未来を守る戦い

「で、湿原に出てきた変な魔物を倒せば未来は変わらず済むのよね?」

「ああ。そのはずだ」

「どんな魔物?」

「見たこともない黒い魔物だった」

「どこに行けば魔物と会えるの?」

「……わからない」


 バルオキー村と王都の間に広がるカレク湿原を歩きながらアルドは困った顔で言った。

 彼の1年前の記憶ではこうだ。湿原でツルリンという植物系の魔物を狩っていた彼ら警備隊は見知らぬ黒い魔物と遭遇してしまった。彼らは若さゆえの功名心から戦いを挑んだが、全く歯が立たずに返り討ちにあった。

 アルド達は散り散りになって逃げ、その後で討伐された魔物を発見する。フィーネたちの依頼を受けた未来のアルド達が倒したのだろうが、その魔物を見つける方法が問題だった。アルドはその方法を知らないのだ。


「わからないって……自分が倒したんでしょう?」

「違う!それは未来の俺たちであって1年前の俺はそんな事知らないんだよ!」

「その1年前のアルドは今のあなたでしょ!」

「今の俺だって未来の俺の真似をしてるだけなんだ!先の未来の俺に聞いてくれ!」

「2人とも落ち着くでござる!頭が混乱してきたでござるよ!」

「ソウデス!過去のアルドさんたちに気づかれたら面倒デス!」


 サイラスとリィカが仲裁し、2人とも慌てて口を押えた。

 1年前のアルドたちは謎の覆面冒険者に出会ってはいない。ここで過去の自分と出会わず、彼らを襲う魔物と討伐しなけば未来が変わってしまうので慎重に行動しなければならなかった。

 しかし彼らは謎の魔物の見つけ方がわからず広い湿原を探し回っていた。


「魔物の死体はどの辺りで見つかったの?」

「うーん……むこうの方だったような……」

「ざっくりしすぎ。頼りにならないわねえ」

「仕方ないだろ。倒したのは俺じゃなくて未来の……いや、この話はもうやめよう」

「ええ、魔物を探しましょ」


 湿原の中を歩いていれば見つかるのではないかと4人が歩いていると「ピピイッタ」と不思議な鳴き声をした植物の魔物が現れる。


「なにこれ?」

「ツルリンだよ」

「なにその可愛い名前?」


 エイミは吹き出しそうになり、蔓をくねくね揺らす魔物を観察した。


「ここによく出る魔物なんだ。実や種は食用になるし、草は薬になるから素材集めに良く狩られてる」

「へえ。ツルリンね。どっかで聞いたような……せいっ!」


 エイミは飛び掛かってきたツルリンを正拳突きで粉砕した。

 気味の良い音を立てて砕けた実が地面にばらばらと散らばる。


「容赦ないでござるな……」

「だって襲ってくるんだもの」

「他の個体も来マシタ!」

 

 リィカの警告通り、ツルリンが群れを成してわらわらと近寄ってきた。

 アルド達はそれぞれの戦闘スタイルで魔物の群れを討伐してゆく。


「やけに数が多いわね」

「ああ。この頃はツルリンがやたら繁殖して大変だったんだよ」

「ナルホド。ツルリンが増えてこの湿原を通過できないと王都に行けないからデスネ?」

「そういうことだよ、リィカ」


 この湿原には王都とバルオキー村を結ぶ街道がある。

 そこを危険なままにはしておけなかった。


「ツルリンってやっぱりどこかで聞いた気がするわね……」

「え?何が?」


 エイミのつぶやきが聞こえたアルドは聞き返した。

 お互いにツルリンの蔓を回避して反撃しながら器用に会話している。


「ツルリンが大繁殖したって何かの本で読んで……ああ、そうだ!」


 急に何かを思い出したエイミはツルリンの蔓を引っこ抜きながら言った。。


「ど、どうしたんだ?」

「王都近郊で起きたツルリン大繁殖事件!歴史の本で読んだのよ!」

「これが本に乗ったのか?」

「そうよ。約800年前に正体不明の魔物が現れた前兆で……え?それってひょっとして……」

「エイミさん、過去データに該当がアリマス!」


 リィカが目の光をぴかぴかと点滅させて言った。


「800年前、カレク湿原で発生シタ植物系魔物の大量発生!それに付随スル正体不明の黒い魔物の出現デス!仮名でレーゲンヴルムと呼ばれてマシタ!」

「それが今日って事か!?」


 800年後の世界にその記録が残っていることにアルドは驚愕した。

 バルオキー村が消失し、大地が浮遊する時代になっても過去の伝承や事件は書物として残り、やがて曙光都市エルジオンの図書館で電子データとして保存されるようになった。エイミはその記事を偶然読んでいたらしい。


「魔物の死体が見つかった場所はわかるか?」

「そんな細かい事まで覚えてるわけないでしょ!」

「お待ちクダサイ!全データを検索中デス!」

「アルド殿が1年前の事件を忘れ、エイミ殿が800年前の事件を知ってるとは面白いでござるなあ」

「何も言い返せないよ……」

「でしょうね!」


 サイラスの感想にアルドは何も言えなかった。

 こうなるとリィカのデータを頼るしかない。魔物を倒しながら一同は彼女の回答を待ち、1分後に回答がもたらされた。


「発見シマシタ!街道の標識から北東に200メートルの地点デス!」

「わかった!そこに行けばいいんだな!」

「しかし不思議でござるな。未来の拙者たちもこうやってリィカ殿に魔物の居場所を教えてもらったのでござろうか?そうなると最初の拙者たちはどうやって居場所を……」

「その話はやめてくれ!」

「とにかく行くわよ!」


 アルドとエイミはサイラスが言った時空移動の謎を中断させ、黒い魔物の出現箇所へ向かった。

 彼らが走る地面には湿原特有の魔物、サファギンやツルリンの死体がちらほらと現れ、歩を進めるごとに死体の数は増えていった。


「こいつらは黒い魔物にやられたのか?」

「たぶんそうでしょうね」

「データにヨレバ仮名レーゲンヴルムは遭遇シタ生物の区別なく襲い掛かったソウデス」

「凶暴極まりない魔物でござるな」


 彼らは未知の魔物に警戒心と覚悟を決めた。

 そしてサファギンの群れを蹂躙する黒い巨人を視界に捉えた。


「ギアアアアアアアッ!!」

「こいつか!?」

「でかいわね!」


 アルドたちはサファギンを引きちぎる魔物と対峙した。

 それは鎧とも外皮ともつかない漆黒の体を持ち、関節部位から紫紺色の妖光を放っている。生物というより未来のロボットや合成兵士を想起させる無機質な胴体には不釣り合いな小さな頭部が乗っかり、1対の目は憎悪を込めて新しい獲物を睨んだ。


「来るぞ!」


 アルドの警告は衝撃音と重なった。

 魔物が巨体に似合わぬ身軽さで跳躍し、彼らに腕を振り下ろした音だ。鋭い爪が地面をえぐり、五本の爪痕が大地に刻まれたがアルドたちはすでに回避している。


「まずは足よ!!」

「こちらはワタシが!!」


 エイミとリィカが敵の体を支える足に狙いを定めた。エイミは片方の足に真横から拳を振るい、反対側にはリィカが戦槌を横薙ぎにぶち当てることで魔物がバランスを崩す。位置が下がった首をアルドとサイラスの剣が狙った。


「今だ!」

「覚悟でござる!」

「ギイイアアアアアッ!」


 刃が届く直前に魔物は漆黒の鎧を光らせ、地面に何かを送り込んだ。

 そのエネルギーは大地を隆起させ、アルドとサイラスの前に土の壁を創り出す。同時に土全体がうねって尖り、硬質化して2人に襲い掛かった。


「うわっ!!」

「土遁の術でござるか!?}


 2人は土の針をかろうじて飛び退いたが敵の反撃は止まらない。

 魔物は地面を殴りつけて地震を引き起こし、今度はアルドたちは立っていられなくなった。


「きゃあああああっ!」

「くそ!こいつ、強い!」


 アルドたちは距離をとって地震の攻撃範囲から逃れるしかなかった。しかし魔物もじっとしてなどいない。すぐに走り出して最も近い者を襲ってゆく。彼らが最初に攻撃できたのが奇跡だったかのように今度は防戦一方となった。

 800年後に記録が残るほどの魔物。弱いわけがないとアルドも思っていたが、想像以上の強さに危機感を覚える。こんな魔物が王都や村にやってきたらどれだけの使者が出るかわからない。


「リィカ!」


 彼はエイミとサイラスが攻撃を凌ぐ間にある行動を依頼した。

 それはリィカに「正気デスカ!?」と言わせ、電子の脳に混乱をもたらすほどだったが最後には彼女が折れた。


「重大な危険がアリマス!それでもいいデスカ!?」

「ああ!思い切りやってくれ!」

「アルド!なにしてるの!?」

「アルド殿!?」


 エイミとサイラスは魔物の攻撃を避けながら不思議なものを見た。

 リィカの巨大な戦槌にアルドが両足を乗せ、片手でしがみ付いてるのだ。リィカは半有機金属の筋肉を限界まで稼働させ、魔物に向かってフルスイングし、彼を大砲のように撃ち出した。

 体にかかる負荷に激痛を覚えながらもアルドは魔剣オーガベインを構え、柄まで通す勢いで魔物を鎧ごと貫いた。


「やった!」

「ギ、ガアアアアッ!!」


 勝利を確信するアルドだが、戦いはまだ終わらなかった。

 魔物の鎧が解放され、その中には暗黒の空間が広がっていた。アルドはその中に魔剣ごと吸い込まれていく。彼はエイミたちが自分の名前を叫んだのを聞いたが、意識は目の前の空間と同じく暗い虚無と化していった。


 時間も空間も存在しないどこかにアルドは飛ばされていた。

 何も存在しないそこではアルド自身も存在しないに等しい。感情はさざ波一つ立たず、今まで手に入れたことのない安寧の中で彼は自分の声を聞いた。


「早く起きるんだ」


 嫌だ、と彼は思った。

 こんなに安らかな眠りは初めてだった。世界のどこへ行っても手に入らない極上のベッドにこのまま身を預けていたい。邪魔をしないでくれと。


「おい、早く起きろ」


 魔剣オーガベインの声も聞こえた。

 それでも彼は身じろぎ一つしない。

 別の声が聞こえた。


「……お兄ちゃん……アルドお兄ちゃんたら!」


 妹のフィーネの声だ。

 よく晴れた朝の自宅。いつものように彼女に起こされた日から全てが始まった。魔獣が妹をさらい、時空を越えてエイミやリィカ、サイラスと出会い、世界の未来を守るための戦いが始まった。

 それを思い出した瞬間、それまで岩のように重かった彼の瞼が開いた。

 目の前には紫色の鍾乳洞とでも呼ぶべき部屋が広がっている。その中央には巨大な水晶が鎮座しており、レーゲンヴルムと名付けられた魔物の本体だとアルドはなぜかわかった。


「さあ、早く斬って帰るぞ」


 オーガベインがそう言った気がした。

 彼も異論はなく、魔獣の魂が宿った魔剣を持ち上げて一気に振り下ろす。

 ダイアモンドを斬ればこんな音が鳴るかもしれない。そんな破壊音に魔物の悲鳴が重なった。苦痛と怨嗟、そしてどこか安堵を含んだレーゲンヴルムの断末魔だった。

 無が破壊され、時間と空間が彼の体を飲み込んでゆく。


「アルド!起きて!」

「アルド殿!起きるでござる!」

「アルドさん!応答してクダサイ!」

 

 アルドが目を開くと3人が驚きと安堵の表情を作った。

 彼が体を起こすと横には黒い魔物の死体が横たわっている。オーガベインは横から突き刺したはずなのになぜか魔物の体は中央から縦に両断されていた。まるで彼が無の境地で斬った水晶のように。


「ええと……勝ったんだよな?」

「ええ。いい一撃だったわ」

「しかし無茶のしすぎでござるよ」

「アノような作戦は極力控えてクダサイ」

 

 仲間たちは魔物が縦に両断されているのが不思議ではないらしい。

 いや、そもそもこの魔物は何者でどこから来たのか。わからないことだらけだ。しかし自分たちが過去や未来に行けることも含めて世界には不思議な事しかない。

 彼はそう思ってエイミたちに説明を求めなかった。魔物の調査はやがてやってくるであろう王都の騎士団や調査団が行うに違いない。それでも結局、この魔物は800年後まで正体不明のままなのだ。


「あっ、誰か来るわよ!」


 エイミがそう言うと複数の足音とアルドそっくりの声が彼らの耳に届いた。

 ここで見つかったら何のために戦ったのかわからないのでアルドたちは急いで茂みの奥に隠れた。今よりほんの少し若いアルドが警備隊の仲間たちと共に現れ、魔物の死体を見て少しの間呆然とした。


「やっぱりこいつが戦ってる音だったのか……」

「地面があちこち割れてるぞ!何と戦って負けたんだ!?」

「王都の騎士団が討伐したんじゃないか?」

「あいつらはこんな戦い方しないだろ。冒険者か?」

「どっちにしろ死体を放置しないだろ」

「縦に真っ二つに斬られてるぞ。どんな武器を使った?」


 若者たちは恐ろしい魔物の死体を眺め、誰に倒されたかを話し始める。

 その様子を見てアルドはいろいろな記憶がよみがえった。たった1年前だが、なぜか遠い昔のように感じる。この時のアルドはバルオキー村の警備隊として一生を終えると思っていたのだ。


「この頃は魔獣の王と戦ったり、時空を越えて旅をするなんて思っていなかったんだよな……」

「普通なら誰だって思わないわよ。私だって自分の時代でハンターを続けると思っていたし」

「拙者も本来なら人食い沼で昼寝をしている頃でござろうな」

「人生は波乱万丈デスネ」


 アルドたちはそれぞれの出会いと冒険を振り返った。

 その冒険は今も続いている。合成鬼竜に乗って時空の海を飛び越え、世界を崩壊から救う物語がどんな結末を迎えるのか。それは誰にもわからない。


「じゃあ、帰ろうか。俺たちの時代に」

「ええ」

「うむ」

「そうシマショウ」


 彼らは困惑する若者たちに無言の別れを告げて歩き出す。

 アルドだけが最後に振り返って茂みの向こうにいる自分にこう言った。


「これから大変だけど頑張れよ、俺」


 過去の自分に励ましの言葉をつぶやき、アルドたちは修理を終えた合成鬼竜に戻った。そして時空要塞は1年後のバルオキー村へ無事に辿り着き、そこで平穏な暮らしをするフィーネに再会した。

 彼は今日の出来事を、彼女にとっては1年前の物語をゆっくりと語り始めるのだった。

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フィーネの冒険記 M.M.M @MHK

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