第5話

 そして、数分後。


「申し訳ありませんでしたぁ!!」


 一人の男が、人目も憚らずに深々と土下座していた。

 

「いや、あの。大丈夫だから」

「ちょっと、やめようよ。なんともなかったし」

「そうそう。みんな気にしてないし」


 それをおろおろと、数人の女子が見下ろしている。

 コンクリートに額を打ち付け許しを請う哀れな男――


「ええっと、三崎クンだっけ? ホントに気にしてないからサ。こっちこそゴメンね、大事な彼女に馴れ馴れしくしちゃって」

 爽やかなイケメンフェイスを困惑させるが、顔を真っ赤にさせて俯いた高橋と俺を交互に見ながら慰めの声をかける。

 俺はそんな言葉に応えることもできず、ただただ額をこすり付けることしか出来なかった。



 ことの真相はこうだ。


 BL小説書きが集まるSNSで知り合った人たちとオフ会をすることになった高橋だったが、当日初めて知ったことには、高橋以外の全員がリアルでも知り合いだったのだとか。

 その上、全員が高橋より3~5歳年上で、微妙な世代差ジェネレーションギャップによって一人だけ話についていけない場面がチラホラ。

 そして最悪なことに、今腐女子界隈で一番アツい一般漫画について語ろうとしたところ、なんと高橋だけが逆カプという地獄絵図。

 震える手で思わず俺にメッセージを送ってしまったところ、気を利かせた参加者の一人に話の輪に引っ張り込まれ、それ以上のメッセージを送ることが出来なかったのだとか。


 その後は一番年長者の女性に気にかけてもらうことで何とか気まずい雰囲気は解消された。そして、ここはカラオケにでもカチ込んで歌って全てを誤魔化そうという提案のもとファミレスを出たところ、猛牛のような勢いで突進する男が闖入してきた、という運びであったのだ。


 俺の横で高橋もペコペコと頭を下げ、結局その日は俺と一緒に帰ることにしたらしい。


「ゴメンね、こっちこそ。ちゃんと言っとけばよかったね」

「また会おうね」

「新作の太中待ってるね」

 みなさん高橋を部活の後輩のように可愛がっていて、高橋も照れくささと申し訳なさで顔を赤くしたままそれに応じていた。


 潤んだ瞳で年上の女性陣を上目遣いに見る高橋の顔は、俺が今まで見たことのないものだった。



 そして。


「ホンっっトに恥ずかったんですけど」

「ゴメンて」

「いやマジで。超怖かったよ、あんた」

「心配かけさせんなよ」

「……ゴメン」


 チェーンの外れた自転車をカラカラと押して歩く俺の半歩後ろを、高橋がとぼとぼと歩いていた。

 時刻はまだ昼過ぎで、雲間に差す陽の光がチリチリと肌を焼く。

 

「ねえ、三崎」

「ん?」

「私のこと、心配してくれたの?」

「……」


 いつになく小さく語り掛ける高橋の声は、俺に先ほどの光景を思い出させた。

 潤んだ瞳。上目遣い。甘えた顔。

 俺が今まで見たことのなかった顔。


「だ、ダメだからね」

「あん?」

「三崎には、水樹先輩がいるんだからね」

「いや、だから俺、今カノジョ――」

「三崎?」


 その時、俺の脳に、電流が走った。


『ねえ、もういいんじゃない? あの子にだけは打ち明けちゃっても』


 いかにもお嬢様然とした橘の姿が脳裏に過る。

 そうだ。

 俺には偽の彼女がいる。


 そして、高橋コイツは――。


 勢いよく振り向いた俺に、高橋は虚を突かれたように肩を跳ねさせた。


「な、なに……?」

「なあ、高橋」

「あの。待って。私、その――」

「付き合ってくれ」

「ふへぇ!?」


 奇声を発した高橋の肩を掴む。


「俺、お前のこと、ずっと――」


 初めて見るその表情かおを、俺は真っ直ぐ覗き込んだ。

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