第198話 新しい時代
聖なる炎に包まれボロボロと朽ちていくアドルフ――
その身体がいよいよ消滅しようとするその時、信征は確かにアドルフと目が合ったように感じた。
理性を棄て狂気に取り込まれたその目が……最期のほんの一瞬だけ自我を取り戻し、どこか満足げな光を帯びているように見えたのだ。
アドルフが完全に塵となって消えた途端、信征はガクリと膝を折りその場に倒れそうになるが、幸司に支えられて何とか立ち直る。
「――まったく、一人だけ晴れ晴れしい顔で消えやがって……お陰でこっちは大ダメージだ」
「本当にとんでもない相手だったな……だけどもう、あんな風に相手と刺し違えるようなマネはするなよ?」
「悪かった――あの状況、あの相手じゃ、ああするしかなかったんだ」
「確かに、信征じゃなきゃアイツは倒せなった。――だけど悪いが休んでる暇はないぜ! また悠賀たちがピンチになる前に加勢にいくぞ!」
「ああ、分かってるさ。休むのは全部終わってから……だな! すぐに向かおう――」
二人が巨神の方へ視線をやった直後、その足元から目に突き刺さるような凄まじい青白い光が立ちのぼる。
「おい、ちょっと待て――」
何が起きているのか理解が追い付かない二人の思考を吹き飛ばすようにして、巨神を中心に見たこともないような爆発的な魔力の膨張が発生する――
一瞬で巨神の姿は強烈な光で見えなくなり、次いで立っていられないほどの魔力波動と衝撃波が襲い掛かって来たため、二人はシールドを張りながら地面に伏せるようにして防御姿勢をとる。
30秒、いや1分……どれだけの時間こうしていただろうか――
すぐにでも顔を上げて友の元へ駆け出したい衝動を押さえつつ、二人は祈るようにして必死にその場で耐え忍んだ。
しばらくして爆風が収まったのを確認してから二人はそっと上体を起こすが、目の前に広がる光景に愕然としてしまう。
巨神のいた場所はまだ砂ぼこりや瘴気が立ち込めており、その様子を窺い知ることはできない――上空に目をやると、そこにはすさまじい爆発を物語るようなキノコ型の雲が立ち上り、周囲の地面には隕石が落ちたようなクレーターが刻まれていた。
「――なあ信征、あれって……」
幸司は呆然自失の様子で、力の抜けた声で信征に尋ねる。
「分からない――だけど、本で見た程度の知識しかない俺でもこれを見たら嫌でも理解しちまうさ! これは、どう見ても魔力災害だ……!」
「だよな、アレナリアの時に感じた魔力波動――あれと同じだ。だが魔力災害だったら今頃俺たちどころか戦場全てが消し飛んでるはずじゃないか? 何で俺たちは生きてるんだ!?」
「あいつが――悠賀が爆発の範囲を制御したのかもしれない……あれほどの魔力をどうやって制御したのか見当もつなかないが、できるという確信があったからこそあえて“こんな方法”を取ったのかもな……」
「何が……何が必殺技だ――! 俺らにまで本当の事を隠さなくていいじゃねえかよ!!! アイラさんまで巻き込んで、あいつだけ全部背負いやがってよお」
何度も地面を殴りながら悔しさを爆発させる幸司。その様子を見ていた信征も込み上げる感情を堪えるようにぐっと唇を噛みしめ、上空に広がるキノコ雲を見上げる。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
「ユウちゃん、アイラ……何て馬鹿なことを――!」
背中を押して送り出した二人が取った行動に衝撃を受けたベルベット夫妻は、悲壮な表情を浮かべながら膝を突く。
「――アンタたちには、自分の手で未来を掴み取って欲しかったんだよ……! 若い二人が命を捨てて、アタシら年寄りが命を拾ってどうするんだい」
「つくづく自分が不甲斐ない……ワシらはアイラと婿どのに押し付けてしまった――」
「――どういう事だい……?」
「この場の誰もが、たとえ命を捨てても勝てなかったであろう化け物……唯一婿どのだけは“命を掛ければ”倒すことができる位置におった。二人には……もう、“そうする”以外の選択肢は残っていなかったのかもしれん――」
「どうして……気付いてやれなかったんだろうねえ、アタシたちは。師匠として良い恰好をしようとするばかりで、肝心なものが全然見えてなかった」
それぞれが目の前の現実を受け入れられないまま後悔の念を強めていく中、背後から次々と割れんばかりの歓声が上がる。
「あの化け物が死んだぞ!!! 俺たちは生き残ったんだ!!」
「龍王ですら歯が立たなかったのに……! 顔は見えなかったが凄すぎだぜあの二人は!!! 大陸を救った英雄だ!!!」
「見せてやりたかったなあ、みんなに……こんな所で死んじまいやがって……! 名も知らぬ勇者が見事にかたきを取ってくれたぞ!!」
人間も、獣人も、エルフも、そして魔人さえも――あれだけ深かった種族の垣根を越えて肩を組み、満面の笑みでお互いに喜びを分かち合っている。
撃墜された浮遊城から脱出して戦いに参加していたネウトラ王国の兵士達、遅れて駆け付けたドワーフ達もその輪に混ざって豪快な笑い声をあげている。
そんな奇跡のような光景を、それぞれの種族の長たちは感慨深い表情を浮かべながら見つめるのだった。
「――グラム殿、このような日が来ることを誰が想像できただろうか」
「おお、ラニウス殿――ご無事で何より。1500年以上生きてきたが、こんな光景は夢ですら見たことはなかった」
「今回の戦争で失われた命は計り知れない――だが、私はここから時代が大きく進むだろうという確信を持っている。この景色を一人でも多くの同胞に伝えていくのが我々長たる者の使命……といった所だろうか」
「その通りだ……神樹を失い我々エルフも新しい生き方を模索しなければならないだろう。だが、不思議と絶望はしていない――新しい時代の指針はすでに目の前に広がっている」
グラムはそう言って今度は神樹の方へと視線を移し、少し間を置いてクスリと笑う。
「どうされたのかな? グラム殿」
「――いやなに、とある“勇者”の事を思い出していた。あの人間の青年がミールウスを訪れていなかったら、今頃エルフ族は単体で戦うことに固執して滅んでいただろうと思ってな。――彼が私に変わるきっかけを与えてくれなかったら、魔国に援軍を頼むこともなかっただろう」
「何とも奇遇な話だ……実は我々の元にも“英雄”と呼ぶにふさわしい人間の青年が来てくれていてね、予言通り魔族の運命を大きく変えてくれた。彼の活躍がなければ、やはり今の景色は全く違うものになっていたはずだ」
「まったく、人間という種族は襲ったり奪ったり、与えたり守ったりと御し難い者たちだ……その多様性と行動力故にしばしば“破滅”と“奇跡”を引き寄せるのだろうがな――」
「まさにその通りだ。――さて、私はそろそろ行くとしよう。巨神の攻撃を受けて行方不明になった英雄を探しに行かねば」
「助けが必要になったら遠慮なく言ってほしい。エルフ族は今回の魔族の支援を決して忘れない……!」
――――
――
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
こうして、帝国の開戦に端を発した長い戦争は幕を下ろした。
それぞれがそれぞれの想いを胸に刻み、新しい時代の一歩を踏み出していく。
――そして瞬く間に日々が過ぎ去っていき、2か月が経った。
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