第4話 エルジオンの戦い
「ははは!」
合成人間は路肩に植わった街路樹をめりめりと引っこ抜くと、振り回して群衆の中に投げ飛ばした。
「あいつ……!」
歯ぎしりするアルド。エイミと共に逃げ惑う人の波をかき分けていく。合成人間は街頭や看板など目についたものを片っ端から機械斧で両断していく。
「アルド。わたしは先に樹の下敷きになってる人たちを助けに行く」
うなずくアルド。2人は二手に分かれた。
逃げおくれ転んでしまった女の子に斧を振りかざす合成人間。すんでのところで間に入ったアルドは大剣で攻撃を弾いた。
「ほう、少しは骨のあるやつがいるようだ」
互いに武器を振り、つばぜり合いになる両者。刃が擦れて火花がちる。アルドは少女に目配せすると、彼女はおぼつかない足取りで逃げていった。その隙に合成人間がアルドを振り払い、後ろに飛ばされた。
「くそっ」
アルドは剣を握りなおす。刀身に赤い炎が渦巻きだした。
跳躍し敵の頭部めがけて火炎斬り《ファイアスラッシュ》をはなつ。斧で受け止められるが、刃が熱で徐々に溶けていく。
「おっと」
合成人間はアルドの脇腹に回し蹴りをいれた。口から胃液が飛び散り、膝をつく。
「ははは。もろいな、人間」
高笑いした合成人間は斧を投げ捨てる。アルドの頭をわし掴みし拳を振り上げた。
「何笑ってるのよ」
背後から近寄ったエイミが合成人間の頭部をぶん殴った。赤のセンサーがちかちかと点滅し足元がよろめく。
「あら、機械も脳震盪するのかしら」
返しの右ストレートが直撃した合成人間は演説会場のうしろのビルまでふっとんだ。壁に叩きつけられた敵は崩れてきた瓦礫に埋まった。
「アルド、大丈夫?」
「ああ、助かったよ」
コンクリの破片が積み重なった山のてっぺんから腕が突き出る。
「あいつ、ふつうの合成人間とは思わない方がよさそうだ」
「さっきは不意打ちだからあたったけど……」
どどどどど……
「?なんの音だ」
地面が唸るように揺れている。周囲を警戒する2人。震源はだんだんと地表に接近している。
がこん!
大通りのマンホールが宙に浮いた。3か所の穴から合成人間が飛び出した。
「冗談きついぜ」
アルドの大剣に再び炎が宿る。しかし、肩でおおきく息をしていて消耗は目に見えていた。3体の合成人間はゆっくりと距離を詰めてくる。
「エルジオンの正規軍はいまちょうど演習中なの。きっとすぐは助けに来れない……」
エイミがジャケットの裾をぎゅっと握りしめる。
『……エイミさん!聞こえまスカ?』
「!ええ、リィカね聞こえてるわ」
エイミの通信端末からノイズ交じりのリィカの声がきこえた。
『今ハンターさんたちとそちらに向かってマス、あと2分持ちこたえてくだサイ!』
そういって通信は途絶えた。
「……やるしかないみたいね、アルド」
エイミはグローブの紐をきゅっと結びなおし、ファイティングポーズをとった。
「エイミ」
「なに」
「……ちょっと楽しそうだな」
「ふふ、分かる?」
「ではみなさん急ぎまショウ」
エルジオン・シータ区画。リィカは数十人のハンターと共にアルドたちの待つガンマ区画へ向かっていた。
区画間を結ぶエレベーターの手前まで来た一同。
「おれたちの街を……合成人間め許せねえ!」
怒りに震えるハンターたちがエレベーターに勢いよく乗り込む。周囲を警戒していた後続のハンターの1人が声を荒げた。
「待て、みんな降りろ‼」
ガンマ区画へとのびるガラス張りの柱の中央部が爆発。搭乗部を支えるケーブルがずるずる落ちてきて鋭利なガラス片が降りかかってきた。
上空からジェットパックを背負った合成人間が飛来する。計5体の敵がリィカたちの前に立ちふさがった。
「第2班はエレベーターの中のやつらの救出を優先しろ!」
大男が怒号を飛ばす。半分以上のハンターが閉じこめられ身動きが取れない状態だった。
「いいかよく聞け。回り道をしてる時間はねえ。あのくそったれどものジェットパックを奪ってガンマ区画へ行くぞ」
ハンターたちは天に武器を掲げ声をあげた。合成人間たちにむかい猛然と飛びかかる。しかし、斬撃は機械装甲にはじかれ、射撃も斧で防がれる。複数人で囲みこむが、強烈な格闘術で吹き飛ばされ人海戦術も効果が薄い。
「くそ、歯が立たない――ぐっ‼」
ジェットパックで飛びまわる合成人間に近距離武器をもつハンターたちが次々と撃ち抜かれていく。ライフルによる射撃は電子頭脳による制御で正確無比なねらいだ。銃をかまえたハンターが何発も空へ発砲するが、不規則な合成人間の飛行になかなか照準が定まらない。
「アンドロイドのあんた!」
大男は降りそそぐ弾丸を大剣で防ぎながらリィカに叫ぶ。
「目には目をだ。あのすばしっこい虫を打ち落とせるのはお前しかいない。頼む!」
けが人の治癒に回っていたリィカの眼が赤く点灯する。アンドロイドのシステム領域が戦闘モードに移行した合図だ。彼女の足元に
「了解デス。殲滅プログラムを起動しマス!」
「リィカ、まだなの⁉」
負傷した右腕をおさえながらエイミは通信端末に祈る。先ほどの連絡からすでに5分以上が経過していた。
「エイミ、うしろだ‼」
一瞬の隙をついた合成人間の突進がエイミの体を突き飛ばした。倒れてこんで動けない。
なんとか1体を機能停止させた2人だったが、体力はもう限界に近い。アルドはエイミのもとへかけよった。
「来い。おれがまとめて相手してやる」
剣をかまえるアルド。もう炎を呼ぶ魔力は残っていない。視線の先には、斧をたずさえた2体の合成人間。全滅の2文字が頭をよぎる。
そのとき、合成人間の片割れに白い光の矢が突き刺さった。身動きがとれずにモーターだけがむなしく回転する。
「アルドさん、エイミさん、お待たせしました!」
背中から黄色い炎を噴出させてリィカが飛んできた。2人のもとへ降り立つや否や
「助かったわ、リィカ。ほかのハンターたちは?」
「別の合成人間たちと戦っていマス。こちらに来る手段も断たれてシマッテ……」
合成人間たちの戦闘力を前に下手な立ち回りはできず、回収できたジェットパックは1つだけだった。
「リィカがいれば十分さ!」
アルドも息を吹き返し、3人は並んで武器をかまえた。合成人間は接近をやめ、斧を地面に落とした。
「ふん、増援か。まあいい、目的は十分果たした」
そういって彼らは近くのエア・スクーターに飛び乗り、あっという間に逃げていった。3人だけになった大通りは、焼け野原と化していた。
数日後。
エルジオンの外壁をはしる鋼鉄のレール。太陽光が反射し、照らされたエルジオンはいっそう白く輝いている。青空の下レールの上を慎重な足取りで進む青年がいた。
白いコートを羽織った銀髪の男。顔立ちの聡明な印象は眼鏡のせいか。手にした薄いプラスチックの板には細かな字とエルジオンの外壁設計図が浮かんでいる。
「エアポート方面は特に異常はみられないか」
堅牢な城壁を見上げてそう呟く。
「おにいさん!」
遠くから彼をよぶ声。振り返ると少年が手を振りながら走って来ていた。
「シアター前で待っていてと言ったでしょう」
「暇だったんだもん」
少年は茶色の髪をわしわし掻いた。男はちいさくため息をつく。
「……君がジョーですね」
「うん。おにいさんがクレルヴォ?」
「そう。今はまだ仕事中だから、おとなしくしていてください」
そういって青年は作業にもどった。つかつかと歩いていくクレルヴォをジョーが追いかける。
「何してるの」
「こないだ合成人間がエルジオンに来たでしょう。その侵入経路の調査です」
エルジオンを襲撃した8体の合成人間。彼らの侵入経路は依然不明のままだった。
通常、エルジオンに入るためにはいかなる人物・いかなる場合においても生体認証とID認証がゲートで行なわれる。当然、合成人間はこの検問を突破することはできない。
一時期、IDを不正入手しセキュリティをクリアする合成人間も現れたが、生体認証の導入とID管理の完全機械化により淘汰された。にもかかわらず敵はエルジオン軍不在の時をねらい、白昼堂々大勢の市民が集う選挙会場にて破壊活動を遂行したのだ。
「安全が脅かされて、街中の人が不安と恐怖におびえている。この状況を放っておくわけにいかないですから」
「ふーん」
少年はさほど興味なさそうに生返事した。上空の大気は冷え、ときおり吹く風が身に染みる。
「でも、なんでおにいさんがその仕事をしてるの?」
ジョーが先生にもらった名刺には、すでにKMS社を退いたクレルヴォの身分が記載されていた。彼が今行なっている仕事はエルジオンのセキュリティ機能を開発したKMSの仕事のはずだ。
「今は街の復興作業に多くの人員が割かれています。もちろんKMSも例外ではありません」
エルジオンのセキュリティを担う市政部やKMSは今回の騒動でやり玉にあげられた。市民の厳しい視線を少しでも緩和させるため、両者は全力を尽くした復旧業務に追われているのだ。
「多くの人材が借りだされているので、調査の協力依頼が僕のところに来たというわけです」
「あ、サーチロボットの部品だ」
ガラクタを拾い上げるジョー。全然話をきいていないがクレルヴォもたいして気にしていない。
KMSはゲートセキュリティの改善と合成人間の解剖作業に忙しい。先日の襲撃で回収できた合成人間の機体は1体のみ。サンプルが少ないため、内部解析の進行は芳しくなかった。
「それでも、ある程度はデータを抽出できたみたいです。今回街を襲撃した機体は合成人間自身の手によって改造されたものという報告があります。機械装甲がよりぶ厚く、ダメージ軽減と格闘能力の向上に一役買っているとか」
「KMSの人におしえてもらったの?」
「ええ、解体作業の現場も見てきました」
それをきいたジョーは先を行くクレルヴォの前に回り込み、小さなからだで仁王立ちした。
「ぼくもKMSにいきたい!」
「ダメです」
「え~」
露骨にげんなりするジョー。
「……君は合成人間の製造に興味があるんでしたよね」
送られてきたメールをノート端末で確認するクレルヴォ。
「残念ながら、KMSの合成人間分野は完全凍結されています。製造にかかわる工場や部品は全廃棄済みですし、開発資料もだれも触れられません。今、合成人間の解析作業にあたっているのはアンドロイド分野のチームですし」
「げ~……」
がっくりと首がおれるジョー。クレルヴォは意に介さず歩いて行く。
それにしても、合成人間はどこから街の中に入りこんだのか。正直、ゲートのセキュリティに不備があったとクレルヴォは思えなかった。
光学迷彩で監視の目を欺いたのか?それならば生体認証でエラーが起きるはず。上空から侵入……はなさそうだ。管制塔のレーダーにかかればミサイルで撃ち落とされる。
所詮クレルヴォも現在はエルジオンの中枢組織から外れた存在だ。彼が優秀といえど、正解を導くには手持ちの材料が少なすぎた。
「……ぼく、ぬけみち知ってるよ」
「え?」
ジョーはつぶやいた。彼がクレルヴォを見つめる瞳はまっすぐだった。
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