第199話 これからも、ずっと
==========================================
旧エール王国北部 ブランカ村
ピークス山脈を望むその小さな村は、昨日降った遅い初雪によって一面雪化粧を施されていた。
ギュッ、ギュッと新雪を踏みしめながら村内を進み、一軒のこじんまりとした佇まいの店に辿り着く――
扉をノックする音が店内に響き、少しして中から元気のいい女性の声がして扉がガチャリと開いた。
「はーい! いらっ……しゃ――」
ルイーナさんは言葉を言い終える前に膝をつき、ポロポロと涙をこぼしながら人目もはばからず泣きながら足元にすがりつく。
「ユウガ、アイラ!!――ああ、良かった……生きてたんだね!!!――本当に、本当によかったよおお……!」
「連絡が遅くなってすみません――巨神もろとも消えるはずだったんですけど、こうしてまた目覚めることができました……!」
「黙ってるなんてひどいよお!……本当に心配したんだからね??」
「すみません……でも、ルイーナさんだけはどうしても直接会って伝えたかったので、皆に俺たちのことを話さないようにお願いしてたんです」
「そんなドッキリいらないし!! 皆して口裏を合わせてたなんて、ホンっといじわるなんだからぁ!!!」
「もう少し早く来たかったが、私もユウガも異世界から召喚された魔物の残党を倒したり、破壊されたミールウスの復興の手伝いをしたりで中々顔を出す時間がなかったんだ……すまなかった」
「それは分かるけどぉ……お姉さんはちょ~っとショックだなあ」
頬をプクっと膨らませてむくれるルイーナさんだったが、二人で必死になだめていると次第にいつもの笑顔が戻ってくる。
「まあ店先じゃなんだし、とりあえず入って入って!――こうなったら色々聞きまくってやるんだから!!」
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
俺たちは店内に設置された窓際のテーブル席につき、ルイーナさんが淹れてくれたお茶を飲みながら“戦後処理”について話をする。
各地に散らばっていった異世界の化け物たちは、各種族が協力してそのほとんどを殲滅したこと
巨神に取り込まれていたウロボロスとタイタンは魔力災害によって完全に消滅したこと
クロノスは後日信征たちが見つけたが、すでに勇者召喚の術式が壊れていたため、俺が魔王の立ち合いの元で時空間魔法を使って破壊したこと
その魔王の計らいによって、魔人たちは命を奪われることなく魔国で引き取られる事になったこと――
「――そっか、魔人にされた人たちは魔国に行くことになったんだね。禁忌の魔道具も全てなくなって……やっと悲劇の連鎖に終止符が打たれた――本当に、本当にすごいことだわ……!」
目に涙を浮かべながらニコリと笑顔を見せるルイーナさん。
その表情はどこか寂しげで、どこか肩の荷が下りたようなホッとした雰囲気を帯びている気がする。
アイラの眼にはどんな感情が映っているのだろう……
“これ”を切り出すことが本当に正しいのか――二人で話し合って決めたこととはいえ、若干心に迷いを抱きながら俺はそれを口にする。
「これで……ルイーナさんがずっと――ずっと望んでいた事が叶ったんですよね?」
ルイーナさんは一瞬だけキョトンとした顔をしていたが、俺とアイラの顔を順番に眺めてから微笑みを浮かべる。
「ふふ……何だか意味深な言葉だねえ。――もしかして、皆の“いじわる”と何か関係あるのかな?」
「いじわる――というわけではないんですが、関係はあります。さっきはぼやかした言い方をしましたが、俺たちが魔力災害を起こしたのにこうして生きているのは……一度死んで、〈輪廻の指輪〉によって復活したからだと考えています」
「私たちが目覚めた時、周囲はすさまじい状況だった……あの巨大な化け物すら跡形もなく消滅した程の威力だったのに、なぜか私たちは着衣含めて傷一つない状態だった……」
「ただ、身に着けていたもので唯一なくなっていたのがあるんです――それがルイーナさんに作ってもらったあの指輪でした。俺は一度〈輪廻の指輪〉で復活しているから、すぐにピンと来たんです」
「そっか……そう言えばユウガは指輪のこと知ってたんだよね。――確かにあの指輪のベースになったのは〈輪廻の指輪〉という
特に隠すような素振りもなく俺たちに指輪の秘密を話すルイーナさんだったが、先ほどに増して力のない笑顔になっていた。
「――今思うと、他にもたくさん違和感を覚えた点があるんです……! アイラの眼にはルイーナさんが抱える途轍もなく深い悲しみが映っています。そして、イーリスから聞きました……ルイーナさんが
「それは――――ううん、何でもないわ」
「ルイーナさんは白龍王の姿を見た時も、いつもと様子が違いました。あの時はただ見とれているだけだと思っていましたが、思い返すと一心不乱に何かを呟いていたような気がします……まるで必死に謝ろうとしているようにも見えました」
ルイーナさんは押し黙り、口を一文字に結んで俯いてしまう。
それでも俺はここで言葉を止める気はなかった。長いような、短いような付き合いだったが、ルイーナさんは“救い”を求めているように思えてならないのだ。
――俺はカミラ遺跡で自分の身の上を明かした時のルイーナさんの涙が今でも忘れられない。知らない世界に迷い込み、アイラをはじめとする多くの人の助けによって絶望から這い上がった話を聞いて、ルイーナさんは自分のことのように泣いていた。
あの時同時に見せた――どこかホッとしたような、待ち望んだ何かに出会うことができたかのような表情は脳裏に鮮明に残っている。
「最後にもう一つ……俺は大迷宮でレミアさんという女性に会いました」
その名前を聞いたルイーナさんは、ほんの一瞬体が強張ったようにビクッとしたのを俺は見逃さなかった。
「レミアさんは自分を不死から解放してほしいと俺に頼んできたんです。上位スキルを外すことができるのは刻印の力を使える者だけだからと……出会った時に見せた何とも言えない安堵の表情が忘れられません」
俺は一旦言葉を区切り、呼吸と心を整えて残りの一言を絞り出すように口にする。
「ルイーナさんは……一体何を悲しみ、何を後悔し、何を償いたかったんですか……? 俺には、古代文明の女王ジャンヌや龍族の始祖アーカーシャの物語と無関係には思えないんです――!!」
言葉を言い切った俺は、静かにルイーナさんの返答を待つ。
キーンという音が耳の中で聞こえてくるような静寂を破り、ルイーナさんは顔を上げて口を開いた。
「う~!…………参りました!降参よ!! ほんとにユウガったら……前に言ったでしょ? 結論を急ぎ過ぎる男はモテないって!」
膨れ面で俺の方を見つめ、目が合うとその表情をニコリとした笑顔へと変化させるルイーナさん。
「――でも、誰かのためにそこまで一生懸命になれるユウガのことが大好き」
「お、俺はそんなんじゃ……ただ自分の都合で“おせっかい”を働いてるだけですよ」
「うふふ……それじゃあ“おせっかい”ついでに、少し二人だけでお話をしよっか! ――アイラちゃんごめん、すぐに返すからチョットだけユウガを貸して?」
アイラは突然の申し出に戸惑ったような表情を見せるが、じっとルイーナさんの顔を見つめ、やがて何かを悟ったかのように小さく頷く。
「――ああ、分かった。すぐに返してくれよ?」
「りょうかーい! それじゃあユウガ君、さっそくで悪いけど私を〈始まりの地〉へ連れてってくれたまえ!」
何だか俺を飛び越えて合意がなされてしまったようだが、俺は言われるがまま刻印を起動し、ルイーナさんを“ともしび”の空間へと連れていく。
吸い込まれるように漆黒の中を移動して暗闇の世界へと降り立つと、ルイーナさんは俺を抱きしめて消え入りそうな声でつぶやいた。
「――助けて……ユウガ」
先ほどまでのおどけた調子とは打って変わった雰囲気に少し戸惑うが、こちらも優しく抱きしめ返して言葉をかける。
「もちろんです……! 俺にできることなら何でもしますよ」
「――本当は私がこんなこと頼む資格なんてないんだけどね……大陸に歪みをもたらした“大罪人”は私だもん。そんな私が救われようなんて、ちゃんちゃらおかしい話だわ……!」
「やっぱり、そう……だったんですね。 でも俺は――」
「私が何者かは鑑定してみたら分かるはずよ。この空間では偽装スキルは機能しないから、そこに書かれていることが真実よ」
確かに、唯一引っ掛かっていたのが以前見たルイーナさんの情報だ。
まさかあれが偽装されたものだとは思わなかったが、今度は真実が表示されると聞いてすぐに鑑定を発動する。
==========================================
ジャンヌ=エンライト
職業:探究者
スキル:自動回復(極)、魔力強化(大)、
身体強化(大)、完全偽装
==========================================
「ジャンヌ=エンライト……それがルイーナさんの本当の名前なんですね? レミアさんが言っていたアルカディア王国最後の女王と同じ名前で、不死のスキルを持っているということは……これが真実、ということなんですね」
「正確にはそれが私の本名……この世界に来る前から私に与えられていた名前よ。転生の度にずっと名前を変え続けていたけれど、レミアは私にできた初めての親友だったから、彼女の前では本名を名乗ることにしていたの」
「この世界に来る前ってことは……ルイーナさ、いやジャンヌさんは別の世界から召喚されてきたということですか!?」
「うふふ、ルイーナでいいわよ! 私はユウガと同じ地球から来た人間……西暦2248年のロンドンからやって来たの。――召喚魔法は使わずにね」
「に、2248年!? そんなに未来から来たんですか!――しかも召喚魔法を使わずにってどうやって転移したんですか?」
「私って自慢じゃないけど結構有名な科学者だったんだよ! 時空間に関する研究の世界的権威ってやつ?――まあ、時空転移装置の実験中に事故が起きてこの世界に飛ばされてきちゃったんだけど……」
「――にわかには信じがたい話ですが、未来ならそういう事も可能かもしれないですね……」
「あの頃は勇者召喚の術式みたいに言語読解の術式を組み込んだりとかもできなかったからね、何から何まで本当に苦労の連続だったなあ。――とにかく死ぬのが怖くて、必死でガムシャラに走り続けたの」
ゆらゆらと浮かぶともしびを見上げながら、ルイーナさんは記憶を辿るように目を細める。
「私が走り続けた結果、途方もない技術を持った文明ができあがったわ。何千年も栄えて知識も技術も飛躍的に向上し続けて……ついには私じゃ制御できない位に膨らんでしまったの。“龍”という圧倒的な存在を生み出して大陸に最低限の秩序を与えようとしたり、禁忌の魔道具を封印しようとしたり、色々足掻いてみたけど駄目だった……!」
ルイーナさんは唇を噛みしめ、目から一筋の涙が頬を流れていく。
「全部わたしのせい。私が死を恐れて死を遠ざけようと研究を始めたのが全てのきっかけなの。転生の仕組みを作ってから私は不死の研究を止めていたけど、私を慕ってくれた周りの人達はずっと水面下で研究を加速させていた……そんな事も知らずに女王をやっていたのよ」
「不死のスキルの研究は女王の指示ではなかったんですか!? レミアさんは女王ジャンヌが狂気の研究に身をゆだねていたと嘆いていました……」
「そう……やっぱりそう言われていたのね……私の指示だと言えばレミアは実験に協力したと思うわ。――私がレミアが不死になったと聞いたのは大分経ってからだった。私はそれを聞いて取り返しの付かない事になってしまったと思って、全てを捨ててレミアと逃げようと思ったの。どうしても謝りたくて、私は城を飛び出して実験場へ走った――でも、もうすでにレミアの心はほとんど壊れてしまっていたわ」
「そんな……ことがあったなんて」
「レミアは魔術学院で知り合ったんだけど、闇の刻印を隠しながら学院に通っていたの。貴賤を気にしないで私に接してくれる唯一の親友だったわ。本当はいけないけど、私はレミアを始まりの地に連れていって刻印の暴走が起きないようにして……同じ秘密を共有し合う仲になったの」
「だからレミアさんは刻印の能力について詳しかったんですね……上位スキルについても女王から聞いたと言っていました」
「あの頃は楽しかったなあ……人生で一番楽しかったかもしれないわ。――その親友が不死の魔人になってしまって、私はすぐにレミアを始まりの地へ連れていって何とか理性を取り戻そうとしたの。――でも、そこにいたのは私が知っている親友じゃなかった……言葉巧みに私に不死のスキルを取り込ませてから、突然憎しみを撒き散らしながら襲い掛かってきて、私の闇の刻印のスキルを消してしまった」
「――そんな話はレミアさんはしていませんでした……だからルイーナさんは今刻印を持っていなかったんですね」
「ユウガが会ったレミアは、長い時間をかけて少しずつ心を取り戻した姿なんだと思うわ……私は元の世界にはじき出されて目を開けた瞬間――王国を消し飛ばすほどの魔力災害が起きてしまった。
私は死ぬこともできず、刻印の力も奪われて……自分が生み出した歪みがもたらす悲劇をひたすら見ることしかできなくなったの」
ルイーナさんは悔しさを滲ませながら視線を伏せるが、しばらくしてこちらに視線を戻し、真剣な表情で口を開く。
「――でも、いい加減そろそろ終わりにしなきゃね……! 禁忌の魔道具も消えたし、いがみ合ってきた種族間のわだかまりも改善する兆候が見えてきたんだもの!」
「それがルイーナさんの望みなら……俺は――」
「ユウガには色んなものを背負わせちゃったね……私ができなかった事をみんな押し付けちゃった。――それなのに更にこんなことお願いするのは気が引けるけど、これはユウガにしか頼めないから……」
そう言って再び俺を抱きしめるルイーナさん。
この小さな体にどれ程の苦労と不安と後悔、そして悲しみが積み重なっているのだろう――不死から解き放つことでしか救いがないのだとしたら、こんな理不尽でやりきれない“物語”はない。
俺が鑑定画面を見ながら葛藤し躊躇していると、ルイーナさんは顔を上げてニコリと微笑み、大きく頷いてから口を開く。
「私が初めて降り立ったこのブランカ村――どこか見晴らしのいい場所にお墓を作ってくれたら嬉しいな」
気が付くと、俺の頬を涙がつたっていた。
ルイーナさんはそれを指で拭い、抱きしめたまま俺の背中をポンと叩く。
「もっと早くユウガに会いたかったなあ……でも、こうしてユウガに会えて私は幸せだよ! ――本当にありがとう! さあ、思い切りよく消しちゃって!!」
ルイーナさんに促され、俺は涙で滲む鑑定画面に手を伸ばして不死のスキルを解除する――そのまま強くルイーナさんを抱きしめ、光の粒子となって消えていく体を見つめながら、ありがとうとお礼をつぶやくのだった。
「うふふ、お礼を言うのはこっちだよ? 恥ずかしいからここでは詳しく話さなかったけど、私の生きた証がお店の地下にしまってあるから興味があったら見てみてね。
――それじゃあバイバイ……!」
――――
――
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
元の場所に戻った俺は、ブランカ村付近の一番景色がいい場所――
美しい山々が一望できる村はずれの小高い丘にルイーナさんの亡骸を埋め、アイラと共に手を合わせる。
「ルイーナが言うように、早い段階でレミアやユウガのような存在に会えていたら、結果は違っていたのかもな……」
「ああ、俺だってアイラに会えていなかったらどんな道を歩んでいたか想像もつかない。全てがめぐり合わせ……紙一重の中で俺たちは生きているんだって痛感したよ」
――ルイーナさんは、もしかしたら少しだけ“不器用”だったのかもしれない。
不安や恐怖を言葉に出してしまえば楽なのに……ルイーナさんはそれを知識や技術で和らげようとしてしまった。
俺たちが知っているルイーナさんの人柄は、そんな人生を後悔して少しずつ自分を変えようとした結果なのだと考えると少し合点がいく気がする。
「なあアイラ、人に想いを伝えるっていうのは難しいな……」
「ふふ、だからユウガの“おせっかい”が必要なんだ。――誰が何と言おうと、私はユウガの生き方が好きだしこれからもずっと傍で見ていたい」
「ははっ、その“おせっかい”のために、これからも色々と無茶をすると思うけど……ふたりで一緒に歩いていこう! 大好きなこの世界を――」
アイラは大きく頷き、俺をそっと抱きしめる。
俺はこれからも想いを繋ぎ続けるんだ――
これからも、死ぬまでずっと
―完―
“ともしび ”の勇者と刻印の悪魔 芥子田摩周 @Keshida
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます