松風爽太編Ⅰ 違和感

 俺には高校生の頃からの親友がいる。

佐波玲、かなりの美形で見た目が良い分、どこか取っ付きにくい雰囲気だが話したら気さくな奴だった。

玲は何でも出来た。スポーツも勉強も芸術科目も何でもこなした。女子にもモテていたが、玲は高校時代の頃は見向きもせず誠実に断っていた。そんな玲を先生は信頼していたし、俺らも信頼していた。それを面白くないと思っている奴らも中にはいたが、皆、玲に返り討ちにされていた。


 尊敬出来る奴だった。お互いに別の大学に進学しても交流を持っていた。玲は大学でも人気者だった。何でも出来る親友が俺には誇らしかった。そうして無事にお互い卒業し、就職が決まったと思えば玲は変わってしまった。


 玲は大学卒業と同時に就職はせず無職のままだった。それは別にいい。職はこれから探せばいいし、玲ならどこでもよりどりみどりだったから大して気にしなかった。

問題は次だ。あんなに嫌っていた女遊びを始めた。誠実に人と向き合っていた玲が誰かを傷つけるような交際を始めたことに酷く驚いた。

 付き合っている女性の金で生活をしているとも聞いた。俺は信じられなかった。

でも、その考えは打ち消されることになった。


「よう」

「いらっしゃい。あがってよ」


 俺はスーパーの袋を持って玲の家の前にいた。

積もる話もあるし久しぶりに飲もうということとなった。


 玲の部屋は綺麗だった。


「割と綺麗にしているんだな」

「掃除は別に嫌いじゃないしね。綺麗な方が色々と動きやすいからな」

「確かに」

「なんなら、僕が爽太の部屋を掃除しに行ってあげようか?」

「え、やってくれる?」

「じょーだん! 本気にするなよ~」

「何だ、実家から出て全然掃除出来てないから楽出来ると思ったのにな」

「まあ、たまにならいいよ」

「本当か?でも玲も忙しいだろうし困った時に助けてくれよ」

「その時が来たら連絡してくれ」


 こんな風な小競り合いをしていると高校の時に戻ったかのようで心地よかった。

今は仕事が忙しくて彼女を作ろうなんて気は起きないし、出来ることならキャリアを積みたいからプライベートはほぼ犠牲にした。

だから玲と話す時間は俺にとっては数少ない気分転換だった。


「お、ベヨネッタある」

「確かそれ好きだったよな? 宅飲み提供をしてくれた土産に持ってきた」

「爽太分かってる~! 夕飯食べたら切り分けて食べよう」

「俺、甘いものあまり好きじゃないんだけど?」

「大丈夫。エスプレッソあるから。エスプレッソ掛けてアフォガード風にしたら食べられるだろ?」

「まあ、それなら」

「決まり! 久々のベヨネッタ! 楽しみだな~」


 正直、甘いものは喉に張り付いた異物が付きまとうようで苦手だった。

本来なら、アフォガードも食べないが、玲となら別に食べてもいいかもしれないと思うようになった。


「爽太ー!料理出来たから運ぶの手伝って!」


 ……客人だからといってくつろいでいるわけにもいかないな。

疲れた体に鞭を打って台所に向かった。


「美味いな」

「そうだろ。そうだろ。どんどん食べてくれ」

「有難く。久々に食事したって気分だから本当身体に染みる」


 玲は何でも出来ると言ったが料理までこなすと思っていなかった。

肉じゃがや、ほうれん草のお浸し、鯖の煮つけ、どれもあたたかい気分のする胃に優しい味付けだった。


「そんなに忙しいわけ?」

「昼は確実にバランス栄養食かゼリー飲料だな」

「げ。何そのカブトムシみたいな生活。サンドイッチぐらい食べられないのか?」

「時間がある時は、その辺のファミレスや店に入れるけど、繁忙期だと食べている時間がないのは当たり前だからな」

「よく体壊さないな」

「まあ、鍛えているからな」

「そういう問題じゃない……」


 玲からしたら俺の生活は不健康そのものだろう。俺もそれは分かっているが自身の夢の実現のためにも暫くは不摂生な生活を続けるしかないな。

さいわい、残業はそこまで多くはないし睡眠時間はとれているのは救いだな。


「じゃあ、週一僕の家に食べに来なよ」

「また冗談言ってる?」

「流石に冗談じゃないよ。そんな生活していたら倒れそうだからだよ」

「別に心配するほどじゃないよ」

「そう言っているやつが倒れるの。これぐらい甘えておけよ」

「サンキュ。食材は俺持ちだな」

「当たり前だろ」


 あれ、こんな約束をしておきながら忘れていたけど、玲って今彼女いなかったけ?

今更ながら悪い気がしてきた。


「いや、やっぱり悪いからいいよ」

「何でさ」

「だって、玲彼女いるだろ? 邪魔をしたら悪いし……」

「別に」

「え?」

「別に邪魔でも何でもないから」


 その時の玲はいつもと違う気がした。

どこか冷ややかな雰囲気で、高校の頃のような一人の人間を見るような目ではなく、自分のことなのに他人事のような、何もどうでもいいような寂しい目をしていた。


「え、どうした……」

「別に迷惑じゃないんだから親友に甘えてくれよ」

「あ、ああ……頼むな」

「片付けてくる。爽太は疲れているからゆっくりしてくれ。皿洗いは僕だけで大丈夫だから」

「ありがとう。そうさせてもらうよ」

「任せておいてよ」


 にっこりと笑った玲からさっきのような冷ややかな雰囲気は消えていた。そうしてそのまま台所に消えていった。家の勝手を知っていた俺はテレビをつけた。

そこで気づいたことがあった。この部屋には玲の彼女の痕跡がないことに。

 付き合っているのなら玲以外の私物があるはずなのにここにはそれが一つもない。

化粧品も、ぬいぐるみも、スリッパも、皿も、コップも、好きなお菓子や飲み物すらも、綺麗に整頓された玲だけの物がる部屋がそこにあるだけだった。




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