へっぽこ探検隊始動!
何回か折り返して登ると、階段へ入ってきた時と同じ大きな扉が現れた。先程と同じようにカードをかざして開ける。
扉の先には、細長い廊下に、白い扉が並んでいる、至って平凡なフロアだった。オフィスの廊下、と形容すれば早いだろうか。出てきた廊下とさほど変わらないが、横幅が少し狭い。また、その先の廊下の長さは、先程のものよりは短いように感じた。
そのうちの一つの扉をシェルが開ける。扉の横には「会議室1」と書かれていた。
「おはようございます。」
出迎えたのは、白衣を纏った一人の研究員だった。先程見つけたものと同じカードケースを首にかけている。名前は「御山徹(みやまとおる)」と記載があった。
「あれ、みやま、ひとり?」
シェルが話しかける。
「ああ、みんな忙しいみたいで。留守番僕に任せて行っちゃったの。」
御山ははあ、と大きな溜息をつきながら立ち上がると、新樹の前まで歩いてきた。その後、新樹の顔を覗き込むと、また大きなため息をついた。
「あ〜…… すっかり別人じゃないですか。」
「別人?」
「記憶が無くなる前と。できるんですか? 仕事。」
御山は困ったようにそう言うと、振り返り、座っていた机から何かの書類を引っ張り出してきた。
「ほら、これ。」
内容は、魂と肉体の関係を詳らかにした例の論文だった。これは新樹の父親が記したものだ。知らないわけがない。
「……新樹真が2036年に発表した論文だ。」
何となく、論文名は避けた。新樹真はこの論文をきっかけに数々の不正を疑われ、学術界を実質追放されている。こんなものを突然見せられるのは、あまり気分のいいものでは無かった。
「これが一体どうしたんですか。」
新樹は御山に向かって言った。なるべく平穏に、と意識した。しかし、御山にとってその反応は相当面白かったらしい。
「ッはは、ガチで覚えてないんだ〜! すっげ〜時代遅れ! あの新樹慎治が!? ウケる!!」
御山はひいひいお腹を抱えて笑っている。
「……」
実際新樹は多少気分を害していたが、記憶の無い間に何があったのかの方が気になっていた。
「この論文について、何かあったんですか?」
「あ〜、おもしろ、え? あ、まあ……w」
御山は涙を拭い、新樹の背中をバンバンと叩く。
「ってか、その敬語いらないから! ゾワゾワする……てか、笑っちゃうんで!」
御山は一応の敬語を使い続けているが、新樹はですもますも使うな、と言われ、混乱する。元が上司と部下なんで!と押し切られ、仕方なく、そうすることにした。
「え〜と……で、この論文がどうかしたのか?」
「どうかしたも何も、ここはこの『魂』について、研究してるとこなんですから。」
そう言われて固まってしまう。この「魂」は、根拠が全くない、他のどのチームが状況を再現し、観測しようとしても不可能だったと、一度は否定されたはずだ。それがなぜ? 御山はまた笑っている。
「あるんですよ、魂。」
安っぽいCMのように茶化して言う御山に、腹を立てそうになるのを堪える。そんな馬鹿なことがあるものか。新樹慎治は、その再現をしようとした研究室に属していた。まあ、色々と言われた。父親がそんなことをする人間ではないと、本気で信じていたのは新樹慎治本人だった。
「だって、あれは、偽物で」
当時自分が自分に結論づけた内容を、並べる。あれは結局、無いものを空想した、あるいは金稼ぎのために国家ごと騙してのけた、愚かな研究員のでっち上げだったのだ。
「だぁから……」「なら、」
どうして、俺はあれだけ揶揄されなければならなかったのか、どうして俺たちはアイツにたどり着けなかったのか。いや、これは、御山には関係ない、理不尽な問いだ。
「……誰が、どうやって見つけたんだ」
御山は俺が思ったより動揺したことに驚いたような顔をして、次に困ったように笑った。
「知らないっす。」
「え?」
「だから、知らないっす。」
「は?そんなことないだろう、だってここで……」
「ね〜! まだ〜!?」
シェルが痺れを切らしてぱたぱたと手足を暴れさせている。
「僕もここに来てから知ったんで。これが本当だってこと。それからも忙しかったんで詳しくは知りません。誰かがこの研究所を作って、この技術を作って、僕らを働かせてる。知ってるのはそれだけ。」
「そんなわけ……」
「はいはい、めんどいな〜。だったらさっさと思い出してくださいよ。仕事にならないし。」
御山はそれ以上の説明はめんどくさがってしようとしなかった。
「実験の事故……」
代わりに御山は、新樹の病状について説明を始めた。もし本当に魂に干渉できるなら、分からないこともない。記憶に関する部分が壊れてしまったのだという。自分があれだけ否定した何かが自分の身を冒しているという事実に目眩がしてきたところで、御山は話を打ち切った。
「とにかく、これからは検査と治療に専念っすね。あ、あと……」
御山はそう言ってシェルの方を指さす。
「シェルちゃん、アンタに懐いてんすよ。」
シェルは大きく頷いた。白いアホ毛がぴょこんと揺れる。
「治療仲間同士、仲良くしてくださいね。新樹所長は、シェルちゃんお世話係に任命!」
「……は?」
正直もう頭がいっぱいいっぱいなのに、さらにコイツは何を言い出すのだろう。
「じゃあねじゃあね、わたし、あらきにここ、おしえる!」
シェルは新樹の手を強く握り、かけ出す身振りをした。
「たんけんする〜!」
そういうことか。物分りのいいやさしい子だ、と思うと同時に、いや、お前が教えてくれよ、と御山に対して思う。
シェルにずるずると引きずられていく新樹に、御山は満面の笑みで手を振っていた。
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形而上の生花 暖花音 @Akane_sousak
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