第2話「人付き合い」



 次の日、私は早速学校でメガネをかけました。このメガネは意外と使い勝手がよかったのです。


しげる君、数学のノート……私の代わりに先生に提出しといてくれない?」

「は? い、いきなり何だよ」


 クラスメイトの男の子に頼み事をしました。彼の頭の上には82と表示されています。100段階中82……彼は私にかなりの好感を抱いているようですね。彼ならきっと頼み事を聞いてくれるのではと思い、話しかけてみました。


「ねぇねぇ~、お願い♪」

「あぁ? くそっ、めんどくせぇな……」


 男子生徒は嫌そうな態度をとりながらも、ノートを受け取って教室を出ていきます。好感度の高さのわりに、随分と私を鬱陶しく感じているようです。


 しかし、私にはそれが単なる照れ隠しであることがわかっています。頭上の数字を見ればわかります。自分の好意を悟られないように、ああやってあからさまに嫌悪感を出してるのです。不思議なことに、人間は本能的に好感を抱いている人には、逆に不親切な態度をとってしまうみたいです。




「ねぇ入野ちゃん、ちょっといいかなぁ?」


 突然廊下で初対面の男子生徒に声をかけられました。いや、何度か顔は見たことはあるのですが、話したことは一度もない人です。別のクラスの人ですね。


「俺、前から入野ちゃんのこと気になっててんだよね~。よかったら友達にならない?」


 私は男子生徒の頭上に21と表示されていることに気が付きました。私は瞬時に悟りました。この人は私と付き合うのが目的だけど、私のことはそこまで愛してはいない。誰でもいいから彼女が欲しいだけの女たらしだと。


「ごめんなさい、お断りします」


 私は冷たく返し、逃げ込むように自分の教室に入りました。彼は諦めて離れていきます。




「入野さん、消しゴム落としたよ」


 授業中、隣の席の女子生徒が落とした消しゴムを拾ってくれました。彼女の頭上には50と表示されていました。

 ピッタリ真ん中。どうやら好きでも嫌いでもないようです。クラスメイトの好感度を何人か見てきましたが、ほとんどが50代の平均的な数値でした。


 そういえば好感度と言っても、必ずしも恋愛的な意味の「好き」の度合いを示すわけではないようです。同性を見た場合、友情としての好感度がわかるということですね。




「……」


 このメガネで、一通りクラスメイトの自分に対する好感度を確認しました。そして好感度の高い生徒に頼み事をするという行為を繰り返しました。

 みんな最初はめんどくさがってはいるものの、気迫で押してしまえば引き受けてくれます。自分を好いているから楽勝です。


 逆に好感度の低い相手は徹底的に避けました。メガネをかけてわかったことは、人は予想以上に見かけの行動と、心境が相反しているということです。

 例えば、自分に対する好感度が低いものは、逆に好意的に接してきます。態度は優しげでありながら、相手のことをそんなに大事に思っていないわけです。人間というのは心に裏があるのだと知りました。結局この世界は腹黒い人間がほとんどなのですね。


「ふふふ♪」


 このように、好感度可視化グラスは非常に役に立ちました。自分に好意を抱いている人には色々なお願い事を聞いてもらって、抱いていない人とは関わりを避ける。

 そのような使い方で、私は人との付き合いをやり過ごすことができました。好感度が数値としてわかることで、効率的な人付き合いが可能になったのです。


 私は生まれ変わったような気分になりました。




 昼休みになりました。私はメガネのレンズを布で拭いています。大切な我が子を撫でてあげるように。


「ふふ……ふふふふ♪」


 思わず笑みが溢れてしまいます。まるで違う誰かが乗り移ったように。いえ、それは決して悪い意味ではありません。私はようやく生まれ変われたのです。このメガネのおかげで、自信がなく地味で気弱な人間から脱することができたのです。


 実際にクラスメイトに勇気を出して頼み事をすることができた。言い寄ってくる男子生徒を払い除けることができた。毅然とした態度でものを言うことができるようになったのです。


「よし!」


 もう自信は十分に付きました。この後幸太君に告白してきます。これまでは自分なんか見てもらえていないと諦めかけていましたが、今は行動に移す勇気が湧いてきます。


 まぁ、その前に彼の私に対する好感度を確認しないとですが。今日は彼は朝練をしておらず、まだ一度も会っていません。放課後の部活で確かめるつもりです。




「美雪」


 後ろから声をかけられました。この声は優衣ちゃんですね。そういえば朝から彼女とは話してませんでした。


「優衣ちゃん……」

「今日の美雪、なんかいつもより立ち振舞いっていうか……様子が違うね。自信に満ち溢れてるって感じ」


 優衣ちゃんは自分の机をくっ付けてきて、上に焼きそばパンを置きました。私と優衣ちゃんはいつも一緒にお昼ご飯を食べています。お昼ご飯の間に恋の相談に乗ってもらうこともしばしばです。


「そういえば、そのメガネどうしたの?」

「え、あ、その……イメチェンだよ」

「ふ~ん、なかなか似合ってんじゃん♪」


 優衣ちゃんは可愛い笑顔を向けてくれました。彼女はいつも私の喜ぶことを言って、喜ぶ行動をしてくれます。彼女と気が合わなかったことは一度もありません。本当に優しいお友達です。


 カチッ

 私は再びメガネをかけました。






「……え」




「美雪、どうしたの?」






 優衣ちゃんの頭上には9と表示されていました。








 私はトイレに駆け込みました。なぜでしょう。散々クラスメイトの私に対する好感度を見てきました。たとえ相手が私を全く好いてくれてなくても、微塵も気にしませんでした。


 それなのに、優衣ちゃんの低過ぎる数値を見ると、思わず離れたくなるほどの衝撃を受けました。ずっと友達だと思っていたのに……仲良しだと思っていたのに……優衣ちゃんにとっては私はその程度の存在だったのです。


「うっ……うう……」


 私は堪らなく泣き出してしまいました。心の底では「コイツの相手めんどくさいなぁ」とか「ウザい……それくらい自分で解決しろよ」とか、思っていたのでしょうか。

 いずれにせよ、彼女が私のことを嫌っていることは数値に現れています。なぜ私のことを嫌っていながら、私とお友達でいてくれたのかはわかりません。


 ですが、一つだけわかったことがあります。人間は見かけは良くても、皮を破れば醜い本性が姿を現すこともあると。




「……」


 私は立ち上がりました。なぜか涙が止まるのに時間はかかりませんでした。きっと吹っ切れたのでしょう。私はもう優衣ちゃんを友達として見ることはやめにしました。所詮人間なんてそんなもの。心の底から好きでいてくれる人しか、信用できません。


 彼女に対する信頼は、涙と共に流してしまいました。


「やっぱり……私には幸太君だけ……」


 まだ私にはやることがあります。幸太君の私への好感度を確認しなければなりません。優衣ちゃんには失望しましたが、人気者で人格のできた彼なら、誰に対しても平等に優しいはず。きっと私のことも好感を抱いてくれてるはずです。


 私はメガネを握りました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る