第2話 中編
うわ、うっかりニヤけてた、まずい、このままだと死ぬ!
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれ! わかった。じゃあ話そう」
一呼吸溜めて追撃する。
「真実を」
まずい! 抽象的過ぎた! こんなこと言ってる場合ではない。なんとか勇者の気を引く話題を出さなければ。
「真実?」
勇者が構えを解き、剣を納める。
こんなので食いついちゃうのか。
勇者がひとまず戦闘態勢を解除してくれた。
とはいえ、ここから何を話すかが問題だ。勇者は興味がないとすぐ黙れって言ってきそうだし、実は3日間パンツを替えてないとか言ったら私の首が物理的に飛びそうだし。嘘は良くないしなあ。
脳をフル回転させていると勇者が話しかけてきた。
「なるほど、ここでは口に出せないほど重要な話なんだな」
さらに勇者は続ける。
「ダッシュバルト帝国の大臣ともなればさぞかし重要な情報を握っているのだろうな。別にお前でなくともよかったが、実は俺も聞きたいことがあったんだ。よしわかった、場所を移そう」
「そ、そうだ、その通りだ。移そう移そう」
よかった、勇者がちょっと残念で。自分の中で勝手に「相手はこうだ」って思うタイプだな。
第一ここでは口に出せないってなんだよ、もうこのフロアは勇者と私だけだよ。時間稼ぎができて助かった。ここはなるべく遠いところまで……
「入れ」
徒歩5秒で近くの扉に入らされた。しかも会議室。盗聴されないように入り口はひとつだけ。窓もなく、壁はひときわ頑丈な造りである帝国自慢の会議室。
純粋に逃げ場を失っただけだった。
「まず始めに言っておく。お前の話が俺にとって価値のないものだったら即座に斬り捨てる。お前の行き先は地獄だ。だが、俺の求めている内容だったら見逃そう。どの道この国にはいられないだろうから、どこか好きなところへ行くんだな」
扉の前に陣取った勇者が牽制してくる。
なんかめっちゃ悪人ぽい。
「もうひとつ、嘘はつくなよ。目の動き、脈拍、呼吸、汗。この勇者の力であればそのようなごく僅かな変化にも気付く。嘘をついていると確信した瞬間、お前の身体は頭とサヨナラだ。それから俺は自分で求めているものを見つけに行く」
ますます勇者の悪人度が増してきた。
「ツマラヌ大臣、俺の聖剣はお前の血をほしがってるぞ。この剣に血を吸われたくなければ真実とやらを話せ」
それもう聖剣じゃないよね、魔剣だわ魔剣。この魔王が満足する内容を話さなければ。私の脳よ、医師国家試験以来の回転を見せるのだ!
「わ、わかった。聞いてくれ。だが先に言っておくぞ、これは少し長くなるからな」
まずは予防線を張っておく。
私が勇者の聞きたい内容を話せなかったときでも、「ここから話が変わるのかも」と思わせるためだ。目の動き、脈拍、呼吸、汗。ごく僅かな変化を読んで勇者の求めている内容を見つけ出してやる。
私ならできる!
「最初に伝えねばならないのは、古代技術……」
チラッと勇者の顔を確認すると、表情を一切変えない。どっちだ? このままもう少し話してみよう。
「発見された場所はダッシュバルト帝国北部のベルリオール地域で、さっき話したような水洗式トイレの技術や水道を引く技術、鉄砲や大砲、戦車の技術もあり、ゴクアクーダ皇帝は兵器に興味を示した。私は反対に水を利用する技術に……」
勇者が眉間にしわを寄せている。イラついているのを悟る。これは望んでいる話ではないようだ。
「という結果から帝国内のある街で事件が起こったのだ……」
ふふふ、だが、これならわかるぞ。勇者の表情は案外わかりやすい。こうやって探っていけば勇者の知りたいことを突き止められる。
はずだった。
あれーー? おっかしいなー。
皇帝が帝国内の街をひとつ潰した話題。
皇帝が魔物と契約するに至った経緯。
契約した魔物が城内で一度だけ暴走して多数の死傷者を出しつつ鎮圧した事件。
ハンパ王国の滅亡と政治体制を一新した属国としての復活。
この城にある隠し通路への道。
冒険者たちと帝国軍が協力してドラゴンをやっつけた武勇伝とその裏側。
果ては私が実は3日間パンツを替えてない話や、新車で買った馬車のどこが魅力的かまで話してみたのに、どれも食いつかない。
城で死傷者が出た話とハンパ王国の話題でちょっと興味ありげに目を光らせたように感じたが、今は文字通り殺すぞって目を光らせてくる。
むしろ勇者は魔剣に手をかけているし唇を噛んで少し血も出ている。やっぱり勇者はわかりやすい。
超集中している私にはわかる。
超我慢してるやつだ。
「次がラストチャンスだ」と私の全感覚が告げている。
首筋を冷汗が流れる。足が震えだす。それと少しだけ失禁する。
無事に逃げ切れたらこのパンツは捨てよう。もう3日間履いてるし。
とにかくすべてを勘案して推理するのだ。
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