第3話(終)「ふしぎなメガネ」



 放課後になりました。結局あれから優衣ちゃんとは話してません。彼女のことも積極的に避け、ただ幸太君の告白の準備に集中しました。私は校舎裏で部活終わりの彼を待ちます。




「……あ」


 幸太君が私の方へ向かって歩いてきます。私の頬に冷や汗が流れます。


「君は確か……いつも部活見に来てくれる……」

「は、はい! 1年の入野美雪です!」


 先程私は陸上部の部室に行き、幸太君のバッグに手紙を入れました。「伝えたいことがあるから校舎裏に来てください」と書き、彼が運動場で走っている間を見計らい、彼の荷物に忍ばせてきました。彼は部活が終わった後に気付き、ここに来たのです。


「それで、伝えたいことって?」

「……」


 私は勇気を出して、手に持っていたメガネをかけました。そして、彼に顔を向けました。






「……え?」


 彼の頭上には0と表示されていました。


「どうしたの?」

「そんな……嘘……」




 私は絶望しました。彼が一番私を嫌っていたのです。


「あ、あぁ……」


 彼なら私のことを快く思ってくれていると信じていました。彼がいつも部活中に見せてくれる笑顔からは、嘘偽りのない純粋な心が感じられたのです。本当にファンを大事にしてくれていると思っていました。


 しかし、それもまやかしでした。彼も内心人を嫌っているのです。


「あの……大丈夫?」

「……!」


 私はいたたまれなくなり、その場から逃げるように立ち去りました。











「もう嫌だ……」


 私は教室の自分の席に座り、ふて寝してしまいました。もう誰も信じられません。誰も信じたくありません。一番の友達だと思っていた優衣ちゃんからも、大好きな幸太君からも嫌われていました。無関心の方がまだよかったです。

 しかし、あの時の0の数字が私の脳裏に焼き付いて離れません。


 一体私の何がダメなのでしょうか。考えてもわかりません。とにかく私は人から嫌われる嫌な奴のようです。私は嫌われ者……私は……


 私なんて……いない方がよかったのかな……




「美雪」


 教室に優衣ちゃんが入ってきました。私は顔を伏せたままにします。いつも通り私を慰めにきたのでしょうか。でも私は彼女の言葉なんか聞きたくありません。嫌っているのなら、気安く話しかけてこないでほしいです。


「何か嫌なことでもあったの?」


 私に聞き出してきました。確かに今日の私は、端から見れば怪しく見えるでしょう。目で見えた好感度を頼りに行動していたのですから。


「……」


 私はこの際全てを打ち明けることにしました。優衣ちゃんに事実を話して、己の醜さを実感させてやろうと思いました。


「……優衣ちゃん」




 私はメガネのことを話しました。優衣ちゃんや幸太君が私に抱いている好感度のことも。全て打ち明けたら、私の方から嫌ってやるつもりです。普段から優衣ちゃんが私のことをそう思っているように。


「そうなの……」

「うん」


 さぁ、言ってやります。「アンタなんか大嫌い」だって。








「……ごめん」

「え?」


 優衣ちゃんが突然謝り始めました。何のつもりでしょうか。


「私は心の底から美雪のこと大親友だと思ってる。美雪と一緒にいっぱい遊んで、いっぱい笑った。困ってる時は手を差し伸べてきた。とにかく親友として、一生懸命接してきたつもりだった」


 段々優衣ちゃんの瞳にも、大粒の涙が浮かんできました。


「でも、足りなかったんだね……好感度が9ってことは、私は美雪の親友をしっかり果たすことができなかったんだね……ごめんね……美雪……」


 優衣ちゃんは私の手を握りました。次の瞬間、私は彼女に何を伝えようとしていたのかを忘れました。彼女の嘘偽りのない言葉を聞いたからです。


「こんなこと言っても信じられないかもしれないけど、たとえ美雪にとってはその程度に感じられたとしても、私は美雪のこと大好きだから。これ以上ないってくらいの親友だから」


 不思議でたまりません。彼女の話していることが、好感度9という事実に隠された綺麗事のように聞こえないのです。


「数値として現れてることはわかってるけど、でも……私は美雪のこと絶対に裏切らない。絶対に嫌いになったりしない」

「優衣ちゃん……」

「ごめんね……親友としてしっかりできなくて、ほんとにごめん。これから頑張るから。だから、これからもそばにいてよ……」

「うん……私の方こそごめん……」


 私も一緒になって泣いてしまいました。低い好感度が信じられないくらいに、彼女は私のことを大事に思っていたようです。私は優衣ちゃんの言葉を信じました。本当に嫌っているのであれば、こんなに相手のために涙を流すことなんてできないはずです。


 私はもう一度優衣ちゃんと関係をやり直すことにしました。今度は友達ではなく、親友として。




「美雪、幸太君のところに行くんでしょ」

「え? なんでそれを……」

「偶然手紙書くとこ見ちゃったの」


 優衣ちゃんは私の肩に手を乗せ、我が子を見送る母親のように言いました。


「今ならまだ間に合うわ。行ってきなさい。好感度なんかに惑わされないで、自分の思いを正々堂々と伝えなさい。相手がどう思っていようが、自分の好きな気持ちは嘘じゃないんだから。頑張って、美雪……」


 私はメガネを外し、涙を吹いて答えました。


「うん、ありがとう……」








「幸太君!」

「あ、入野さん!」


 校門付近で幸太君を見つけました。


「さっきはごめんなさい」

「急にどこか行っちゃってびっくりしたよ。ずっと探してたんだ」


 驚きました。彼は帰ることなく、私を探してくれていたみたいです。好感度は0なのに……。


「それで、伝えたいことって何?」






「私、幸太君のことが大好きです」


 私は自分の思いを打ち明けました。好感度なんか関係なしに、正直な自分の愛を伝えることにしました。


「幸太君のこと、ずっと見てました。すごくカッコよくて、優しくて、私の憧れでした。そんなあなたと、もっと一緒にいたいと思ったんです。どうか……私と付き合ってください!///」


 私は思い切り手を伸ばしました。夕焼けに染まる校舎に吸い込まれるように、私達の間を一陣の風が通り過ぎました。






「うん、こちらこそよろしくね」


 彼は私の手を優しく握ってくれました。


「え? いいんですか……?」

「あぁ、もちろん」

「え、あ、あぁ……え? えぇ?」


 またまた私の頭は混乱してしまいました。好感度0の数値を見たときよりも、遥かに衝撃的な反応です。

 

「僕ね、君みたいに誠実で一生懸命な子が好きなんだ。君がいつも大きな声で応援してくれる姿、グラウンドからずっと見てたよ。すごく嬉しかった。ありがとう、入野さん」


 彼は私の手を強く、それでも優しくぎゅっと握ってくれました。彼はなんて素敵な人なのでしょうか。私の目から再び涙が溢れ落ちました。今日はよく泣いてしまいます。


「うぅぅ……ありがとうございます……」

「あぁ、ほら……ハンカチ」


 彼はポケットからハンカチを取り出し、私の顔を拭いてくれました。未使用のものを出してくれるところから、彼の心の底から差し伸べてくれる優しさを感じました。


「これからよろしくね」

「はい……よろしく……お願いします……」


 彼の底知れぬ優しさに、更に涙が止まらなくなる私でした。











「魔女さん、これ」

「ありがとう。どうだったぁ? そのメガネェ♪」


 翌日、私は魔女さんの出店に行き、メガネを返してきました。悲しいことと嬉しいことが同時にあって、楽しめたかどうかと聞かれると、とても複雑な心境です。


 それでも……


「ありがとうございました。とっても楽しかったです!」



 最後には嬉しさが勝って、結果的にはすっきりしたんじゃないでしょうか。魔女さんには感謝するべきだと思いました。私は魔女さんに頭を下げました。


「それはよかったぁ。なんか嬉しそうだけど、メガネのおかげでいいことでもあったのかなぁ?」

「えぇ、まぁ……///」


 魔女さんに見透かされてました。優衣ちゃんとの友情を再確認できたのも、幸太君と付き合えたのも、実質このメガネのおかげです。


「どうだい? 一ヶ月500円でまた使ってみないかい?」

「いえ、遠慮しておきます(笑)」


 私は丁寧にお断りしました。やっぱり相手からの好感度なんかに惑わされないで、自分の気持ちを大事に相手と接していきたい。今回の件でそう思いました。でも魔女さん、ありがとう。


「それじゃあ、失礼します」

「うん」


 私はメガネを魔女さんに手渡し、帰りました。




「あ、そうだ」


 私は彼女に伝えるべきことを忘れてました。




「魔女さんの嘘つき♪」

「フフフ♪ またいつでもおいでぇ」


 私は魔女さんのいじわるで優しい嘘に見送られ、スキップで帰りました。今度の日曜日は幸太君とデート……今からとっても楽しみです。




   KMT『ふしぎなメガネ』 完


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