エピローグ
「やっぱり新車の馬車は快適ね」
隣に座る妻が景色を眺めている。折角の車内は荷物で一杯なため、私とともに御者の位置、要は運転席にいる。逃げるための旅だ。当然御者もいない。にもかかわらず、楽しんでくれている。
乗り心地にこだわって選んだ甲斐があったというものだ。今回は南の国へ逃げるためだが、悲壮感は感じられない。私は手綱を握りながら顔を綻ばせる。
「そういえばあなた」
「なんだね?」
「南の国への国境付近は魔物が結構出るんじゃなかったかしら? 東へ行った方が安全な気がするけど」
「そう、その通り。だから南の国へ行くのだ」
「どういうこと?」
妻が怪訝なまなざしで私を見る。
「戦闘技能も持たず、魔法も使えない私が逃げたとすれば、安全な東の国を目指すと誰もが思うだろう。だから敢えて南を目指すのだ」
「じゃあ魔物が出たらどうするの? 私、戦うのは久し振りよ」
妻は英才教育を受けて育ったせいか、魔法も剣術もそれなりに使える。しかし、1年以上戦っていない上に、まだ傷が癒えていない。
「怪我が治っていない君に戦わせるはずないだろう。ほら、これだ」
懐から水晶玉を取り出した。中には私に従属する魔物が封じられている。
それを見た妻は微笑む。
「準備がいいわね、まるであのときみたい」
一瞬何のことかわからないかったが、ダッシュバルト城内で魔物が暴走した件だと理解する。
皇帝が契約した魔物とは別の魔物が城内で暴れ、彼女も重傷を負った。そばにいた私は手の空いている者たちで協力し、素早く手当をすることだけを考えていた。
ところが彼女は震える声で私に伝えてきた。
「もう王女は終わりにしたい。このまま死なせてほしい。ハンパ王国はもうないのだから」
私はすぐさま考えを転換した。妻を抱きかかえ隠し通路へと進んだ。夜中になってから自宅に王女を匿い、元医者としての知識と技術をフルに使って彼女を手当した。いざというときのために、予め治療に必要な道具を揃えていたのだ。そのときのことを言っているのだろう。
国には王女は魔物に食われたということにした。
後にも先にも一度だけついた嘘だ。
勇者にも嘘はついていない。
「王女」はもういない。
ここにいるのは私の「妻」だ。
南の国で静かに暮らしてから数年後、勇者が別の国の王女と結婚することになるのだが、それはまた別の話。
ま、若いころの男が愛する人って意外とそんなものだ。
物語の後半で大体勇者に滅ぼされるような悪い帝国で働く大臣の危機 エス @esu1211
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