第3話 ルート99

 夜の廃道は暗い。だから街の中よりも星の明かりがよく届いた。

 ルート99は静かだった。宙をただようサーチロボットや合成人間の姿もみえない。スクラップだらけの空はさびしかった。

 通路のいたるところに赤青緑さまざまなコンテナが積み重ねっている。どれも長年の風雨にさらされ錆びついていた。1番上の赤いコンテナに座る人影が見える。

 雲の奥に見え隠れする月の光で闇の中に浮かび上がった彼は煙草に火をつけた。

 白髪交じりの顔には傷があり、右の目元を赤いレンズで覆っている。胸や腕、脚も機械装甲でかためていてまるでロボットのようだ。

「……ごほっごほっ」

 男は腰を曲げてせき込んだ。そうして肺から白い煙を吐き出す。また煙草をくわえる。

「ごほっごほっ」

 胸元をとんとん叩く。眉間にしわが寄り、はあはあと息を荒げる。手にした煙草から灰がこぼれ落

「ごほっごほっ、ゲホッ!……オェ!」

 男は観念したのか吸いかけの煙草を放りなげた。まだ半分も減っていない煙草の箱を軽くにぎって潰す。

「今日は調子が悪い……」

 胸のボタンを押す。装甲のハッチが開き煙がシューと排出された。深呼吸し息を整える。ライターを手元でくるくる遊ばせながら男は月をながめた。


 カタン。

「誰だ」

 背後の物音に男は素早く武器を構えた。ボウガンにエネルギーがチャージされていき砲身が青白く発光する。

 赤いレンズの暗視機能で動体反応をスキャンするが特に返答はない。照準越しの肉眼でも影や死角に注意をはらう。

「……2時の方向だな」

 5メートル以上の高さから飛び降り音もなく着地する。男は影を縫って廃道の奥へすすんだ。



 ルート99はかつて工業都市へ向かうモノレールが配備されていた。現在は線路上にそのまま放棄され誰も立ち入ることはない。車両の屋根に搭載されたソーラーパネルはまだ生きているようで、内部の蛍光灯は点いたり消えたりを繰りかえしていた。

 モノレールに侵入した男は慎重にクリアリングを行う。電灯が消え車内が真っ暗になるたび、ボウガンをもつ手に力がはいった。

 車両間を仕切る扉は半開きになっていた。肩を扉に押しあて顔の半分を覗かせる。


 カタン。

「……近いな」

 半身で扉を抜け、ゆっくり歩を進める。奥の暗がりにごそごそと動く影が見える。

「動くな」

 男の低い声に、影がビクッと体を硬直させた。ボウガンのポインターが少年の額を赤くグラデーションさせる。

「……そのままこっちに来い。音は立てるな」

 ポインターは少年から徐々にずれていき、彼の奥で目を黄色く光らせる合成人間へピタリと合った。

「奴はまだ待機状態だ。刺激しなければ問題ない」

 怯えた表情の少年を男はまっすぐに見つめる。しばしの沈黙のあと、そっと立ち上がった少年は一歩一歩合成人間から離れた。

「その調子だ。だが気を抜くな」

 一歩、また一歩。

 合成人間のモーター音が低く唸りをあげている。

「あと少し……」

 部屋の中が明滅する。

 

 ガタン!

 少年のかばんから何か重たいものが床に落ちた。

「まずい――」

 合成人間の一つ眼が赤く点灯する。四肢が急速に駆動し、巨大な機斧を振りかぶった。

「伏せろ!」

 男は叫んだ。ボウガンから青いエネルギー弾が射出される。猛烈な速度の銃弾を合成人間は一発、二発と切り落とした。

「ちっ」

 炸裂したエネルギー弾が天井に跳ねかえり照明が破壊された。モノレールは闇に呑まれ、黄色の瞳と青の銃身の輝きが揺らめいた。

「逃げるぞ!」

 男は這いつくばった少年の腕をぐいと引っぱりながら背後の合成人間に弾丸をはなつ。弾が脚部の関節に直撃し、合成人間は一瞬よろめいた。手を引かれる少年は足をもつれさせながら必死に走った。



 ルート99旧モノレール駅周辺。

 手負いの合成人間は頭部中央のセンサーを赤く作動させたまま、ターゲットを追跡していた。物陰にかくれた男と少年はじっと息をひそめ、相手が通り過ぎるのを待った。

 頑丈な機械の足が鉄の道路を踏みしめる音はだんだん遠ざかっていった。

「……もう大丈夫だろう」

 男はボウガンを下ろした。少年もふうと一息つく。

「このあたりにいる合成人間にしてはかなり性能の高い機体のようだな……用心しなければ」

 そう呟いた男は懐から煙草をとりだした。

「で?おまえはあんなところで何やってたんだ」

 ライターについた火を手で囲い、煙草の先に着火する。

「見にきたの」

「何を」

「合成人間」

「……ほう」

 煙草をくわえようとして、口に運ぶ手を止めた。

「おじさんも合成人間……?」

 少年は男の腕や脚の機械装甲をじろじろと見ている。

「それは冗談で言ってるのか?」

「かっこいいね」

 男の話を聞いているのかいないのか、装甲部分をぺたぺたと触っている。

「どうやったらおじさんみたいになれる?」

「合成人間と戦って体じゅうに大怪我すればいい」

 少年の顔が強張る。男はにやりと笑った。

「機械の体になったところでいいことなんかひとつもないぞ」

 男は少年の手をにぎった。金属で覆われた男の手はひんやりと冷たかった。

「冷たいか?俺は何も感じない」

 光沢のある硬い大きな手。少年の手は白く小さい。

「でも助けてくれた」

 そういって少年はかばんを下ろし、中を探り始めた。

「見て」

 取り出したのは金属製の細かな部品。ほとんどガラクタにしか見えないが、中には手や足のパーツなど大きなものもあった。

「これを拾ってたというわけか」

 少年はこくりと頷いた。

「変わったやつだ。おまえ名前は?」

「ジョー。おじさんは?」

「……ロベーラだ。ジョー、ここで俺と会ったことは誰にも言うなよ。わかったな」

 再びジョーは頷く。煙草をくわえていて分かりにくかったが、ロベーラは笑っているようだった。



 きーん、こーん。

「先生」

 教壇で教材を片づける女性のもとへ、少年がかけよってきた。

「どうしたのジョーくん」

 先生は眼鏡をすこし直した。

「ぼく、機械の体になりたいんだけど」

「……なぜ?」

「だってカッコいいでしょ?」

 ジョーは目をきらきらさせた。

「そうですか。先生では力になれそうもないですけど」

 先生はカードの束をとりだして、そのうち1枚をジョーにわたした。

「彼なら何か知恵をかしてくれるかもしれません」

 受けとった紙をひっくり返してみる。そこには眼鏡をかけた銀髪の青年がすずしげな面持ちで写っていた。

「KMS社で働いていた、わたしのアカデミー時代の同期です。1度話してみたら?」

 先生は微笑んだ。ジョーも彼女を見上げてニッと笑った。



『みなさん!合成人間はわれわれの脅威です。奴らを滅ぼさなければ、われわれのもとに平和は永久に訪れないでしょう!』

 エルジオン・ガンマ区画大通り。大型選挙カーにのぼった小太りの男がメガホン片手に演説していた。車を囲むようにして大勢の聴衆が彼の声に耳をかたむけている。心に訴えかける彼の必死な表情は背後の電子スクリーンに投影され、ガンマ区画じゅうの視線が集まっていた。

「すごい人の数だ」

 群集の後方、アルドは見たことのないほど大規模な人の集団に圧倒されていた。選挙カーの上の男の大げさな身振り手ぶりもアルドのいる場所から見るとむしろちょうどよい。

「議員選挙だからね。いつもはこんなに多くないんだけど……」

 アルドのとなりの少女は熱弁をふるう男に腕を組んだまま怪訝な表情を向けていた。

「最近リィカを見ないけど、アルド何か知ってる?」

「どうも街の資材調達の人出が足りないらしくて、ずっと手伝いに行ってるんだ」

 街の人々から歓声があがった。当然アルドへの反応ではなく、モニターの中で拳を突きあげている議員候補への喝采である。

「そっちはどうなんだ、エイミ」

 そういわれて少女は豊かな黒髪をふるふる振るわせた。胸元のアクセサリーが小さく光る。

「このところ、合成人間たちの動きが読みづらくてね。いろいろ情報収して回ってたわ」

 なんだか静かすぎるというか、気味がわるいの、というエイミの顔は険しい。

『エルジオンの平和は私たちが守ります。みなさんの投票が、エルジオンのさらなる繁栄につながるのです!』

 ガンマ区画は称賛の声と拍手の渦につつまれた。

「わたしはあまり大きな拍手は送れないわね」

 アルドとエイミは周囲にあわせてまばらに手を叩いた。

「いろんな人が抱いている合成人間への憎しみや怒りを、あの人は選挙に当選するための道具につかっているんじゃないかって、そう思う」

 あたりに響く万雷の拍手。小太りの男は薄い頭を方々にわざとらしいほど深く深く下げていた。


『ははは、ずいぶん立派な物言いだ。口先だけは達者のようだ』

 ざらざらと不鮮明なノイズまじりの声がこだまし、あたりが奇妙な静けさに支配される。

『なんだ!いったいだれが喋っている⁈』

 政治家の男がわめいた。スピーカーから出力される音声にヒビがはいる。

 すると突然、選挙カーの車体に銃槍が一文字に刻まれた。車は爆発し、横転した車体から男は投げ出された。

「キャー!」

「やばいやばい」

「逃げろ!」

 あたりをつんざく悲鳴。電子スクリーンに砂嵐が走り、ひとごみは混乱に陥る。

 燃えあがる選挙カーの上に、空から何かが落ちてきた。着地点はべっこりと凹み、炎の中の影はゆっくり立ち上がった。

「アルド!」

「ああ!」

 走り出すエイミ。剣を抜き、アルドも彼女を追いかける。

「人間どもよ。おまえたちが安心して暮らせる場所など、もうどこにもないのだ」

 車の残骸から降りた合成人間は、背中の機械斧を見せつけるように振りおろした。



 






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