第3話 後編

 これまでの様子を整理して考えよう。


 まず勇者は「お前から話が聞けなくとも自分で見つけにいく」ということを言っている。


 すなわち国家機密や裏情報などを欲しているのではなく、他の誰かが知っていたり実際に見えるものだったりするものだということだ。


 次へ思考を進める。これまでの話題、勇者はほぼ反応を示さなかった。ということは全部の内容が的外れだったのか。


 いやいや、それは違う。


 魔物による城での暴走、ハンパ王国では僅かだが眉を上げたような動きがあった。間違いなくこの辺りに何かある。だって勇者はわかりやすいんだから。あいつが知りたい情報はこの周辺にあるはずだ。


 ダッシュバルト城、ハンパ王国、そして他の人から聞いたり自分で見たりできるもの。




「あ!」


 わかっちゃった。


 これしかない。他に選択肢はない。


 これで失敗したら殺される。


 そのことを理解していながら、確実に正解を導き出した自信があった。結論を言語化していく。




「最後に美しいハンパ王国の王女についてだが……」




「おお! ようやくか! 待っていたぞっ!」




 勇者めっちゃ笑顔。しかも何か顔がちょっと赤い。ピュアか。


「どどどどどうしたツマラヌ大臣、早く話すんだ」


 お前がどうした。というかわかりやすすぎるな、勇者。


 魔剣から手を離した勇者が微笑んでいる。


 危機を脱した私は安堵のため息をついた。




 目の前にはキラッキラした瞳とちょっと照れた顔で私を見る勇者。私に照れるなよ、照れるじゃないか。


 さっきまで聖剣が血を吸いたいとか暴言をかましていたとは思えない程だ。




 だが。


「王女は、王女は、王女は……もういないのだ」


「何? どういうことだ!」


 今度は青ざめている。忙しいんだな勇者って。


「残念ながらそのままの意味だ。ハンパ王国の王女はもう存在しない。先に話した通り、皇帝が魔物を暴走させたという話があっただろう?」


「ま、まさか」


「そう。魔物は城内で暴れ回った。最終的には近衛兵と魔物の力を持った皇帝が鎮圧したものの、城内の多くの者が傷つき、あるいは殺された。王女はそのときの負傷が元で……」


「そ、それは本当か?」


「事実だ」




 勇者が全身を震わせている。呪詛をはくかのように声を絞り出す。


「う、うぐぐ……。皇帝め、殺してやる……! この手で、この手で殺さなければ、気が、済まないっ!」


 また真っ赤に怒り始めた。本当に忙しい。


 それに勇者さん、皇帝はちゃんとその手で殺しているよ。しかもついさっき。




「残念でならない。ハンパ王国の王女は、私のような一介の臣下にも優しくしてくださった」




 勇者は下を向き、答える。


 あからさまに落ち込んでいる。私も申し訳ないと思う。


「そうか……。ツマラヌ、もう、行っていいぞ……。どちらにせよこの国は終わりだ。貴重な話……感謝する……」


 ちょっと気の毒ではあるが、一礼して私は部屋を出る。城外へ続く隠し通路を抜けると、城下町の外れにある小さな家の中に出る。


 そこからは遠くない。私は徒歩で自宅まで戻った。




「ただいま。帰ったぞ」


「おかえりなさいあなた! 無事でよかった!」


 家の奥から妻が迎えてくれる。妻と生きるためにあの激しい戦いに身を投じたのだ。勇者と会話したってだけではあるが。


「勿論無事だとも。それよりすぐにこの国を出るぞ。ダッシュバルト帝国はもう終わりだ。そうなると大臣であった私もいつ命を狙われるかわからん」


「ええ。そうなると思って必要な荷物は馬車に積んでおきましたわ。あなたの準備ができたらすぐにでも出発しましょう。傷だらけの私を必死に手当してくれたあなたとどこまでもご一緒します」


「さすがだな、我が妻よ」




 私は妻を抱きしめた。すべてを捨てて私のところに来てくれた妻にもっと言うべき言葉があるのかもしれない。


 しかし、私の口から出たのはたった一言だけだった。


「ありがとう」


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