第42話 明るい朝

 その日は珍しくネネとトトが一番最初に目を覚ました。夜遅く、大乱闘が始まった頃に宿屋へ戻ってきたスィーとダダンはもう一つのベッドでまだ眠っていた。


 子どもたちは静かに起き上がり、眠気まなこを擦った。スィーとダダンを起こさないように部屋を出てシクティアスの元へと向かったのだった。

 案の定シクティアスは食堂で椅子に座りながら厨房にいるジューゴと雑談をしていた。


「ああ、おはよう二人とも」

「「おはよ!」」

「元気じゃのお」


 シクティアスはニコニコ微笑みながら子どもたちを見つめた。それからジューゴへ視線を送った。ジューゴは初め作業に集中している振りをして無視しようとしたが止めた。


「おはよう」


 ボソリと低い声が食堂に落ちた。


「「おはよ、ジューゴ!」」


 子どもたちは声を合わせて元気に答えた。

 二人はシクティアスの座っている席の向かい側に座った。一緒に朝食を食べようと思ったのだ。それから、相談もしたいと思っていた。スィーとダダンを起こさずここへ来たのはその為だ。


 朝食は直ぐに出来上がり、子どもたちは自分の分をひっくり返さないよう丁寧に運んだ。ジューゴは何も言われずとも一緒の席についた。

 パン、卵焼き、燻製肉ベーコン紫の果実グレープ、優しい香りのスープ。子どもたちはだらだらと溢れるヨダレをゴクリと飲み込み、尻尾をブンブンと振った。


「ヨキカテヲ!」

「ヨキカテヲ!」


 挨拶をするや否やガツガツと朝食をにかぶりつく。シクティアスはほっほっほ、と笑いジューゴは唸ってから子どもたちに注意を促した。


「そんな風に喰ってっと、喉につまらすぞ。ゆっくり喰え」

「ん、ん、はあい」

「じゅーご、おいし、これもこれも、すき!」


 シクティアスはいつまでも優しい笑みを絶やすことなくジューゴと子どもたちを見つめていた。まさしく望んでいた光景がそこにあった。


 ずっと他者と関わる事を否定してきたジューゴは、精神が身体に追いつくことが出来なかった。シクティアスはそれでも良いと思っていた。彼の過去を思えば仕方ない、傷が癒えるまで付き添う覚悟は出来ていたからだ。

 だが、スィーと出会いダダンやネネやトトを見る内にそれは間違っていたのだと気付いた。過去は変えられない。しかし今から少しずつ未来を良くしていくことは出来る。


 何も変えず過ごすという事は、永遠と過去に囚われて生きる事と同じだった。


 スィーは些か生き急いでいるように思えてならないが。傷を負ってもぶつかっても、そのおかげで分かることや成長することは幾らでもある。過去に囚われていたのはジューゴだけではなく、シクティアスもまた同じだったのだ。


「あす、あす! あーすー!」


 トトの何度目かの呼び声でシクティアスは深い思考の海から上がってきた。アス、などと呼ばれるのは何百年ぶりか。とても久しい呼ばれ方に大きな笑い声が漏れた。


「ほっほっほ! すまなんだのぅ、どうしたんじゃ」

「お、おい、変なモンでも喰ったのか?」

「あす、どうしたの」

「いたいの? あす」


 三人に心配されて、シクティアスは自分の目から涙が零れ出ている事に気が付いた。アス、とは昔の呼び名だ。彼女と出会う前の、そして彼女に本当の名前がバレた時の。シクティアスという呼び名と今の本当の名前は彼女が付けてくれた名だ。シクティアスは彼女によって覆す名付け改名を施されていたのだ。


 過去は変えられない。忘れたい事も、忘れたくない事も。それに想いはずっと消えないまま、ここに残っている。ジューゴという大切な子が、未来に繋がる子がここに。


「いいや、飯が美味すぎてな! ほっほっほ」

「うん、おいしいね!」

「じゅーご、すごい!」

「あ、ああ!? バカか! さっさと喰え!」


 照れ隠しが下手なジューゴは顔を赤く染めながら喉の奥を鳴らして怒鳴った。子どもたちはきゃあきゃあと笑いながら、ご飯を食べ進めたのだった。


 四人がご飯を食べ終えると、子どもたちは改めて話を切り出した。


「しーとだだ、ぷれぜんと、したい」

「……せんべつ、ひん、あげる。ぼくたち、しーにもらった」


 お金はスィーの言伝によってパーピーからたんまりと貰っていた。露店の手伝い賃だそうだ。袋に入った沢山の銅貨は血のようなワインが物凄く売れたことを証明していた。


「良い考えじゃな。ジューゴ一緒に行ってやりなされ」

「だけど、まだ他の客が居るじゃねぇか」

「ワシじゃてお相手くらい出来るわい」

「ケッ、そうかよ」


 食べ終えた食器を片すと、シクティアスが慣れた手つきで洗い物を始めた。ネネとトトは「ありがとう」と「お願いします」を伝えて食堂を出た。

 ジューゴの心の中に嫌な気持ちは少しもなかった。寧ろ楽しみだとさえ思っている。出会った時はあんなにも邪魔だと思っていたのに、触れ合ってしまえばこうも気持ちが変わるものなのか。


 こうして、ジューゴ、ネネ、トトのお買い物は始まったのである。

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