お手続きが簡単になりました
Slephy
お手続きが簡単になりました 本編
昼過ぎの市役所とは、意外と混んでいるものだ。
ここ最近は特によく混んでいる。
――ピンポーン
「お次にお待ちの方どうぞ!」
決まり文句に立ち上がったのは、年若い風貌をした会社員の男性だった。
仕事の途中なのか、首から社員証をかけたままである。
「お待たせいたしました。ご用件は何でしょう?」
「返納の手続きをお願いします」
会社員はあらかじめ財布から取り出しておいた免許証を差し出した。
受付の女性は、彼女の右側に置かれたパソコンを操作しつつこう答えた。
「かしこまりました。 一度免許を返納されると再取得はできませんが、よろしいですか?」
「はい、結局免許持ってるだけになっちゃってたので。」
「かしこまりました。 こちらの太枠の中に必要事項をご記入ください」
男性は申請書類を受け取り、持参したボールペンで記入を始めた。
しばらくの沈黙の後、受付の女性は唐突に言った。
「あの…どうしてわざわざ返納されようと思ったんですか?」
男性は罰の悪そうな顔をして、すこし戸惑ったあとに語りだした。
「始発に乗って、仕事して、終電ギリギリでやっと帰るみたいな生活をずっとしてると、持ってる意味が分からなくなっちゃうんですよね。前は結構遠出もしたんですけど、忙しすぎて…」
「なるほど……。 余談ですが、労働環境に問題があるのでしたら転職を検討されてはいかがでしょうか? 最近、市の方でも転職を希望される方の助成に取り組んでいて…」
「いや、そういうのもう面倒なので。 いいんですよ僕は」
会社員は食い気味に、彼にしては大きな声でそう言って、書き終えた書類を差し出した。
「失礼致しました」
受付の女性はすぐに切り替えて、手続きを再開した。
「書類の方は問題ありませんので、最後に周りの方にお伝えしたい事はございますか?」
「最後まで迷惑をかけて申し訳ありませんでした。とお願いします。」
誰を思って言っているのか、何かが気になって仕方がないような、不安げで背徳感を帯びたそんな表情で、男性はそう言った。
「かしこまりました。 しっかりとお伝えしておきます」
「それでは、手続きがすべて完了いたしましたので…」
受付の女性が、Enterキーを押した。
――――――――――――――――
パサッ
――――――――――――――――
乾いた音を立てたのは、床と、そこに落ちた社員証だった。
先程までそこにいたはずの、社員証に映った当の本人は、もうどこにも見当たらない。
「…っと。」
受付の女性は一抹の驚きを見せた後、深く一息ついて立ち上がった。
「お次にお待ちの方どうぞ!」
気持ち早めにそう言いながら、社員証を拾いにカウンターの外に出た。
――ピンポーン
カウンター上には、失効した彼の普通人生免許が置かれたままである。
『お手続きが簡単になりました』 -終-
お手続きが簡単になりました Slephy @Slephy
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