第5話
「ということで!かほちゃん!これからよろしくね!!」
「はい!!」
……ん?
ちょっぴり浮ついた気持ちのまま返事しちゃったけど。
私はなにをよろしくされるんだい……?
「いやぁ、かほちゃんがうちにいてくれたら、この部も将来安泰だわー。ほんと、よかったよかった」
「…おい、桃羽。お前、口調が完全におばさんだぞ」
腕をくんで、しみじみと頷くももは先輩の横で、あきれ顔のくゆき先輩が言うと、片手に持った工具をくるくると宙返りさせながら、正晶先輩が鼻で笑った。
「言葉には精神年齢がでるっていうもんなー。高梨センパイ、大人通り越しておばさんなんじゃねーの?」
「え!?うそ!?やだやだ!!まだ私は華の十代なの!!」
「だ、だいじょうぶですよ~。わたしは、どんな先輩も好きですよ?」
「んんん、花怜、嬉しいけど、それフォローになってないなぁ」
でも好き!と言ってももは先輩が花怜先輩に抱き着くのを、またやってる、とでもいうかのように男子二人組が見ている。
そんなお決まりのコントのような構図の中に、一人お決まりではない人間がどスルーされて、突っ立っているという様子は
残念ながら私は、傍観者でなく当事者に当たるのだけれど。
そんなくだらないことに頭を回転させながら、どうしたもんかと言葉のとおりに突っ立っていると、ふとそれに気が付いたらしい、ももは先輩が私に向かってとんでもない勢いで走ってくるではありませんかっ!?!?
「えぁ!?」
可愛らしくもなんともない声をあげ、イノシシこと、ももは先輩に突撃された私はもごとに吹っ飛ばされ……るはずだったのに、なぜかふわっとした感触に包まれる。
「改めて、かほちゃん!!!ぬい部に入ってくれてありがと~!!!!」
ももは先輩に、突撃されたのではなく、抱きしめられているのだと気が付いたのは数秒後だった。
「もー、嬉しいのはわかりますけど、急に走ったら危ないですよぉー?」
声のした左を見ると、中腰になった花怜先輩がぷぅっと頬を膨らませていた。リスみたいで、かわいい。
花怜先輩の右手が、私の首元に回るももは先輩の手にリードのごとく繋がれていることから、花怜先輩は急に走り出した彼女に引きずられてきたんだろう。
かわいそうだ。でも、ももは先輩は悪びれずに笑っている。なんだか、憎めないんだよなぁ、この人。
___って、待て。
なんか、さっき、ももは先輩が大事なことをおっしゃっていたような。
私の聴き間違いじゃなければ、でも、そんなことはありえない__
そんな私の小さなパニックをよそに、「ぬい部」のメンバーは和気あいあいと話し出す。
「でも、かほちゃんが入部してくれてよかったですねぇ。わたし、ぬい部なくなっちゃったら、もう無理だもん…」
「しかも元生徒会長って言ったら、つえーよな。最強じゃん、ぬい部」
「ねー!!しかもこんなに可愛くっていい子だし……ほーんとよかったっ!」
嬉しさのにじんだ声を聞くたびに、私の焦りは、どんどんつのっていく。まてまて。どういうことだ。私が、ぬい部に、入部する?
「おいおい、お前ら、気が早い。三島は体験入部って話だろ?あんま困らせんな」
はぁとため息をついて、呆れた声で、な?、と私に同意を求めてこられましても。
助け舟をだしていただいたのに、ごめんなさい、くゆき先輩。私、体験入部のことすらも知らないんです。
これって私がおかしいの?この時期に体験入部ってなに?木の葉も舞い落ちる、秋真っ盛りですが?初等部の生徒向けで、中等部の部活に体験入部会とかって、やるんだったけ。初等部生徒会長、聞いたことないですけども。
だめだ、聞きたいことしかない。だけど、聞いたらまたあの雰囲気になることは、なんとなく察しがつく。思えば、先輩たちが積極的になったのって、あれが皮切りじゃ__?
そーだった、ごめんね〜なんて、幸せそうに笑う先輩たちには、私は何も言えない。脳内を大量に流れる情報をこぼさないよう、私はにこにこと笑うことしかできない。いい人たちなのは、確かだ。
…これはもう、あの人に聞くしかないでしょ。
すぅっと静かに息を吸いこんで、精一杯の演技。ふと気が付いたようにスマホを取り出して、目を丸くし、困り顔で笑ってみせる。
「ごめんなさい、先輩。わたしもそろそろ、生徒会室に戻らなくちゃいけないみたいで…。ずっといるのも悪いので、そろそろお暇しますね。先輩方のことたくさん知れて、楽しかったです」
本当はなんの通知もきていないスマホを、抱くようにして、あさくお辞儀。
うん、我ながらうまいのでは。楽しかったのは、うそじゃないし。
「そっかー…そうだよね、かほちゃんも大変だよね。こちらこそありがとう!楽しかったよ〜〜」
うんうんと頷いて、みんなそれぞれに、別れの挨拶を返してくれる。
かれん先輩が、あまりにも寂しそうに「またきてね…!」なんていうから、これまでの思考を全部ふっとばして、もう少し居座りたくなった。あぶないあぶない。
「それでは、失礼します」
後ろ手にドアを開けて、一礼。扉を閉めようと手をかけたところで、あ、と一つ立ち止まった。すっと、息を吸う。
「次の連絡も、とりあえず文月先輩にお願いしていいですか?これまで通り。」
「え、あ、うん、わかった。連絡しとくねー」
ばいばーいと手を振る、ももは先輩。ペコっと会釈して、こんどこそ扉を閉める。
…やっぱりか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます