合成人間

そうま

第1話 ジョー

 ではみなさんは合成人間を知っていますか。

そうです。彼らは私たち人間が造った人間。共に生きていく良いパートナーでした。

 しかし、約10年前に彼らは私たちに宣戦布告しました。

彼らは忠誠心をつかさどる回路を自ら無効化しました。そうして我々のあいだに争いが起こってしまいました。戦いは今も街の外で続いているのです。


 きーん、こーん。

 鐘が鳴った。

「今日の授業はここまでです。みんな気をつけて帰ってください。くれぐれも街の外へ出ないように」

 教壇に立つ女性がそう言い終わらぬうちに、子どもたちは教室を飛びだし廊下を駆けぬけ校門をくぐっていった。

「今日どこで遊ぶ?」

「廃道!」

「外に出たら怒られるよ」

「バレなきゃ大丈夫でしょ」

 はしゃぐ子どもたちの流れの脇で青年が1人、門に寄りかかってその様子を眺めていた。

「楽しそうだな……」

 青年はぽつりと呟いた。無造作な黒髪。子どもたちを見つめる表情は優しい。

「お待たせアルド」

 青年の隣に少女が現れた。

「フォラン、授業もう終わったのか」

 少女の紫色の長髪がふわりと揺れた。

「試験期間なの。だからこの子たちと一緒の下校時間」

 背丈が自分の半分もない子どもたちを、フォランも同じく見つめた。

「ところで今日は私たちだけ?」

「ああ。リィカもエイミも別の用事があるって」

「ちょっと心許ないかもね」

「今日の相手はそこまで手強くない。大丈夫さ」

「そうね。一応鍛冶屋によって武器をメンテナンスしたいんだけど」

「オッケー。じゃあ行こうか」

 アルドとフォランは子どもたちと逆のほうへ歩き出した。



 宙を走るスクーターや、空中に投影される巨大な電子スクリーン。つるつるの素材で完璧に舗装され、あたりの風景が反射して映りこむ道路。文明が進んだ街の様子とは裏腹に、鍛冶屋イシャール堂は金属や鉄の手触りを残した古めかしいたたずまいだ。

 鋼鉄の扉をくぐると、見慣れた顔が出迎えた。

「ようアルド。今日はたしか合成人間討伐の日か」

 額に傷を負った銀髪の男は大きな鉄の剣を丁寧に研いでいた。

「ああ。エイミとは別部隊だけど」

「こんにちは、ザオルさん」

 フォランは丁寧にお辞儀をして、取り出した鋭い槍を男に預けた。

「少し時間がかかる。2人とも、適当に時間を潰しておいてくれ」

 槍を受け取ったザオルは片目に高精度レンズをのせ、柄や先端の部分を調べ始めた。

 店を出たアルドとフォラン。イシャール堂の周囲には、剣やハンマーなど武器を携えた者たちが大勢いた。そのうちの1人、大剣を背負った大男が2人のもとへ来た。

「お前がアルドか。今日は頼んだぞ」

「任せてくれ」

「あのいまいましいロボットどもを鉄くずにしてやるんだ」

 大男はアルドを険しい顔で睨みつけた。

「ああ」

 そういって彼はまわりの人間を引き連れ、ぞろぞろと去っていった。

「礼儀のなってない人ね」

 フォランは腕組して大男たちの背中を凝視した。

「怒りでそれどころじゃないんだろう」

 彼らのうしろ姿に、アルドはエイミを重ねていた。

「自分の大切なひとを奪われた人たちだ」



 街を出ると、目の前は青空だった。

彼らの街エルジオンは空に浮かぶ大陸に根ざしている。宙の上の大地に積み重なった人工街だ。

 エルジオンのまわりには、無数のレールが張り巡らされている。エルジオンとほかの大陸をつなぐ鉄の血管のように。

 一歩踏み外せば地表に真っ逆さまの危険な道を、アルドとフォランは駆け回っていた。

「廃道はさすがにあいつらのほうが有利かもね」

「ガラクタに紛れられると厄介だな」

 整備されずに荒廃した交通路は、使われなくなったエアシップや不法投棄されたコンテナまみれだった。機械の体で身をひそめるには格好の場所だ。

「アルド、うしろ!」

 フォランが叫んだ。とっさに振り返るアルドだったが、硬い金属の拳が腹に入った。

「ぐっ!」

 吹き飛ばされ、コンテナに叩きつけられたアルド。鉄板はべこべこに凹んだ。

 倒れこんだ彼に猛然とつめ寄る合成人間を、コンテナの影から飛び出した男が刀ではじき返した。

「大丈夫か」

 男はアルドの腕をつかんで引っぱり上げた。

「ああ、助かったよ、ありがとう」

 アルドは体のほこりを払った。フォランは深く息を吐いて胸をなでおろした。どうやら彼はあの大男たちの仲間のようだ。

 火花をちらして動かなくなった合成人間の頭部を男は切り落とした。

「……ちくしょう」

 男はうつむいたまま、金属のかたまりを蹴飛ばした。


 うわああああ‼

 廃道に絶叫がひびいた。3人は素早く身がまえる。

「子どもの声……?」

 フォランの顔を冷や汗がつたう。

「遠くはないぞ。急ごう!」

 アルドは腹を押さえて走り出した。男とフォランもそれにつづいた。



 横たわったエアシップの中からまた声が聞こえた。

「あの中だ!」

 フォランは水流を纏った槍でエアシップの入り口をぶち破った。すかさず内部に転がり込むと、小さな男の子が腰をぬかしてへたり込んでいた。

「た、助け……」

 少年の眼前には彼の何倍もの大きさの人造人間がゆらりと立っていた。

「動かないで!」

 フォランは合成人間目がけて槍をするどく投げた。合成人間は斧でそれを防いだが、注意がそれた隙にアルドが少年を救出した。

「ケガないか?」

「う、うん」

 アルドは微笑んだ。

「うおお!」

 少年の無事を確認した男は、すばやく合成人間に近づいて腕を切り落とした。斧を握った手が床に落ち、真っ二つになった機械の腕の断面から配線やオイルがもれ出した。

「下がっててくれ!」

 アルドは少年にそう言うと、両手に握った剣から炎を滾らせて合成人間に振り下ろした。焼け焦げた合成人間は力なく崩れ落ちた。

「ふう」

 燃えさかる剣を一振りし、アルドはひと息ついた。

 床に転がった兵器の残骸を男は光をうしなった眼で見下ろす。

 ぐっと、刀を持つ手に力を込めた。

「やめてよ」

 男を制して、合成人間の亡骸のそばに落ちていた槍をフォランは拾い上げた。

「そんなところ、あの子に見せないで」

 少年は船内のすみに座り込み、ぼーっと2人のほうを見ていた。

 男はしずかに刀を鞘におさめた。



「お兄ちゃんもハンター?」

 少年は無邪気な視線をアルドへ向けた。

「違うよ」

「じゃあ軍隊のひと?」

 アルドは頭をかりかり掻いた。

「それも違う……なんて説明したらいいかな」

 実はこの時代の人間じゃないんだなんて言ってもいいのやらと迷っているうちに少年はフォランたちのほうへかけていった。

「お姉ちゃんはハンター?」

「戦う人っていう意味ではそうかもね」

「ふうん」

 少年は動かなくなった合成人間をじっと見つめていた。

「はじめて見たか?」

「うん、動いてるやつは」

 男の質問に少年はどこか上の空のまま答えた。

「こいつらは俺たちの命をおびやかす冷酷な機械野郎だ。これに懲りたら街の外に出るなんてまねはやめろよ」

 そういって男はエアシップを出ていった。

「フォラン、おれたちもそろそろ戻ろう」

 アルドとフォランも、男のあとを追って出ていった。

 少年はそのあともしばらく床の上にころがった機械片をじっと見ていた。



「あっ、ジョー!おまえどこ行ってたんだよ」

 もう使われなくなって久しい交通路、廃道ルート99。エルジオンからそこに通じる秘密の抜け穴に数人の少年たちがたむろしていた。

「ごめんごめん、ちょっとね」

 ジョーとよばれた茶髪の少年。遅れてやってきた彼の衣服にはかすかに焦げた跡がついていた。

「ジョー、おまえ何かうしろに隠してない?」

 少年の内の1人が手をうしろに回したジョーの落ちつかない様子に感づいた。

「へへへ、じゃーん!これ見てよ」

 ジョーは隠し持っていた合成人間の腕を取り出した。未知との遭遇に沸きたった少年たちが彼を囲みこむ。

「おい、これ合成人間の腕じゃん!」

「すげー、これ本物?」

「ジョー、どこで見つけてきたんだよ」

 ジョーはみんなから注目を浴びて得意げな顔をした。つい先ほどまで生命の危機にさらされていたことはもうすっかり忘れていた。

「でも、なんか思ってたよりリアルで気持ち悪いな……」

 そう1人がこぼすと、嫌悪感はたちまち周囲に伝播していった。

「たしかに」

「なんか油垂れてるし」

「ぐろいな」

 彼らは急速にジョーの発見から興味を失ってしまった。離れていく友だちの姿を見てジョー自身もこの珍しい物体がなんだか急につまらないものに思えてしまい、まだ少し熱をおびた機械腕を所在なげにぶらさげた。

「今日はもう帰ろうぜ」

 少年たちはエルジオンへ続く抜け穴にむかって歩き始めた。ジョーもそれについていく。合成人間の腕は意外と重く、うっとおしくなったジョーはそれを適当に放り捨てていった。


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