物語の後半で大体勇者に滅ぼされるような悪い帝国で働く大臣の危機

エス

第1話 前編

「ツマラヌ大臣、覚悟!」


 勇者が私に向かって聖剣を構える。だめだろ聖剣で人を斬っちゃ。それは魔物を倒すためのものでしょ。


 しかしそんなことを言っても始まらない。なんかカッコいい構えをしている。今にも斬りかかってきそうだ。


 私は必死に命乞いをする。


「ま、待ってくれ! すべてはゴクアクーダ陛下、いやゴクアクーダが勝手にやったことなんだ。頼む! 見逃してくれ。家では妻が私の帰りを待っているんだ」


「そうはいかない。俺の故郷であるハンパ王国の王女を攫った。ハンパ王国が抵抗できなくなったところで滅ぼし、古代の技術を復活させて軍事利用。そのために多くの命が失われた。その作戦の立案者はツマラヌ、お前だろう? 違うのか?」


「違う! 私は元々平和を愛するただの医者だ、やったのはゴクアクーダで……」


「黙れ!」




 うわあ、話を聞いてくれないやつだこれ。疑問形で尋ねてきたのそっちなのに。


 今、私はダッシュバルト帝国の居城であるダッシュバルト城にいる。魔物となった皇帝と勇者が戦っている隙に逃げ出したが、廊下を走っているところで皇帝を倒した勇者に追いつかれてしまった。


 後ろは壁、前には勇者。廊下は一本道で、逃げることも難しい。


 懐にしまってある水晶玉を使うか。ここには帝国の召喚士が召喚した魔物を封じている。私の意のままに戦ってくれるのだ。


 いやいや無理だろ。即座に自分で否定する。


 そこら辺の街道で遭遇する魔物なら簡単に倒せるだろうが、相手は勇者だ。魔物以上にバケモノじみた強さはさっき見たばかりだ。まとめて召喚した魔物と一緒に私まで葬られてしまう。



 考えろ。この窮地から生還する方法を。私ならできる!


 大体ゴクアクーダが私の政策を聞き入れないからこんなことになったのだ。しかも最後は魔物と融合して勇者に襲いかかるとか恥ずかしい。怪しい国の怪しいトップが魔物と契約してるなんてあるある過ぎる。


 勇者も「またこのパターンか」みたいな顔して斬り刻んでたじゃん。


 そもそも私は大臣になったとき最初に進言したんだ。


「ダッシュバルト帝国という名前を変えましょう」


 と。


 いやね、こういう世界だと悪い国のネーミングってなんとなくわかるよね。まず「帝国」ってついてるだけで勇者とかが疑ってくる。その上「濁点の入った」国名でさらに「ドイツっぽい響き」とかもうこれだけで三冠王達成じゃん。


 これを「たれみみうさぎ国」にするだけでもっとうまくいったのに! それをゴクアクーダが却下しやがって。


 しかも理由が「ダサいから」だぞ? そんなんある? 国の政治ってダサいかダサくないかとかセクシーとかセクシーじゃないとか関係ないでしょ。どうしたら国が、国民が豊かになるかだけを考えるんじゃないの?




「何を呆けている! 最後に言い残すことはあるか」




 勇者の言葉で我に返る。


 危ない、脳内で少し脱線してしまった。しかしこの状況では打つ手もない。会話に頼るしかない。帝国は崩壊、皇帝も倒れた。誰も助けには来ないだろう。


 当たり前だけど勇者と戦っても勝ち目はないし。




 城の外でも魔法や金属のぶつかり合う音が歓声とともに聞こえる。うちの兵士たちが勇者パーティーと戦っているんだろう。


 仮に隙を見つけて城外へ飛び出したとしても生存は難しいかもしれない。



 それならば。


 頼れるのは己の話術のみ。


 いけっ、ツマラヌ! 自身のトーク力を見せてやれ!


「実は、この国のトイレを水洗式にしたのは私なのだ」




「もういい。しゃべるな」


 勇者が表情を失くした顔で軸足に力を入れる。


 はやっ! 最後に言い残すことって聞いといてそれかよ! こいつマジ魔王。


 トイレを水洗式にするってスゴイ技術なんだぞ。それを全国に広めるってどれだけ大変かわかってないだろ。おかげでダッシュバルト帝国は「清潔だ」って噂が立って、観光産業でも収益が見込めるようになったし。衛生面も向上し、病気にかかるリスクは他国の1割以下。国民の支持率も爆上げだったのに。


「目立たないけどなくなったら本当に困るものランキング」でトップ3には入ると思っていたのに。




 このままではまずい。勇者に斬られちゃう。




 土下座をするか? ダメだ、見苦しいやつは勇者の好みに合わなそうだ。


 靴を舐めるか? ダメだ、勇者のブーツは汚すぎる。


 金か? ダメだ、この前新車の馬車を買って貯金がない。




 もう一度、私の会話力を信じてやるしかない。でも勇者、あんまり話を聞いてくんないんだよなあ。そういうとこ、ゴクアクーダに似てるなあ。


 第一、ハンパ国に攻めるのだって私は


「ちゃんとハンパ王国の悪政を世間に広めてから攻めましょう」


 ってゴクアクーダに献策したのに無視しやがって。


 ハンパ王国って税金高いし、治安悪いし、賄賂でばっかり政治が動くし、うちの国に勝手に侵入して作物や道具盗んでいくし、碌な国じゃなかった。


 しかも貧しい人には特に厳しい。


 勇者も貧民出身だったらしいけど、あれ政治が悪かっただけだからね。


 現にハンパ王国からダッシュバルトに亡命してきた人、1万人以上いたからね。その人たちにハンパ政権を打倒してくれ、って言われたんだから。しかも亡命者の中にハンパの王女までいたんだから。王女が父親である国王を倒して国を救ってくれって言うんだから世も末だ。


 そりゃあ助けるじゃん。私も宣戦布告しますよ。ちゃんとゴクアクーダが大義名分言ってくれると思ってたから。




 でもそういうの一切言わずいきなり攻め込むんだもん、ゴクアクーダ。なんか世間的には王女を人質に取って戦争を一方的に仕掛けたみたいになっちゃったよ。


 しかも宣戦布告したのは私だし。完全に悪人。


 そんな状態でも王女は優しかった。私の手を取ってありがとうって。




 いやあ綺麗だよなあ王女。


 笑顔も素敵だよなあ王女。


 胸も大きいなあ王女。


 手もすべすべだよなあ王女。




「なぜニヤニヤしている! まだ何か企んでいるな! その前に……斬る!!」

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