一人ファルスを信じる人物はいない。

「はあ。残念だよ。でも、おまえが勇者じゃないとしたら、勇者の導き手の一族である俺は、お前についていく理由がなくなったな。さて、本物の勇者さんよ。おれも旅の仲間に加えてくれ」

「ああ。それは心強い限りだ」

 本物の勇者が少し悩んだ後に答えた。

「じゃあわたしもそうするわ」

「あの。わたしも、世界を救うために、本物の勇者様についていくことにします。すみません」

 ほかの仲間二人も、口をそろえて真の勇者のもとへ近づく。


「…………」

 偽勇者呼ばわりされたファルスは、まったく反論が出来ずにいる。

 目をぱちくりさせるばかりだ。

「勇者を騙るだなんて、なんて罰当たりな輩なんだ!」

「わたしたちを騙していたのね! 昨日の晩餐も、詐欺師にもてなしていたなんて」

「偽勇者! 出てけ!」

 仲間たちの切り捨ての次には、里人たちの非難が始まった。

 こどもたちが、その場に落ちていた小石を拾って投げつける。

 その石は、偽勇者の肩をかすめた。

 それを皮切りに、村の人々が罵詈雑言や物の投擲が続く。


「みなさん、おやめください! わたしは本当に、魔王を倒すために旅を続けてきたのです!」

「うるさい! にせものめ!」

「みなさん待ってください!」

 偽勇者の前に立って村人の攻撃を沈めたのは、本物の勇者だ。

「話を聞く限り、この方は勇者の肩書きを名乗って皆さんを騙していたようですね。しかし、こうして本物の勇者であるぼくが現れ、伝説の剣を手に入れたのです。そして、これからぼくたちが魔王を倒すために旅を進めましょう。それでいいではありませんか。被害は事前に抑えることができました。きっと彼にも、事情があったのです。それも、魔王を倒せばこんなことをする必要もなくなるのです」

 会場には拍手が巻き起こった。さすが勇者、これぞ勇者。賞賛の嵐だ。

「さあ、あなたももう行きなさい」

「いや……、わたしは」

 本物の勇者が、偽物の勇者にこの場を立ち去るように促した。しかし、ファルスは現実を認めることができない。人生が瓦解したような感覚に、茫然とするばかりである。

 たくさんの視線の中には、鋭い睨みも混ざっていた。

 偽勇者は、肩を落として、その場を立ち去る決断を取った。

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