一方その頃2

「ねえ、私たち、こんな事して大丈夫なのよね?」


 エイミは心配そうに言った。

 過去の世界で何も知らないフィーネに料理をご馳走してもらっていいのかという意味だ。


「大丈夫……じゃないか?フィーネから覆面冒険者はパイをたらふく食べたって聞いたんだ。というか、それだけ食べてるのに不安も何もないだろ?」


 フィーネ特製のパイをどんどん口に運んでいる彼女にアルドは言った。

 すでに5切れ目に突入している。彼女はフィーネが厨房で料理しているのを見て「私も手伝おうかな」と言ったが、アルドたちに必死で止められた。


「未来の拙者たちと同じことをするしかないでござるよ。もぐもぐ」

「ワタシは食べる機能がアリマセン。皆さん、頑張ってクダサイ。コレも未来を守るタメの戦いデス」


 未来の自分たちの行動をなぞる。

 歴史を変えないためとはいえ妹の作ったパイを食べる事が重要任務であることにアルドが首をかしげるしかなかった。


「他のおもてなしが出来ずにすみませんな」


 村長が申し訳なさそうに言った。

 アルドとフィーネの育ての親であり、本来なら敬語など使わない関係だが今は赤の他人と言うことになっている。アルドはうっかり素の自分が出ないように注意しながら口を開いた。


「い、いいえ……気にしないで……ください……」

「見ての通り、何もない村でしてな。ですが、フィーネは身内の贔屓を差し引いても腕のよい料理人です。お気に召して頂けましたかな?」

「そうですね……」


 よく知ってるよ、お爺ちゃん。何しろ毎日食べてるんだから。

 アルドはそう言いたかった。

 今の自分たちは覆面をした怪しい冒険者。そんな連中が家に来た者だから近所の人々がちらほらと窓の外から覗いている。変な噂が立ったらどうしようかと彼は不安になった。


「そういえばうちのアルド。ああ、フィーネの兄なのですが、冒険者に憧れているようなんですじゃ」

「え!?」


 自分の事が話題に出てアルドは思わず変な声が出た。

 確かに騎士や冒険者は男子が一度は志す夢でアルドもその例外ではない。村の警備隊をしながらいつかは栄光をつかみ取って村に凱旋する夢を夜のベッドの中で見たこともある。


「騎士団へ入ることを夢見て王都へ行く者も多いのじゃが、井の中の蛙であることを思い知って逃げかえってくる者がほとんど。なにしろ国中の腕自慢が集まって競い合うのじゃからな。あの子は世界の広さを知らぬから心配しておるんじゃ……」

「は、はあ……」


 まさか自分の説教を聞かされるとは思わず、アルドは変な汗が出るのを感じた。

 ふとエイミ達の方を見ると明らかに笑いをこらえていた。


「もしよければ帰ってきたあの子に冒険者は生半可な仕事ではないと諭してもらえぬじゃろうか?」

「いや、それは、その……」

「わし等のような大人が言ってもああいう歳の若者は突っぱねるだけ。やはり経験者の言葉を聞かさねばならんと思っておるのですじゃ」

「ふふふ、男の子は冒険が大好きだものね」

「非常に興味深いデス」

「ひょっとするとそのアルド殿は大成するかもしれぬでござるよ」


 エイミたちは面白がって村長の話に加わっていた。

 冗談じゃないぞと彼は思った。今すぐこの村を立ち去りたかったが、パイを食べる事は歴史の既定路線なので逆らうわけにいかない。

 どうかこの話が終わりますようにという彼の祈りが通じたのか、来客があって村長は席を外した。


「俺が湿原に行ってる間にこんな事があったなんて……」

「すごく面白い話だったわよ。冒険者に憧れるアルド君」

「うるさい」

「ところで、パイを食べた後の我々はどうするのでござるか?」

「え?ええと、この後は……」


 アルドは一年前の記憶を掘り返した。

 そして重要な事を思い出して「あっ!」と声が出た。


「そうだ!魔物が村にやってくるんだ!冒険者はそいつらと戦うんだよ!」

「はあ!?それ、大事な事じゃない!」

「今まで忘れてたのでござるか?」

「アルドさん、しっかりしてクダサイ」

「ああ、悪かったよ!」


 彼は素直に謝るしかなかった。

 なぜ忘れていたかと言えば1年前は彼自身もカレク湿地で魔物と戦っており、フィーネに聞いた話より印象深かったからだ。


「なんで魔物が村にやってくるの?」

「フィーネを追いかけてたゴブリンたちが強い奴を引き連れて仕返しに来たらしい」

「あいつらが?あーあ、討伐しておいた方がよかったわね」

「それでは歴史が変わってしまうでござるよ、エイミ殿」

「アルドさん、魔物の戦力と数ニツイテ詳細はワカリマスカ?」

「ええと、待ってくれ……。ゴブリンが10匹くらい。アベトスが1匹だったかな?」

「そいつらは後でやってくるの?」

「いや、たしか食事の最中だったと思う」

「今すぐじゃないの!」


 それを聞いたエイミの機嫌は悪くなった。


「それじゃあパイが冷めちゃう。魔物はボコボコにするのが決定ね」

「これも歴史の既定路線なら容赦なく実行すべきでござるな」

「未来のワタシたちが勝利したノデスカラ今のワタシたちも負けるわけにはイキマセン」

「ああ。村や冒険者たちに被害は出なかったらしいし、アベトスもそんなに強くなかったんだろうな。でも、戦う前から勝つのがわかってるって魔物が少し可哀想な気もするな……」


 彼は負けるためにやってくるアベトスとゴブリンたちに少し同情した。


「その後、私たちがどうしたのかも聞かせて。パイをご馳走になって、魔物を退治して、その後は?」

「フィーネの話だとこの後の冒険者たちは……」


 アルドが記憶を引っ張り出して話そうとしたとき、村に設置されている警鐘が鳴った。続いて住人たちが警告を発する声と悲鳴も聞こえてきた。


「あっ、本当に魔物が来たでござるよ」

「歴史の既定路線デスカラネ」

「アルド、話は後ね。まずは食事を邪魔してくれた魔物にお礼をしなくちゃ」

「エイミ、未来を守るより食べ物の怨みの方が強くないか?」


 彼らは美味しいパイをひとまず放置して騒ぎ出したフィーネたちを落ち着かせた。


「みんな、心配するな!魔物はすぐに片付けるから!」


 村の警備隊が留守にしている最中、彼らの来訪は天の采配に思えたのだろう。

 村に着た直後は覆面集団に怪訝な表情を向けていたが、今は希望にすがるようにアルドたちの勝利を祈っていた。

 そんな彼らは村にやってきた魔物たちと対峙し、アベトスから襲撃の理由を告げられた


「オデノコブンダチ!ヨグモイジメタナアアアッ!」

「いじめてたのはそっちだろう……」

「ちょうどいいわ。完全に討伐しちゃいましょ。素敵な食事を邪魔された恨みもあるし」


 エイミは魔物の骨さえ残らないように殲滅する気だったが、アルドは小声でそれを止めた。


「いや、フィーネの話だと俺たちは魔物を殺さずに痛めつけたらしい」

「え?なんで止めを刺さないの?」

「この村に強い警備隊がいるって噂を魔物界隈で流してもらうためらしい」

「ナルホド。森の魔物たちに警告を発するのでござるな」

「目先の安全ダケデナク後々の事も考えたワケデスネ」

「誰の発案かしら?リィカかしら?」

「わからないよ」


 アルドも1年前に聞いたことを詳細に覚えているわけではない。

 その話はひとまず置いて魔物たちの相手をすることにしたが、サイラスはフィーネに生々しい戦闘を見せるべきでないと意見した。

 

「これから起きる事はフィーネ殿に見せない方が良いのではござらんか?」

「同意デス。フィーネさん、こちらへ来てクダサイ」


 リィカが彼女を連れて戦闘を離脱したがアルド達に不安はない。

 3名はそれぞれの武器を取り出してアベトスに向けた。


「さあ、さくっと倒しちゃいましょ」

「油断は禁物ござるよ、エイミ殿」

「そうだよ。未来の俺たちだって適当な事はしなかったはずだ」

「ナニイッデルンダアアアッ!」


 アベトスは巨大な棍棒を振り上げて戦闘開始を告げた。

 巨体を揺らしながらアルド達に迫り、一撃を見舞う。その衝撃で地面が陥没して粉塵が舞ったが、彼らはそこにいなかった。


「ド、ドコダ!?」

「上だゴブー!」


 一人のゴブリンが空を指した。

 天高く跳躍したアルドたちはそれぞれの攻撃目標に飛び掛かり、エイミがアベトスに蹴りを、アルドとサイラスはゴブリンに斬撃を見舞った。

 

「ひ、怯むなゴブー!」

「やっちまえゴブ!」


 残りのゴブリンたちも参戦し、鬨の声が上がってゆくが未来のバルオキー村が無事であったようにこの時代のゴブリンたちは碌な成果もあげられず武器と骨の何本かを破壊された。特にエイミが相手をしたアベトスは体中をしこたま殴られて悲鳴を上げ始めた。


「ヤ、ヤメデグデエエエッ!」

「さっきまでの威勢はどうしたの?ん?」

「ゴ、ゴイヅ!チイサイノニ強イッ!」

「アベトスの兄貴がやられたゴブー!」

「ゴブブブ!やばいゴブ!」

「お前たち、バルオキー村に手を出すとどうなるか思い知ったか?」


 アルドは自分の村を襲った魔物を威圧しながら言った。

 強い恐怖を与えておけばフィーネたちの安全が今よりも増すので手加減などしない。彼が手にするオーガベインという魔剣も空気を読んだのか内部に封じ込まれたオーラを解放して燃えるように輝いた。


「剣が光ってるゴブー!」

「こいつら、ただの人間じゃないゴブ!」

「マ、マデ!オデヲオイデイグナアアアッ!」


 ゴブリンたちは恐怖にかられて逃げ出し、それを見たアベトスも折れた片腕を押さえながら逃亡してゆく。

 強い恐怖を与える事に成功したアルドはほっと息をつき、オーガベインの力を解除した。


「これで村はもう大丈夫かな?」

「未来のバルオキー村に魔物たちがまたやってきたって話はないないんでしょ?なら大丈夫よ」

「そうだな」


 アルドたちは村の中に戻り、フィーネの心配そうな顔と声に出迎えられた。


「皆さん!お怪我はありませんか!?」

「え?別にないよ」


 彼らは大したことのない敵と戦い、大したことのない勝利を得た。

 それだけだったが魔物と叩けない普通の人間から見ればまさに戦闘を生業とする冒険者に相応しい活躍だった。

 家から出てきた村人たちから口々に感謝の言葉を述べられている最中、アルドは思った。


(これで魔物の件は解決したけど、まだ続きがあるんだよなあ……)


 アルドがそろそろ来るぞと予感している男が村の入り口から飛び込んできた。


「た、大変だー!」

 

 ほら、来たぞとアルドは思った。彼がよく知る警備隊の男は息を切らしながら湿原に新しい魔物が出現したことを告げた。それを聞いたフィーネは兄の窮地を救うために覆面冒険者こと未来のアルド達に懇願を始めた。


「アールダーさん、お願いします!皆を助けてください!」


 必死に頭を下げる妹にアルドはずきずきと胸の奥が痛んだ。

 自分はこうして無事なのだと言ってあげたい気持ちにかられたが、もちろん自分たちの正体も未来のことも何一つ話せない。

 代わりに彼はフィーネに頭を上げさせて強い口調で言った。


「俺に頭なんて下げないでくれ。湿原の魔物は俺たちが倒す」


 その言葉にエイミ達は驚いたが、事情を察して同じようにフィーネを励ました。

 こうしてアルドたちは正体を隠し通したまま湿原に行き、過去のアルド達を襲う凶悪な魔物と戦うことになった。

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