佐波玲Ⅱ 求める

 今日は爽太が家に呑みに来た。

僕が誘ったからというのもあるけど、身体が心配なのは本当だった。

新卒採用で今の会社に入った爽太は睡眠はとっていたけど、食事は完全に疎かにしていた。前にクロックマダム食べたって話しても「なんだそれ、本当に食べ物か?」って聞いてきた時はこっちこそ、何を言っているんだと思ったほど食事に執着がない。

 食べ物かと言われた手前、何もしないのも癪だったから明日の朝食はクロックマダムに決まった。


 食は身体への栄養を取るものだけではなく心の栄養にも関りがある。

気が乗らない時や不快感がある時はどんなに上手く出来ても美味しく感じないし腹は満たせても気を抜けばすぐ吐き出したくなりそうになる。反対に嬉しい時やひと時の幸せを感じた時はたとえ焦がして失敗しても美味しくて吐き気はなく心があたたかくなる思いだった。

 

 爽太の普段の食生活は褒められたものではない。本人が何も感じていなく日常生活が充実しているのならそれは大した問題ではないのかもしれない。だから平気で食を

 仕事でキャリアを積むために必要なことなのかもしれないが、休むという行為は睡眠だけではないと爽太には理解してほしい。

 女の子に必死に働かせて貢がせて生活をしている僕が思うのはあまりにも滑稽であるのは自覚している。でも生き方を変えるつもりも生き方を変える努力も何もなかった。排水溝に流れていく泡のようにこの不毛な想いも流れていけばいいのに。



「爽太、暇ならお風呂でも入ってきなよ」


 爽太が何もすることもなくつまらなそうにバラエティ番組を観ていたのもあるが、さっきの僕の態度があからさますぎたのを誤魔化すために言った言葉だった。


「じゃあそうさせてもらうよ」


 爽太がたまに泊まりに来るから僕の家にある爽太のスエットを置いているキャビネットを指さして本人に取りに行かせた。

この家にある私物は僕の物以外にあるのは、いつも貢いでくれる女の子の物ではなく、爽太の物だけだった。男物で爽太の方がサイズが大きいから少し違ってもゆったりとした服も好きなんだと言えば誰一人追求する子はいなかった。もしかしたら気づいても言わないだけだったかもしれないけど、その方が僕には都合が良かった。

 彼女たちにはとても酷いことをしている自覚はある。やめられるならこんなことやめたかった。でも、僕が本当はゲイだということを知ったら爽太が離れて行ってしまうのではないかと、友人でいたとしても下手に気を使って告白をする前に距離を取られて、行き場のない僕の気持ちが宙ぶらりんのまま胸に抱えて生きる苦しさを考えると、言えないし身勝手に彼女たちを拒まず利用する自分が余計に嫌いだった。

 誰かを傷付けて自分が傷付かないよう偽りの自分を保ったままでないと、この関係が終わってしまう気がして、爽太を信じることが出来ないことが苦しくて、でも爽太といる時間だけは苦しさを忘れられた気がしたんだ。



「……ほんっと、意気地なし」



 その時間を自分一人のものにしたいくせに石鹸とは正反対の色を持った独占欲でドロドロになってしまいそうなのに、爽太との時間が終わる未来ばかりを考える。

彼の隣に可愛らしい笑顔を浮かべる女性がいて、僕には見せたことのない甘い顔をその女性に見せる、そんな幻想を抱いている。

そんな彼らを見て、想像するんだ。



「玲、俺さ父親になるんだ」

「今度は俺が支えてもらった分、彼女を支えないとな」

「彼女のお腹に耳を当てるとあの子が動いている音が聞こえるんだ。あの子が生まれてくる日が本当に楽しみだよ」



 そんな日が一生来なければいいのにと、想像するたびに思う。そうだ、これはただの被害妄想だ。性差があるだけで僕は血のつながりのある子供を授かることはないし、彼が本来歩むべきだった幸せを僕が成し遂げる自信がないだけなんだ。

 でも、そうだとしても今だけはと甘えて友達ごっこにふける。意味のない会話をして、一生のうちのほんの僅かな時間を共に過ごす。そんな普通の時間をいつまでも続けたいと願う僕はただの臆病者だ。



「今度は、布団を敷いておかないと」


 

 恋愛ドラマの番宣なんて不毛な恋をする僕にとって猛毒でしかない。

そこから逃げるようにテレビを消した。

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ただ普通のあたたかさがほしい ナリミ トウタ @narimi1022

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