第2話 リィカ
きのうは合成人間について勉強しました。ではみなさんは彼らがどうやって生まれたのか知っていますか。
そうです。彼らは巨大企業KMS社が造った人間。あの著名な研究者、クロノス博士も深く関わっています。
しかし、約10年前に博士は行方不明となってしまいました。捜索は行われましたが、彼とその家族の消息はつかめないままです。
もしクロノス博士がいてくれたなら、合成人間との関係性も今とは異なったものになったかもしれません。
合成人間との戦いによって大切な人を奪われた人々のなかに、正規の軍隊には身をおかず独立して戦う者をハンターと呼びます。この戦いはいつまで続くのか、それは誰にもわかりません。
きーん、こーん。
鐘が鳴った。
「今日の授業はここまでです。みんな気をつけて帰ってください。くれぐれも街の外へ出ないように」
教壇に立つ女性がそう言い終わらぬうちに、子どもたちは教室を飛びだし廊下を駆けぬけ校門をくぐっていった。
「今日なにする?」
「ドリマジ!」
「ラピッドパイツ倒したいな」
「じゃあガンマ区画行こうよ」
はしゃぐ子どもたちから少しはなれて茶髪の少年が1人、ぼーっと歩いていた。
「ジョーもドリマジやるよな?」
茶髪の少年ははっとして答えた。
「いや、今日はやめとく」
そういって仲間たちの一団を追いこしてまたぼーっと1人で歩いて行った。
「あいつどうしたんだ?」
「さあ、熱でもあるんじゃないの」
ぴんぽーん。
「ごめんくだサイ。エアポート補修のための資材をお持ちしまシタ」
インターホンをのぞくガラスの瞳がぴかぴかと光った。大きなツインテールの少女は身の丈にあわない大きさのコンテナをかかえていた。
頭上からエレベーターが降りてきて、扉がひらくと中年の男がうんざりしたような顔で立っていた。
「カチョーさん、頼まれていた補充パーツです」
陶器のような白い肌は人間のものではない。むすっとした男の返事を、アンドロイドの少女は待っている。
「あのね、きみ」
「ハイ」
「うちに来たの、もう3回目だよ。ここはそのカチョーさんだかの家じゃないって」
「アレ?」
アンドロイドは無表情のまま首をかしげた。両者無言のまま、ふたりの間に気まずい時間がながれる。
「……じゃあそういうことだから」
男は手で会釈した。ガコンと扉が閉まり、うっすらと聞こえる駆動音とともにエレベーターは昇っていった。
「マタやってしまいましタカ……」
少女は肩をおとした。手から滑ったコンテナが地面に落ちて鈍い音が響いた。
エルジオンから外へ出るには、ゲートで生体認証およびID認証をパスする必要がある。市民を外敵の脅威から守るためであり、当然子どもたちもそれぞれIDを所持している。
理由もなく街から出てしまうと、ゲート通過の情報はすぐ飛びまわり親や先生にお叱りを受ける。それでも好奇心旺盛な彼らは、セキュリティの穴をついてまで街の外に飛び出すのだ。
ジョーは廃道へとつづく秘密の抜け穴にやってきた。彼のほかは誰もいない。街を外の世界と遮断するぶ厚いゲートの内部は、むき出しのパイプや鉄骨だらけでうす暗い。はりめぐらされたコンピュータの一部がたびたびチカチカと点滅して、彼の顔をグリーンやイエローの蛍光色に染める。演算が繰り返される回路からは微細なクリック音が断続的に聞こえてくる。
「あ、ここにあった」
ジョーは棒状の金属塊を拾い上げた。この前に捨てていった合成人間の腕だ。彼は金属で造られた精巧な生物の一部分を、撫でたりひっくり返したりして観察した。
ジョーは背負っていたかばんを下ろして中から白いタオルを取り出した。それで金属の腕をていねいに包み、かばんの中へ押し込んだ。かばんはずっしりと重たくなったが、そんなことはもう気にならなかった。
ぴんぽーん。
「……ごめんくだサイ。エアポート補修のための資材をお持ちしまシタ……」
インターホンをのぞくガラスの瞳は力なく点滅した。外はすっかり日が傾き、あたりは茜色に染まっていた。大きなツインテールの少女の傍らには、大きなコンテナが無造作に置かれていた。
頭上からエレベーターが降りてきて、扉がひらくと中年の女が感じのいい笑顔を浮かべていた。
「カチョーさんの奥サマ。頼まれていた補充パーツです……」
陶器のような白い肌は人間のものではないはずだが、そこにはあるはずのない疲労の色が肉眼ではっきりと確認できた。
「あら、リィカちゃん!そんな重たい荷物持ってきてくれたの?ありがとう!」
エレベーターからひょっこり出てきた中年の女性は少女の手をにぎってぶんぶん振った。リィカは女性の笑顔を見て目をぴかぴか光らせた。
「イエイエ!これくらいお安い御用デス!」
「ちょっとあがって休憩していったらどうかしら、ほらほら!」
カチョーの奥さんに手を引かれ、リィカはあれよあれよとエレベーターに連れ込まれた。
「それでね~うちのダンナがさ!」
奥さんとリィカはしばらく談笑をつづけた。2人がはさんだテーブルにはお茶と煎餅が並べられていた。
「ただいま」
玄関のほうから少年の声がきこえた。奥さんはあわてて時計を確認する。
「あら、もうこんな時間。ごめんねリィカちゃん、長々と喋っちゃって」
「イエイエ!煎餅もごちそうになりましたカラ」
煎餅がおかれていたリィカ側の皿はきれいさっぱり空っぽになっていた。
エレベーターのドアが開き、茶髪の少年が大きなかばんを背負って入ってきた。
「ジョーおかえり。こちらはリィカちゃん、前にお父さんと一緒に働いてたのよ」
「リィカです、コンニチハ」
リィカを見て、ジョーはすこし恥ずかしそうに会釈した。
「こんにちは」
そして2人から逃げるように自分の部屋へ入っていった。
「あら、あの子緊張しちゃったみたいね」
リィカと息子のやりとりを見た奥さんはくすくすと笑った。
「くせっ毛が奥サマにそっくりですネ」
「そうでしょ?よく言われるのよ。小さい頃なんか特にわたしそっくりでね」
湯呑をシンクで洗いながら奥さんはつづけた。
「でも、やっぱり男の子なのよ。最近は機械に熱がはいってるみたいで」
「機械デスカ?」
「部屋によくわからない部品とか工具とかどこからか持ってきてるみたいなの」
蛇口から噴き出る水音に混じって、ジョーの部屋から金属の擦れ合う音がかすかにもれていた。
「マシンやロボットの無機質さに魅かレル男性は統計的に見ても多いですカラ」
「ほんと!私にはよくわからないわ~。……あ、リィカちゃんは別よ」
「おう、リィカか。今日は1人か」
「ザオルさん、コンバンハ。遅くまでお疲れさまデス」
夜の鍛冶屋イシャール堂はほとんどの照明が落とされ、ザオルの仕事場だけが旧式のランプで暖かな光につつまれていた。
「作業するにはすこし暗くないデスカ?」
「この時間になると細かい作業はもう必要ない。骨董の武器コレクションの手入れには、このくらいの明かりが落ちつくんだよ」
ザオルは手にもった短剣をランプに照らしてみせた。リィカもふむふむと頷く。
……あいつらを許すな!
……合成人間は根絶やしにしろ!
「外から何か聞こえてきますネ」
「ハンターたちの決起集会だ。ここ最近増えてきていてな」
リィカが窓をのぞくと、武器を手にかかげる人々がさかんに大きな掛け声を繰りかえしていた。
……やつらは害虫だ!
……残らず叩きつぶせ!
「たしかに合成人間どもは許せねえ。だが、ああやって人間の黒い感情を煽りたてるのもどうかと思うが」
ザオルは10年前に合成人間の襲撃により妻を亡くしている。大切な人を奪われたという点で、外の過激なハンターたちと境遇は同じだ。
「お前にとっても見ていて気持ちのいいもんじゃないだろう、リィカ」
リィカも機械の身体をもつ点で合成人間と同じではあった。
「アンドロイドと合成人間は全く異なるタイプの製品デス。彼らにそこまで強い同情を感じたことはありまセンガ……」
リィカはもう一度外を見た。1人の男がもつ剣が真っ赤な炎をまとった。まるで憎悪の念が燃えさかるようだった。
『もしもし、リィカ?今大丈夫か』
リィカの通信端末から男の声がきこえた。
「もしもし、カチョーさんですカ?」
『おう!嫁さんがおまえのこと嬉しそうに話してたぜ』
日中に荷物をとどけたカチョーからの電話だった。リィカはザオルに頭をさげ、店を出た。ザオルも手を振って見送った。
「イエイエ!こちらこそ楽しかったデス」
『それでな、おまえが届けてくれた資材なんだけどな』
イシャール堂から出ると、夜空にはかすかに星が輝いていた。
『どうも発注した数と今あるやつが一致してないんだ。パーツが何個か足りないんだよ』
「……何の音?」
カチョーの奥さんは目がさめた。ベランダでだれかと通話している夫の声に反応してしまったようだ。
奥さんは大きなあくびをした。ベッドから起き上がり、目をこすりながらふらふらとお手洗いへ向かう。途中でジョーの部屋の前に差し掛かった。ふと目をやるとドアがわずかに開いていた。
「……ジョー、まだ起きてるの?」
奥さんがドアを開いた。ジョーをたしなめようとベッドや机のあたりを見まわした。しかし、部屋の中には誰もいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます