TIPS:瓶詰めの楽園(4)

「ねえ、シン。この部屋は、お外の世界とは違うのよ。 ここは、異世界なの」

「なるほどね」



「ほんとうはわかってないでしょ?」

「ぶっちゃけ、わからん」



「シン、この部屋はいまはどう見える? 説明してみて」

「ほこりっぽく、うす暗く、天井が低く、せまい」



「そう。今はただのせまい部屋よ。でも、このランタンの灯を消すとね」

「わっ、……!」



「いまは、どう見えるかしら?」

「宇宙の中心。 星々がきらめく大パノラマ。 ……あまりに幻想的だ!」



「そう、ここが宇宙の中心。真実の世界、本物の現実なのよ」

「アリア! 君は……本当に……凄い!」



「アリアの目は、暗闇にお星さまを映しだすことができるの」

「世界一綺麗だ。 神様からの贈りものだ!」



「えへへ、ありがと。 あかりをともすそれだけしか、できないんだけどね」

「だからこそ、いいんだよ。 人を不幸にする力よりよほど意味がある。 軽く見積もって、クロノのユニークスキル 〈雷術〉 の1億倍の価値がある」



「唯一の友達のクロノさんのこと、悪く言っちゃだめよ」

「まあ、善処する。 でも、……クロノはバカだからなぁ」



「あとね、さっきのは魔眼力よ。 お外で言ったら石を投げられちゃうわ」

「馬鹿げてる。教会も、ギルドも、村の連中も、先史時代の馬鹿な蛮族の迷信を信じるなんて。おろかだ」



「この世界はふたりだけの閉じた世界。 でも、この世界の広さは無限。でも同時に有限。だってほら、手をのばせば天井に触れちゃうでしょ」

「それは、なんというか……残念だ」



「大丈夫よ。アリアとシンが信じる限りは無限なんだから」



「アリアたち、まるで原初の世界の神様みたいね」

「はは、神様か。規模がでかすぎて想像できない」



「何をするのも自由よ。だってこの世界にはアリアとシンしかいないから」

「ふたりだけの世界」


「そうよ。ふたりだけの世界」

「いつかクロノを呼んでこの光景見せびらかして、自慢してマウント取りたい」



「そんな日がくるといいわね」

「絶対にくるさ!」




   ◇  ◇  ◇




「ねえ、シン。アリア魔法が使えるようになったのよ」

「ファイアボールとか?」



「違うわ。本当の〈魔法〉。奇跡を起こす力よ」

「まるで神様だ。 クロノの雷術とは、まるで格が違う」



「論より証拠。これから魔法をかけるわ」

「うん」



「今からシンは勇者よ、神様に選ばれた」

「え? 何も起こらないよ。これが魔法?」



「うん。この部屋では、ね。 でも、魔法は信じてくれないととけちゃうの」

「僕はアリアを信じてるから大丈夫だね!」



「ふふっ。じゃあ練習ね。シン、あなたの本当の姿は?」

「僕はシン、勇者だ。……って、やっぱ、恥ずかしい」



「まだまだねっ。いっしょに魔法を練習しましょっ」




   ◇  ◇  ◇




「うーん。そのおとぎ話の主人公。ご都合主義じゃないか? いかにもクロノが考えそうな、低俗で幼稚な物語だ」

「もう。シンって、本当にダメね。おとぎ話の世界ってそういうものなのよ?」



「そうなの? 昔の人は、幼稚で、無邪気だったんだね」

「シンは、おとぎ話には興味ない?」



「いやまあ、知りたい。 そして、クロノに知識マウントを取りたい!」

「いいわ。アリアがたーっくさん、本を読んであげるんだからっ」



「でも、おとぎ話の世界って、けっこうデタラメだね」

「ちがうわ。おとぎ話の世界が本当なの」



「まるでウソだ」

「本当よ。だってこの超天才のアリアが言ってるんですもの」



「なるほど。あした、クロノにも教えてやらなきゃっ」

「シン、だめよ?」



「ぐぬぬ……、せっかくマウント取れるチャンスだったのに、残念だ」

「はいはい」




   ◇  ◇  ◇




「シンってクロノさんのことばかりね。 シンは、男の子が好きなのかしら?」

「はっ!? ありえない! クロノは決闘友達! ただの親友だ!」



「へぇー? 友達ね」

「なっ、なんだよアリア? 僕が友達がいたら、変かっ?!」



「ううん。ただ、クロノさんに嫉妬しただけよ」

「なっ、何でだよ?! ……まるで意味が分からない。 まるで意味不明だっ!」



「じゃあ、アリアにキスして」

「え、あ、……うん。こっ、……こうかな」



「シン。ふるえてるわよ?」

「これは、武者ぶるいだ」

「はいはい」

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「あらゆる敵の動きを完全に止められるだけの無能は不要」と聖剣で貫かれ捨てられました。でも、生きてます。あとなんか覚醒したのでのじゃロリ吸血姫と幸せに過ごします。「戻ってこい?」それより早く自首してね。 くま猫 @lain1998

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