最終話
一時間後。
高橋は少し疲れた顔で、柔らかなクッションが敷きつめられたベッドに腰掛けていた。
壁に背を預け、ゆったりと脱力する体が傾く。
それを優しく抱きしめて、頬にかかる髪を梳いた。
くすぐったそうに顔を逸らす高橋を、もう一度抱き寄せてその柔らかな体をしっかりと支える。
…………橘が。
「いいよー! すごくいいよ! その仕草!! 最高だよ!!」
俺はそんな二人を、あらゆる角度からスマホで激写していた。
「でゅふふふ。高橋殿~橘殿~。尊いでござるなぁ~。もっと身を寄せ合ってもいいでござるよ~」
橘のアパートのベッドの上。
死んだ魚のような目で頑なに視線を逸らす高橋と、諦めきった顔で役に殉じる橘の姿をひたすら画像データに残していく。
そう。
何を隠そう、俺は百合豚だ。
あの日、廊下で高橋が泣きじゃくる女の子を優しく抱きしめている光景を見た時から、俺は女の子同士の仲の良さに萌えを感じるようになった。
女の子同士がはしゃぎ合っているのを見るのが好きだ。
気軽に腕を組み、背中に抱き着き、髪を結んであげるのを見るのが好きだ。
同性だからこそできるスキンシップに恥ずかしがるところを見るのが好きだ。
友達が他の子と仲良くしていたときに拗ねる表情が好きだ。
そして何より、『姉』キャラと『妹』キャラが睦まじく過ごしているところが好きだ。
慈しみの眼差しで『妹』を撫でる『姉』。
尊敬と甘えの瞳で『姉』に寄りそう『妹』。
震えるぞハート!
萌え上がるほどヒート!!
俺はずっと、高橋は理想の『姉』だと思っていた。
意思が強く、面倒見が良くて頼りになる。
そんな高橋を慕うグループの女子たち。
彼女らが教室でBL談義に花を咲かせているところを見るのが、高校時代の俺の唯一の楽しみだった。
その代償に自分をBL妄想のオカズにされることなど、いかほどのものか。
けれど、先ほど見た高橋の表情は、俺の百合観念を根底から覆した。
潤んだ瞳で年上の女性を見つめるその表情は、まさに理想の『妹』そのもの。
なんてことだ。
これぞ。
これぞまさに……。
「コペルニクス的転回……!」
「「コペルニクスに謝れ」」
ベッドの上の女子が蔑んだ瞳で俺を罵倒するが、むしろそのシンクロした声が俺をさらなる萌えの爆風に晒した。
「二人とも息ぴったりでござるなぁ~。もうこれは運命。運命の相手としか思えないでござる~!」
「三崎クンさぁ。せっかく普段はシュっとしてるんだから、その興奮するとオタク口調になるの直したほうがいいわよ?」
「三崎のこんなトコ、見たくなかった……」
俺はずっと、己の百合妄想を昇華する術を持たなかった。
ただ高橋が友達と仲良くしているところをチラ見することしかできなかった。
だからこそ、俺は長年続けてきた水泳をやめて、美術サークルに入ったのだ。
最初は漫研に入ることも考えた。しかし、一応俺にだって見栄はあるのだ。今までずっと水泳を続けてきた手前、大学に入って漫画描き始めました、はハードルが高い。
だからこそ、美術サークルで人物画の描き方を学び、己の妄想をそこに注ぎ込もうと考えた。
そして、一人こそこそと絶望的に下手な百合絵を描いてはモンモンとしていたところ、たまたま教室で鉢合わせた橘とぶつかり、互いの荷物を床にぶちまけてしまった。
俺の下手くそな百合絵と、プロの描いたBL絵がミックスされてキャンパスの床を穢したのだ。
二人そろって顔を蒼褪めさせ、とにかく人に見つかる前に全ての絵を回収しなくてはならないと、互いにひたすら目の前の紙を拾い集めた。
そして知ったお互いの弱みを質に取り、協力関係を結ぶことになったのは既に話した通り。
そうだ。
俺には橘がいる。
いかにもお嬢様然とした、正統派の『姉』キャラ。
俺はこの天恵に心から感謝した。
俺の告白を受け唖然とする高橋を殆ど拉致するように引っ張り、橘に紹介。
そして今、二人に百合カップルのモデルを務めてもらい、ひたすらそれを激写しているわけである。
「はあ。はあ。たまらんでござる。たまらんでござる。
次々と溜まっていく画像データに俺の興奮もボルテージを上げていく。
この画を元にしてイラストを描きまくろう。
描いて描いて描きまくろう。
今ならできる気がする。
俺の理想と妄想を表現した至高の百合絵。
そうだ。
これは始まりにすぎない。
ようやく俺の道に光が差したのだ。
やるぞ。
やってやる。
「神百合絵師に、俺はなる!!!」
ちゃんちゃん♪
女友達が隙あらば俺を腐った目で見てくるんだが lager @lager
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