第43話 フィタ
街は思っていたよりも遥かに原型が残っていた。道が少しボコボコになっているくらいだ。店や建物などは綺麗なままだった。紫色の血液はそこら中に残っていたが、これも芸術だと思えば良いのさ、などと売り子が子どもたちに教えてくれた。
後夜祭は今日の夜から行われる。街を歩く者は少なかった、特に魔族は殆ど見かけず、昨日と変わって魔人を多く見かけた。親切な魔人の売り子曰く、後夜祭は魔人族の為にあるのだそうだ。死を隣に感じない、より人族に近い文化を楽しむ。それが後夜祭。
これなら、スィーとダダンに贈る品もきっと見つかるだろう。
子どもたちはムンッと気合を入れた。ジューゴと繋いでる手にも力が入った。ジューゴは宿屋を出る時に絶対に繋いだ手を離すな、と言ってから喋らない。外が嫌いなのかもしれない。
まず、子どもたちはキラキラ光る小物を売っている所へ向かった。アクセサリーと呼ばれるもので、大きなものから小さなものまで色んな形の物がズラリと並べられていた。
「しー、だだ、どれいいかな」
「つけてない、わからないね」
じぃぃと喰い入るように見つめ手に取って、実際に頭に被ってみたり腕に着けてみたりした。スィーの髪色と同じ、燃えるような赤色に輝く石が付いた首飾り、ダダンの鱗の色と同じ艶のある緑色に光る短剣。どれも素敵で、でもどれもピンッと来なかった。
スィーもダダンも装飾品は一切していないからである。
トトがジューゴをちらりと見ると、ネネがトトの頬を手のひらで包みグイッと顔の向きを正した。二人だけで考えよう、という事だ。ジューゴは黙って二人を見守っていた。
二人はうんうん唸りながら、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしていた。売り子の魔人たちは言葉巧みに子どもたちを唆そうとし、その度にジューゴに無言の圧力を掛けられていた。ネネとトトはすっかり疲れてしまったようで、耳も尻尾もぺしょんと垂れていた。
「休憩するか」
「ううん、だめ」
「はやく、きめたい」
「根詰めたって良い物が決まる訳じゃねぇからな」
問答無用とばかりに、果実ジュースの店の前に二人を引っ張っていった。キラキラ光る果実ジュースを目の当たりにすると、子どもたちはごくりと唾を飲み飲んだ。昨日味わった美味しさが口の中に広がっていく気がしたのだ。
「選べ」
「「りんご!」」
ネネとトトの声が重なる。即答だ。
「……林檎、三つ」
代金を払い果実ジュースを受け取り、木陰になっている場所で三人並んで仲良く飲んだ。甘酸っぱい林檎の味がぶわりと口の中に広がり、心地よい冷たさが喉を通って身体全体に染み渡った。
ピコピコと嬉しそうに子どもたちの耳と尻尾が揺れる。ジューゴは眩しそうに目を細めて、木漏れ日に彩られた二人を見つめていた。
「げんき、でた」
「じゅーご、ありがと!」「ありがと!」
「……ん、頑張れよ」
果実ジュースを飲み終え、すっかり元気満タンになったネネとトトは飛びっきりの笑顔をジューゴへ向けた。照れくさそうにそっぽを向きながらもジューゴは嬉しそうに微笑んでいた。
そうして再び、スィーとダダンに贈る品物探しが始まる、と思われた時。
「はあい、昨日ぶりねぇおチビちゃんたち」
「へびの、おねえさん」
「にょろにょろ!」
声を掛けてきたのは生きた蛇を売っている魔人だ。よく見れば長い髪の先っぽの幾つかは、蛇の頭になっている。ジューゴは威嚇する様に喉の奥を鳴らし、低い声で「メデューサ」と呟いた。
「今日のお兄さんは物知りなのね。でも違うわぁ、メデューサは始祖の妹名前、ワタシはステノの子孫なの」
「何も違わねぇだろ……」
「いけずねぇ、自分のルーツは確立したいじゃなあい? んふふ」
そのセリフを聞いた途端、ジューゴの表情がどんどん険しい物になり雰囲気も険悪になってしまった。ステノの子孫である蛇の髪を持つ魔人は、ジューゴの歪さを知っていてわざと言ったのだ。意地が悪いとはまさにこの事である。
「おねえさん、すての?」
「へびが、すての?」
宝石をはめ込んだような艶かしい光を放つ瞳に魅入られたのか、ネネは売り子の魔人をトトは売られている蛇を見つめていた。
「ワタシはリリス、この子たちはリリン。ワタシもこの子たちもおチビちゃんたちみたいな可愛い子がだあい好きなの」
「ねねも……」
怪しく光る瞳に触れようとネネが手を伸ばした時、ジューゴが獣の如く吠えた。子どもたちを腕の中に抱き寄せるとリリスを睨めつける。リリンと呼ばれた売られている蛇たちは上半身を持ち上げジューゴを威嚇し、ネネとトトはハッと我に返った。
「ちょっと意地悪しすぎちゃったかしら? ごめんなさいね」
「ううん。りりす、きれい」
「りりんも、きれい」
悪びれた様子もなく謝罪を口にしていたリリスは、子どもたちのその言葉を聞いて予想外の反応だと心の内で驚いていた。ありがとう、と笑ってからお詫びだと言わんばかりに、提案を口にした。ジューゴは未だ警戒心剥き出しでリリンと呼ばれた蛇達と睨み合いをしている。
「ねえ、おチビちゃんたち。贈り物を探してるんでしょう? フィタなんてどうかしら」
「ふぃた?」
「きれい?」
「ええ、とっても綺麗よ。きっとお店もあるから、おチビちゃんたちが作ることも出来るわ」
リリスはリリンたちを諌め、自らの左腕をスッと三人の方へ差し出した。手首には黒、紫、緑の糸で編み込まれた物が付けられている。
「これが……」
フィタよ、とリリスが説明をする前にジューゴが喰い入るようにリリスの手首に掛かっているそれを見つめながら。
「ミサンガだろ、それ」
一切視線を外さず、その瞳に熱を宿しながらそう呟いた。ネネとトトは不思議そうに、ジューゴと、リリスの手首にあるフィタ……ミサンガを交互に見やった。
ジューゴの脳内でかつての小さな小さな奇跡が流れ出した。親たち全員が祈りながら編んでくれたミサンガ。親はもう全員この世に居ない。ジューゴもそうなる運命だったのに、ミサンガが切れた時、親たちの祈りが通じたのか神の気まぐれか。ジューゴは今もこうして生きながらえている。
リリスはクスリと小さく可愛らしく笑ってから、そうね、とジューゴに返事をした。
リリスはあまり人族の文化に詳しくない。それは他者に対しての興味がなかったからだ。今でも自分本位で生きている。
それでも、このフィタと呼ばれていた、今はミサンガと呼ばれている手編みの飾りは気に入っている。不思議で愛らしい子どもたちに勧める位には。それに、子どもたちの祈りが込められたソレを身につける人物にも興味があった。
「それにする!」
「すごい、きれい! ありがと、りりす!」
「そう、よかった。行ってらっしゃあい、んふふ」
「じゅーご、いこ!」
「はやく、いこ! はやく、はやく!」
「あっ、おい!」
子どもたちは瞳いっぱいに光を溢れさせ、ぐいぐいとジューゴを引っ張っていった。リリスはヒラヒラと手を振りながら、未来に思いを馳せて満足そうに笑みを零したのだった。
蛇男は少女に逆らえない R @-x-
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