第6話

「で、どういうことなんですか、文月先輩?」

「あ、ばれた?」

「ばれたってなんですかっ!?」

 ぬい部の部室を脱出して向かった先は、中等部生徒会室。一切の遠慮もなしに、文月先輩をお借りして、渡り廊下付近まで引っ張ってきたところだ。

 太陽光の降り注ぐ中庭を背に、ほおをかいて笑う文月先輩、もとい首謀者。

 おかしいな、さっきまでは神様に見えていたはずなのに、いまはそんな仕草さえもいらついてくる。しょうがない。私は今怒ってるんだから。

「いやぁ、ちょうど三ヶ月くらい前、高梨たちから廃部になりそうで困ってるって、泣きつかれてさ。次の新中一が一人でも入ってくれないと、終わりなんだって。それで、だれか入ってくれそうな子知ってないかーって言われて、とっさに佳穂の名前だしちゃったんだよね。」

「私の名前を…?」

 なんでだ。そんなに面識あった気もしないんだけど。私はフリー素材の認識なのか?

「そしたら向こうがその気になって、めっちゃグイグイきちゃって、こっちも引き下がれなくなってさぁ。それで、ここまでずるずる引きずっちゃったんだよなぁ」

「え、じゃあ、もしかして、早々にあそこを立ち去ったのは……」

「うん、ボロが出ると思ったから」

 文月先輩は、けろりと言ってのける。

「最低だ……」

 あまりにも最初との印象が違いすぎるから、うっかり本音がこぼれ出てしまった。そんな言葉久しぶりに言われたなー、なんて言って無邪気に笑う彼には、フォローなんて必要なさそうだけど。

「ら、来年度のお話っていうことだったんですね。それならそうと最初から言ってくださってもよかったのに…なんで私に言わず進めちゃったんですか!私の意思は!?」

 そうだ、一番大事なのはそこなのだ。報告、連絡、相談がいちばん大事だって、私たち生徒会なら痛いほどわかってるはずなのに。

「まー、ね。ごめんて。佳穂に言うタイミング、ずっと逃しててさ。写真撮ってきて欲しかったのもほんとだし、ぬい部の部室にぶっこんどけばどうにかなるかなーって思ったのもほんと。さすがに雑すぎたと思って見に行ったら、うまくやってそうだからいいかな、って思っちゃったんだ。ごめんね。おれが悪かった」

「…全然大丈夫じゃありませんでしたし。大変だったんですからね」

「うんー、そうだよね。本当にごめん」

 やめてほしい。急に優しく謝られると、怒るにも怒れない。行き場のなくなった気持ちを、上履きをいじいじさせて消化しようとしていると、ごめんなーって、文月先輩が頭をくしゃっと撫でてきた。

 一瞬びっくりしたけど、安心できる手のひらに、すっと心が静まっていくのを感じた。すごいな、ゴットパワーみたい。

「それで、どうするよ。あっちから提案されてるのは、これから中等部進学までの半年間、体験入部みたいな形をとってみないかって。好きな時に遊びに行って、それで入りたいかどうか決めてくれたらいいって、言われてる」

 なんとなくわかってたけど、やっぱり、そう言うことなんだ。というか、そんなのありなんだ。廃部ギリギリだから、先生も寛容になってくれたのかなぁ。

 ぬい部の雰囲気は、好きだ。先輩も好き。気になることはまだまだあるし、好奇心がうずうずしているのも感じる。

「…でも私、生徒会続けたいし、両立できないかもしれないし…」

「佳穂ならうまくやるでしょ、だいじょうぶだって。実際に、こじれたこの話を、うまくつなげてきてくれたんだし。ぶっこんだのだって、佳穂に信頼おいてたからだよ。普通の小六は、そんなことできないだろ」

「…私は、そんな簡単にだまされませんよ」

「ひどいなー、人を詐欺師みたいに言って」

 そうだ。そんな簡単に、甘い言葉に乗せられるほど、わたしはかわいく生きていない。だいたい、私の気持ちはどうなんだ。もしかしたら、私が中等部では、吹奏楽部に入りたいとか、思ってるかもしれないじゃないか。

「大丈夫でしょ。変なところでも責任感が強い佳穂が、中高で関わりの深い文化部に高校から入るわけないし。気を使うタイプだろ」

「…う、運動部に入るかもしれないじゃないですか…」

「運動部は練習多いから、仕事で穴を開ける訳にはーとか言って入んないでしょ。でも、佳穂はそれだけで終わる人でもないから、何かしら、中等部で新しいチャレンジはしてみたいと思ってるんだよね。なにか新しい環境に一から身を投じてみたい、とか。」

 ちがう?と言って、小首をかしげる文月先輩。ゆるい弧を描く、先輩の口元と目元。秋風が、さぁっと木の葉を騒がす。心臓をぐっと、掴まれた気がした。

 あの時、思っていたことまで、なんでわかるの。ほんとうに思考を丸読みされていたのだろうか。ここで挑発してきたのなら、雑にごまかすこともできたのに。どうして。どうして、そんなに、優しい目をしているのだろうか。

 部活なんて、入る気はなかった。生徒会室で、書類を一人で作っているときによく聞こえる、ランニングの掛け声や、何度も繰り返し吹いて、少しずつ上達していくフレーズがちょっとうらやましかったりもした。でも、だれかの役にたてるのは好きだし、私が責任を受け持つことを選んだのだから、その他のことに、一生懸命になってはいけないと思ってた。

 先輩は、私がただぬい部に入らないかと言われるだけじゃ、首を決して縦に振ることがないことをわかっていたのかも知れない。でも、私に挑戦してみたいという思いがあることを知って、こんな、わざと逃げ道を塞ぐ手をとってくれたのかもしれない。

 まぁ、それにしたって、無理やりすぎるとは思うんだけど。

「…ももは先輩たち、すごくよろこんでくれてたし。文月先輩が言っちゃったことも、もう取り戻せないし」

自分の口からでる言葉が、ただの幼稚な言い訳でしかないことなんて、わかってる。でもいま、これは、文月先輩が弱い私のために、引いてくれたレールなのかもしれないと、思ってしまったから。幼い私は、自分を納得させる言い訳くらいしてないと、泣いてしまいそうだから。

「半年間だけ、体験入部してみます。」

 そういうと、彼は、まるで心の底から咲いたような笑顔になる。

「うん、ありがとう、助かった」

あぁ、ほんと、私もこんな人になりたかったな。

ううん、諦めてちゃダメかもしれない。せっかく、そんな素敵な先輩がくれた成長のチャンスなんだ。文月先輩みたいに、たくさんの人を幸せにできる選択をできる人になりたい。なれるかな、なりたいな。

「あ、ところで先輩、ぬい部って何する部活なんですかね。実はまだ私、あんまり知らなくて…」

「あ、それはねー」

ピロンと可愛らしい通知音がなって、文月先輩は、ちょうどいいタイミングだね、なんて言ってニヤッと笑う。

「次の、ぬいぐるみ部、略してぬい部のタスクは、これらしいよ」

文月先輩が見せてくれたスマホの画面。


『ネクストミッションがきまったから、かほちゃんにお知らせねがいます!

 ネクストミッション→→→草むしり大会☆☆

 来週の水曜日に、ジャージで校門集合ー!』


「あははっ、仮にも新入生の初体験部活に草むしりとか、やっぱさすがぬい部だよね。いやー、がんばれよー佳穂」

「…はぁ」

なんでこの人はこんなに楽しそうなんだろうか。

…前言撤回。なんだかすでに雲行きが怪しいです。

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ぬいぐるみ部、ただいま活動中ですっ! 高森あおい @takamori-ao

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