第5話 合成人間

「ここだよ」

 ジョーとクレルヴォがやって来たのはガンマ区画の外れ、エルジオンを囲う高い壁がすぐそこの工場地帯。エネルギーを生み出す化学物質ゼノ・プリズマが大量に保管されている場所だ。

「……相変わらず管理のなってないところです」

 ゼノ・プリズマはエルジオンの都市活動を営むうえで必要不可欠なエネルギー体だ。にもかかわらず、KMSによる管理体制は満足とはいえない。錆びついた施設の外観は管理に費やしているコストの低さを物語っていた。

「7番棟の奥にあるんだ」

 2人はフェンスを越え、敷地内へと入っていった。



「……なるほど、ここですか」

 少年たちが集うひみつの抜け道は工場内の排気口からエルジオンの外へ繋がっていた。入口から覗くと、向こう側から光が差しこんでいた。

「こんなにアナログな欠陥があったとは。私たちもまだまだですね」

 クレルヴォはうしろで手持ち無沙汰にしているジョーの前にひざまづいた。

「教えてくれてありがとう、大人を代表して感謝します」

 あまりにまっすぐな表情だったのでジョーは顔をそらした。すこし耳が赤くなっている。

「でも、合成人間たちがここから侵入したとは考えにくいです」

「……え?」

「エルジオンを襲撃した合成人間は改造を施されていた。そう話しましたよね」

 ジョーはこくりと頷く。

「機体にはパワー型のチューンナップ、小回りを犠牲にして個々の部位の大型化がなされていました。その結果、通常の合成人間より一回りか二回りサイズが大きいのです」

 クレルヴォはポケットから紐を取り出し、穴の入り口の高さから垂らした。紐に小さな目盛りと数字が浮かび上がっていく。

「駆動系の能力を失ったあのボディでは、体を縮めるといった動きも構造上不可能です。あの巨体でこの穴を突破するのは難しい、そう思いませんか」



「人間って、合成人間にかてるのかなあ」

 工場地帯からはなれ市街地にむかうジョーはぽつりともらした。

「苦戦しているのは事実です。彼らは賢いですから、自分をより強力に造り変える技術も年々進化してきています」

 となりを歩くクレルヴォは相変わらずノート端末で書類をチェックしている。

「われわれ人間が合成人間を生みだしたように、合成人間自身が合成人間を造りだしていてもおかしくありません。……というより」

 端末の電源を切り、コートの内側にしまいこんだ。真っ赤な夕日が彼のレンズに反射していた。

「人間は合成人間に関する技術を捨てたも同然です。合成人間を生みだす力は、もう彼ら自身しか持ちえないのですよ」

 ジョーもだまって話を聞いていた。区画間をわたるエレベーターの前に着き、クレルヴォは立ち止まった。

「君はぜひ、機械のことを学んでください。好きこそものの上手なれ、です。縁があれば、いつかいっしょに仕事をしましょう」

 彼は手を振ってエレベーターの中に消えていった。ジョーもエレベーターが上に登っていくまで手を振りつづけた。



「もう体は回復したのか、エイミ」

 襲撃から2週間。ガンマ区画の酒場にエイミは久しぶりに顔を出した。

「なんとか。リィカの応急手当がなかったら危なかったわ」

 彼女は顔見知りのハンターが座るテーブルについた。手をあげてジュースをオーダーする。

「それにしても、やつらの襲撃で街が大変なことになっちまった」

 合成人間のエルジオン襲撃は、人々の生活に大きなショックを与えた。戦闘が行われたガンマ区画、シータ区画の復旧工事は資材不足により終了のめどがたたず。あれ以来何の音沙汰もない合成人間たちだが、市民はいつ来るかわからない次の襲撃に怯えながら暮らしている。

「やつらのねらい通りなのかしらね、くやしいけど」


 ――まあいい、目的は十分果たした

 合成人間のかすれた音声がエイミの耳にこびりついていた。

「市民のネガティブな感情は、市政部とKMSに飛び火しちまってるしな」

 先の戦闘で出現した合成人間は8体。そのうち撃破した1体以外は逃走したのだが、その後の行方はわかっていない。

 市政部は、合成人間がゲートを通過した痕跡はないとして、敵はまだ市内に潜伏していると発表し、KMS社や市政部本部施設を中心に警護を固めた。

 しかし、市民は納得しなかった。エルジオンに合成人間の侵入を許した時点でゲートセキュリティの信頼性は失われたと糾弾。仮に街に潜伏しているならなぜ2週間ものあいだ動きがないのか、納得できる理由を求めた。

 そして守りを固めた正規軍の配備位置も批判の的だ。もし、敵が再度街の外から攻めてきた場合、KMS社や市政部本部があるエルジオン中央部からゲート付近に到着するまでには時間がかかる。ゲートの近くに住んでいる市民の命はどうやって守るつもりなのか、と市政部のまわりでは連日デモ活動が巻き起こっている。

「だれだって自分の身が一番大事だもの。仕方ないわ」

 ジュースを運んできたマスターにお礼をいい、グラスに口をつけるエイミの表情は曇っていた。

「本当、困ったことになったぜ」

 ハンターの男はスキンヘッドの頭をこりこりと掻いた。

「話は変わるけどよ、廃道に出た合成人間の子どものこと知ってるか?」

「何それ」

 男は得意気な顔でしゃべりだした。

「おれも詳しくは知らないんだが、ここ最近ルート99の奥でちっちゃな合成人間をみた仲間がいてよ」

 エイミはテーブルに両肘をついて身を乗り出す。

「夜だったからはっきりは見てないらしいんだが、子どもみたいな背丈の合成人間がじっとこっちを見てきて、何もせずにそのまま姿を消したらしい」

「……ふーん」

 あっさりとしたオチにエイミは姿勢をもどした。

「まあ特別何かがあったわけじゃないみたいだが、何人か目撃者がいたんでな、一応おまえにも話しておきたかったんだ」

 エイミはとくに返事もせずだまって何か考え事をし始めた。ぶつぶつ……と思考は独り言として漏れ出す。

「ルート99の奥って……たしか廃墟になった工業都市……」

 工業都市ノアはかつて合成人間の製造拠点だった場所だ。合成人間の反乱により、現在は誰もいない幽霊都市と化している。

「……なるほどね」

 グラスをテーブルに置き、エイミは立ち上がった。

「どうしたんだ」

「なーんかあやしいわね、その小さい合成人間」

「お、おい。行儀悪いぞ」

 エイミは腰に手をあて半分以上のこった液体を一気に飲み干した。

「ありがとうね、おじさん。マスター、お勘定つけといて!名義はイシャール堂ね!」

 そういって店を飛び出していった。

 

 あいつら、わたしたちの街で好き勝手暴れておいて。

 今に見てなさい。



 廃道ルート99を進んでいくと大きな壁に行き当たる。10年前、合成人間の反乱を受けてエルジオン軍が建設した防御壁だ。それを東につたっていくと有刺鉄線が張り巡らされたフェンスにたどりつく。フェンスの下の地面についている取っ手を引っぱると、非常用のハッチが開き工業都市の下水道に潜り込むことができる。エイミはハッチを開き、穴の中を降りていった。

「久しぶりにきたけど、あいかわらずヒドイ臭い」

 鼻をつまんで、下水道の淵の足場をすすむ。天井部の排水溝から月の光が差し込んでいた。

「……ん?」

 エイミの前方を、何者かが横切った。

「逃がさないわよ」

 歩調を早める。かすかに自分以外の足音が聞こえる気がした。

 下水道は暗くて入り組んでいる。しばらく影を追いかけると、行き止まりに突き当たった。上に開いた穴からはこれ見よがしに梯子がぶら下がっている。

 どう見ても罠だ。しかし登るほかない。足を滑らせないよう、エイミは慎重に足をかけた。



 廃墟となったノアは荒れ果てていた。ビルは外壁が風化して骨組みの鉄骨が剥き出しになっていた。建物のガラスはどれも割れていて部屋の奥まで暗闇が続いている。風の音だけが響く都市の真ん中を孤独に歩いた。

 背の高いビルが乱立する交差点付近。エイミは何かにつまづいた。

「なにこれ」

 まっ黒の太いパイプが何本も転がっていた。あらゆる方角から伸びてきているパイプをたどっていくと、その全てが一棟の平らなガレージの中へ吸い込まれていた。

「……行くしかないわね」

 エイミはガレージの周囲を確認する。ぼろぼろの建物なので、入りこめそうな穴はいくつもあった。パイプが接続された部分から少し離れた位置を選びエイミはほふくで侵入した。



 エイミは地下へ続く階段を見つけた。階段に使われている素材は明らかにまわりの壁とは違う頑丈な金属。ゆっくり階段を下りていく。視界がだんだん開けてくる。

 電光パネルが敷き詰められた床。そこに大量の合成人間が並べられていた。幸いどれも電源は入っていない。

 列をなした合成人間の間を通っていくと大きな鉄の扉があった。ハンドルを回し、重たい扉を引くと今度は狭い通路へ。

 ベルトコンベアや巨大な工具、各種のパーツが床に転がっている。工具箱の上に置いてあるノート型端末を手に取り、電源を入れる。内蔵データは地図と設計図。その図の地形にエイミは見覚えがあった。

「……!これって」

 エルジオンの市街地図。図の余白には前回のエルジオン襲撃の段取りや潜伏予定地が細かに記されていた。

 このデータは何としても持ち帰らなくてはならない。ノートと自分の端末を接続する。データコピー完了まであと60秒。

 画面を見つめるエイミの視界のすみで何かが動いた。

「誰⁉」

 ふりかえるエイミ。通路の奥に消えていく子どもの影。

 エイミは後を追いかける。長い廊下を進んでいくと、真っ暗な部屋が彼女を待っていた。

 手持ちのライトをつける。足元を照らし安全確認。一歩踏み出す。

 室内をゆっくりと見回す。部屋の真ん中にいくつもの影。ライトを向けると、そこには10体の合成人間。そして、そのどれもが人間の子どもほどの大きさだった。

「これが噂の正体……」


 急に部屋の明かりが点く。

「何してるんだ?」

 背後からかすれた合成音声。エイミの後頭部に衝撃がはしり、床に激突する。すっと意識が遠のいていった。



 ……ああ。今は奥の部屋につないである。

 武器を取り上げちまえばただのガキだ。問題ない。

 3日後の襲撃までに犯行声明をだせ。あいつは武器屋のおやじの娘だ。ハンターどもをおびきだせば、市内の戦力を薄くできる。

 うまく噂が広がれば、軍のやつらもほっとくわけにはいかないだろうよ。じゃなきゃ、人間同士で戦うはめになるかもしれないからな。ははは……



「起きて」

 頭がぼーっとする。目を開けるが、焦点が定まらない。何も見えない。

「起きて、おねえちゃん」

 どれくらい気を失っていたのだろうか。青白い電灯しかないここでは、今が朝なのか夜なのかもわからない。

 かすれた瞳が徐々にはっきりしていく。エイミの目の前にいるのは、小さな合成人間だった。

「おちついて。今鍵をはずすから」

 手足を縛っていた拘束具を取り払っていく合成人間。奇妙な光景をみて、エイミの頭は余計に混乱した。

「……どうしてたすけるの」

 合成人間は鎖を置くと胸のスイッチを押した。すると、合成人間の頭部がぐにゃぐにゃ揺らめき、茶髪の少年があらわれた。

「……人間?」

 少年はニッと笑うと、エイミの端末を取り出した。

「クレルヴォさんにとどけて」

 少年から端末を受け取ったエイミはまだ頭がぼんやりしていたが、「ついてきて」と呼ぶ彼のうしろを何とかついて行った。

「ここから廃道にでられるから」

 少年が部屋の隅のダクトの格子を外し、エイミを肩車してダクトの中に滑り込ませた。

「待って、君は……」

 少年は親指をたてた。胸のスイッチを押すとまた顔が揺らめき、合成人間の頭部に入れ替わる。ダクトの格子をふたたびはめ込み、彼は部屋を出ていった。



「……エイミさんが持ち帰ったデータにより、すべてが明らかになりました。合成人間はガンマ区画工場地帯の小さな抜け穴より侵入したのです。

 新型の合成人間は人間の子どもくらいの大きさしかありません。その姿で抜け道を通過し、光学迷彩で子どもになりすます。それから街中の金属資材を集めました。そしてそれぞれが潜伏場所にもぐり、自らの身体を改造したのです。

 エルジオンを襲撃した彼らは、再び潜伏場所で次の襲撃のタイミングを待っています。それぞれの地点に潜伏しているのは、発見時のリスクを恐れて一体ずつ。叩くなら今しかありません。

 彼らの弱点も判明しました。強化部位を支える関節には、増えたパーツ分より大きな重量が加わっています。そこを銃で狙うことができれば、動きを止めることが可能です。

 潜伏地点の該当区画には、ひそかに避難命令を流しています。僕からは以上、作戦指揮官に代わります」



「ただいま」

 エレベーターの扉が開き、茶髪の少年が帰宅する。キッチンに立つ女性は少年をじっと見た。

「ジョーおかえり。最近授業で居眠りしてるんだって?先生から連絡あったよ!」

 カチョーの奥さんから逃げるように部屋へ直行するジョー。ため息をつき、彼女は食器洗いを再開した。

 勉強机に着席したジョーは大きくのびをした。自分の右腕を見てにやにやする。

「ジョー!今日は先に宿題やりなさいよー!」

 ドア越しに母の声。はーいと適当に返事をかえしつつ、机の上の箱をひらく。

 白いタオルをはがすと、合成人間の腕が顔を出す。ジョーがそれに触れると、かすかに金属の擦れ合う音がした。



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合成人間 そうま @soma21

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