第197話 チェックメイト

「――い、生きている……!? どうして……何があったんだ!?」


アイラは信じられないといった表情でこちらを見る。

俺も最初は何が起きたか分からなかったが、光を失いボロボロと崩れていく黒龍のナイフを見つめながらその理由を理解する――



「黒龍のナイフが――蓄えていた魔力を解き放ってくれたみたいだ。もう駄目だ思ったと思ったあの瞬間、どこかから膨大な魔力が流れ込んできて……そのお陰であの爆発を耐えられたんだ」


「持ち主の危機に反応してユウガを助けたというのか……!? 普通の武器では考えられない……黒龍の素材を使った武器ならではの奇跡だな――!」



アイラの言葉に静かに頷きながら、素早く収納バッグから一本のナイフを取り出す。――黒龍のナイフを使うまでお世話になっていた、ロドス工房謹製の魔鉄鉱のナイフだ。



「またコイツを使う事になるとはな……最後までよろしく頼むぞ!」


“戦友”ともいうべき黒龍のナイフ失ったことに対して感傷に浸る間もなく、俺は押し寄せてくる“天使”たちに視線を送りながら魔鉄鉱のナイフを握りしめて臨戦態勢に入る。


「次から次へと……私たちは一秒でも早くあの化け物を倒さなければならないのに……!」


「それでもやるしかない……!もう一度シールドを張って仕切り直しだ」


苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるアイラを近くに引き寄せ、再び魔力を引き出せるようになったことを確認しながら刻印を発動――再び強固なシールドを展開する。


押し寄せる大量の天使に囲まれながら一体一体確実に仕留めていかなければならないのだが、魔鉄鉱のナイフは黒龍のものに比べて込められる魔力量が多くない上、時空間属性の魔力を生成できなくなったため、明らかに敵の撃破速度が下がってしまう。



「マズいな、これじゃジリ貧だ……!! どうにかしてこの大群を抜けてあの化け物に近づかないと時間が――!」


「ああ、しかもそれだけじゃないようだぞユウガ――あれを見てくれ!!」



アイラが指さす方向を見ると、そこには身体を引きずりながら徐々に離れていく巨神の姿があった。

――すでに脚は膝のあたりまで、翼は8割ほどが再生しており、もしこのまま飛んで逃げられてしまえばここまで皆が死力をふり絞り多大な犠牲を払って追い込んできたものが全て水泡に帰してしまう……!



「くそっ! どうしたらいい!? どうすればこの状況を打開できる……?」


苛立ちと焦燥感が増していく中、俺たちの視線の先に見覚えのある時空間魔法の球体が出現し、次々と天使たちを巻き込んで食らい尽くしていく――



「さあ、二人ともぼーっとしてるんじゃないよ!! アタシらが道を開くからあのデカブツをぶっ飛ばしといで!!!」



こんなにも心強い声があっただろうか――!

じわじわと追い込まれていく不安や焦りを吹き飛ばしてしまうような“女傑”の一声に、俺とアイラはすぐに声のする方向へ振り向く。



「――し、師匠!? 無事で良かった……!」


「ほっほっほ、張り切りすぎて途中で動けなくなっとったが、グラム殿からもらった“不思議な水”のお陰でこの通りだ! これならまだまだ婆さんの《忘刻の王ジ・オブリビオン》を使えるぞい!」



「お二人が加勢してくれたら百人力です! 本当にありがとうございます……!」


メリカさんはニコリと笑って俺たちの肩をポンと押し、首をポキポキと鳴らしながら天使たちの方に睨みをきかせる。



「さあ、そういう事だから行った行った!! こんな状態だからこそ、少しくらい師匠らしいことをさせてもらわないとねえ!――《暴食の月グラトニー・スフィア》!!!」


そう言って俺たちの進路を確保するように特大の時空間魔法を撃ち出し、暗黒の球体が通り過ぎたルートがそのまま巨神へと通じる一本の道となって切り開かれた。



「行こうユウガ!」


「ああ!一気に駆け抜けるぞ!!!」


俺たちに背中を向けて戦場から遠ざかる巨神を追って走り、天使の包囲網を無事に切り抜ける。――後はヤツに追いつくだけだ。



「――ユウガ、ありがとう。私を一緒に行かせてくれて……」


「約束したからな……何より、アイラに傍にいて欲しかった。――怖いか?」


「まさか!ユウガと一緒なんだ、怖くなんかないさ!――それよりも、心配なのはユウガの方だぞ? そんなに穏やかな感情でちゃんとやれるのか……?」


「ははっ、アイラの前じゃ隠し事はできないな!――でも今回はこれでいいんだ」



俺たちが巨神の背後に近づくと、突然ぐるりと振り向きざまに右の拳を振り回してくるが、俺はアイラを抱えて勢いよく飛び上がってこれを避ける。


「アイラ!翼を狙え!!」


「任せろ!! 絶対に外さない!!!」


最高到達点でほんの一瞬静止したその時、アイラはため込んでいた光属性の魔力を全て開放して巨大な光の矢を放つ。


目にも止まらぬ速さで突き進んでいった矢は見事巨神の左翼付け根付近に命中し、支えを失った大きな羽はそのまま地面へと落ちていった。



「――よしっ!これでアイツは遠くへ逃げられない……! これでチェックメイトだ!!!」


着地と同時に地面を蹴って膝立ち状態になった巨神の足元へ滑り込み、俺はシールド魔法を発動する。


巨神の下半身を巻き込む形で5重のシールドを張り、動けないようにガッチリと脚を固定させることに成功した。



「さあ、アイラ――心の準備はいいか?」


「ああ、私は大丈夫だ。――思いきりやってやれユウガ!!」


俺はアイラが微笑みながら突き出した拳に軽く自分の拳をぶつけ、優しくアイラの肩を引き寄せ静かに目を閉じる。



竜胆から得た〈魔導補助(極)〉の力があれば完璧に魔力の流れを制御できるはずだ……


俺やアイラが愛したこの世界を終わらせたりはしない……絶対にやり遂げてみせる――!



そう覚悟を決め、闇の刻印を発動するのであった。

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